完璧なるし

イタチ

第1話

「歯を全て抜きたいんです」

最近こんな話を、よく耳にする

一体だれのために、こんなに頑張って治療を、していると言うのであろう

それを、残すのが、努めと言うものではないだろうか

格好も、清潔感がなく、自己管理が出来ていない

それが、親のせいなのか、それとも、この人のずぼらな性格が問題なのだろうか

私は、いつものように、話をごまかしながら

歯を残すことの、大事さと、入れ歯のめんどくささを、説いた

それでも、部分入れ歯だって、同じくらい大変だし、何だったら、入れ歯などなくても大丈夫だと言う

たしかに、世の中には、入れ歯も使わずに、食事をとる人間もいる

しかし、そんな無責任なことを、進めることはできない

だれが責任を取ると言うのだろうか

現在では、残すことが、主流だ

医者が、患者が死にたいからと言って、殺せば犯罪になる

我々は、歯を、残すように、していると言うのに

患者は、「はい」

そう言って、部屋を出て行った


待合室で、唐突に

「先ほどのクランケさん、大変ですよね」

私は、あいまいに、頷く

今日は、私の人生でも、特に重要な、日なのだ

私の人生は、読書によって支えられている

ここまで、生真面目に生きているのも

本を読むためだと言っても良い

そして、今日のこの日

近所の本屋さんに、数日早く、入荷するのを、頼んで、置いておいて貰うのだ

私は、生返事で、うわの空で、昼食を食べ、歯を磨いた

午後も気が抜く暇はない


畳と女房は新しい方が良いと言うが

歯医者もそうだと聞く

田舎の歯医者で治療を受けた人が、都会に行くと

何て治療を

と言われることが、多々ある

親知らずの抜歯も

ほとんどの場合

不要としか言いようがない

まるで、道にお金が落ちているのを、発見するように

口腔外科は、別の治療できた患者の親知らずを見つけるが否や

それを、否応なく進める

世間的にそうだと言う、無責任な理由で

私は、鞄に、紙袋に入れられた

本を、受け取ると

車に乗り込む

これほど、田舎では、車が無くては、物事が、スムーズにはいかない

歩道では、学校帰りの学生が、ライトをつけて、スポーツバッグを、斜めに、かけて、走っていく

家までは、あと三十分だ

家には、数日前から、買っておいた

高級のコーヒー豆がある

この日のために、アロマやら、何やらも、買い込んでいる

私は、鍵を開けて、家の中に、入った


一週間後、医院長が、首を傾げた

患者が来ていないのだ

「忘れているんですかね」

誰かの声が聞こえた

私は、目の前の患者の口を、覗き込んで

何度も繰り返したものを、出来るだけ正しいように、ミスが無いように

心がけた

休憩になり、携帯を見て、私の心臓は、止まりそうになる

目からは、なぜか、熱い涙が、落ちて、手元のガラスを濡らしている

そこには、ニュース速報で

とある作家の死が、告げられていた

直ぐに調べるも

それは、どうやら、自殺のようであると言う考察が、何件も、発見できた

一体どうしてだろう

何が、問題だったのか

時間は、経つもので

私の名前を呼ぶ声に、画面から顔を上げ

「どうしましたか」

そう言う事を言われ

慌てて、顔を、直すことにした

ー何故だろうかー

直ぐにこの場所から、走り去りたい

何だろうか、この絶望は

私には、何が、残って居るのだろうか

何もない

そんなことは、無いはずだ

それなのに、何故

何処を探しても、何もない

あしたも、その先も、頑張って生きていかなければいけないはずなのに

誰かの治療を


私は、仕事を、逃げ出すように、定時に、家に帰る

患者で誰か粗相は、していなかっただろうか

一定の治療は、出来ていただろうか

完ぺきではないにしろ

ルールは守れたはずだ

ライトをつけた道

雨でもないのに

歪んだように、灰色に見える

今までのバラ色だった

日常が

一定の時を刻み続けた

歯車が、突如なくなってしまったような

私は、いま、動いているのだろうか

発砲スチロールの中で

もがいているような感覚のなさ

家について

私は一人考えた

何が、駄目だったのだろうか

そんな物あったのだろうか


家の中に、電話が鳴り響く

それに出るものは居ない

私は一人、そこに立っていた



医院長は、一人首を傾げた

「斎藤君、連絡が付かないね

そんなこと今までに一度もなかったのに

何か知って居る人はいない」

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完璧なるし イタチ @zzed9

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