檸檬

syu.

檸檬

「やあ、久しぶりだね。なんて言ってみるよ」

「では、ええ、久しぶりですね。と返してあげましょう」

 二つの個体が対峙しています。ここは貴族の食卓のようでもありましたし、どこにでもあるファミレスのようでもありました。つまりは、ここが何処かなんてことは些事でしかありませんでした。柔和な好青年というような口調をした個体は、手元にあるレモネードに刺さったストローと戯れながら言いました。

「君と僕は初対面だし、顔馴染みでもある。そうだろう?」

「ええ。それならば初めましてとも言わなくてはいけませんね」

「そうだね。初めまして、会えて嬉しいよ」

「私もよ」

 二つの個体は微笑みを浮かべ、握手をしました。繋がれた手は一定のリズムで数回上下に振られ、離されます。不思議と手に馴染む感触に上品な貴婦人のような口調の個体は首を傾げました。その様子を気にもしていないように、向かい側に座る個体はレモネードを仰いだ後、口を開きました。

「君のことは何と呼べばいいかな」

「お好きにどうぞ」

「なら、レンと呼ぼうかな」

「意地悪な人。そうですね、ではあなたは……ランというのはどうでしょう」

「……面白いね」

「お褒めに与り光栄ですわ」

 皮肉めいた言葉に、レンはカーテシーを披露するように瞼を下ろして頭を僅かに下げました。それにランは笑い声をあげます。レンはその様子を見ながらティーカップを持ち上げ、液体を一口分だけ嚥下しました。

 ランはグラスに飾られた檸檬に目をやり、今思いついたかのように、けれどもずっと温めてあったように疑問を呈しました。

「何故檸檬は黄色なのか」

 音のない空間に、その疑問は重力を受けずに漂いました。黄色の光だけを反射しているから。というのはこの場では正しい答えではありませんでした。レンは一つ瞬きをします。

「眩しさの中にいることが出来なかったからよ」

 レンはただ、ランを見据えていました。

 ランは間違いなく太陽の色をしていました。ですから、レンは長くは見つめていられないのです。

「だから眩しくなることしか出来なかったの」

 レンは目線を下に向けました。ティーカップの液体には何も映っていません。

檸檬きみと関わっても僕はちっとも痛くないのに」

 そうランは言いますがレンにはまるで響いていないようです。レンは直ぐに口を開きました。

「でも顔を顰めるでしょう」

「唐揚げには檸檬きみが欠かせないだろう」

「あくまで私は脇役よ」

 ランは机を爪で数回叩きました。もどかしさに汗のかいたグラスを持ち上げ、呷ろうとしたところで中身が空であることを思い出しました。ランは数回目を瞬かせた後、いつもの、と言います。そして、すぐに運ばれてきた透明に近いレモネードを目の前まで掲げました。

「つまり、僕はレモネードが好きだということさ。たとえ檸檬が黄色じゃなくてもね」

 その言葉にレンはティーカップを持ち、その中のオレンジジュースを揺らしながら答えました。

「ええ、そう。私もオレンジジュースが一等好きよ」

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檸檬 syu. @Akanekazura

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