第14話

 銀河連邦の防衛ライン、簡単に突き崩せるだろうと高を括っていたら、とても分厚いですね……。どうも、カヅキ・ミコトです。最悪な気分でキーボードを打っています。思っていたんですよ、銀河連邦西部方面くらいの戦力が集結してるって。でもね、想像を超えて一万隻はいるんじゃないかな?

 ちょっと本気で止めにかかってくるじゃないか! いいだろう! 僕も本気で相手する。僕は深く座席に腰掛けて指令を出す。


「打ち方始め!」


 むこうのビームが矢のように飛んでくる。こちらも負けていられない。ビームが飛んで行く。これだけの敵を相手にするのは初めてだが、ぜったいにやり遂げてみせる。僕は銀河連邦を転覆させる男なのだ。


「敵艦から入電!」


 オペレイターが叫ぶ。こんなときに戦場の挨拶でもしようというのか。敵艦隊の人間はおかしい奴がいるな……。僕はモニターを睨む。どうやら映像付きだったらしい。僕は言葉を失う。


「俺はヒノ・チアキ。そちらは銀河皇帝艦隊とお見受けする。俺は銀河皇帝の正体を知っている気がする。もしお前がカヅキ・ミコトなら、この無意味な戦闘を止めて、おとなしく投降しろ」


 どうしてチアキ君が――。

 僕はしばらくフリーズしてしまった。セシリアが不審に思ったようで声をかけてくる。僕はチアキ君に銃を向けているのか? 思ってもみなかった。僕はどうしてこんなことをしているんだ? やっぱり銀河皇帝になるなんておかしな夢だったんじゃないか? いいや――、


「僕はカヅキ・ミコトなんて知らないよ。僕はただの銀河皇帝だ!」

「そうか、ならそうしているんじゃないんだな?」


 分かっているのか、全てを。チアキ君は僕の夢に対する動機を知っているというのか?


「僕はニディル人を解放する! そのためにここにいるんだ……」


 精一杯の強がりを言う。僕はこれからどうしよう? チアキ君に催眠をかけて、これまでと同じように従わせる? それは出来ない。彼に僕の力を使うなんて出来ないはずだ。

 ほんとうにそうなのか? 僕は僕のなかの悪魔と向かい合う。これまでだって、これからだって同じさ。相手を道具のように使い捨てる。それがどんな相手でも構わないはずだ。


 でも、チアキ君だぞ? 彼は僕の生きる目的なんだ。彼が銀河連邦側にいるなんて……。僕は喉の底から言葉を吐き出した。


「どうして……? チアキが、チアキ君がそこにいるんだ……」

「なに……?」


 相手は困惑したような顔になる。相手も半分くらいしか信じていなかったのだ。


「ミコトなんだな……?」

「そうだよ! 僕がこうして銀河皇帝になっているのはチアキ君のいられる世界を作るためなのに、どうして……! 君がそっち側にいるんだ? 僕の思いを踏みにじる気か……!」

「そんなつもりはない……俺は俺の力で自分の居場所を作れた。こうして人生が上手くいっているのは、中佐や周りの人たちのお陰さ。俺は何もお前に暴力を振るってまで世界を譲ってもらうつもりはない!」


 なんでだ? なんでだ? なんで!


五月蠅うるさい! 君は何にも分かってないよ! 僕は、もう。もう止まれないんだ!」

「だから、俺が止めてやるんだ!」


 ビームの連射が僕の艦隊に降り注ぐ。相手も本気で僕を殺そうとしている。僕はもうダメなのか? こんな形で終わりを迎えるのか?

 セシリアが言った。


「きょうは出撃されないのですね?」

「出撃か」


 それもありだが、どうしてか心のなかに壁が出来ている。このまま一万隻近くの艦隊を壊して回る。そのなかにはチアキ君もいる。無意味に思えた光の点の群れが突然意味を持ってしまったかのように重く感じた。

 僕はもう一度、後ろに続く艦隊に号令をかける。


「放て! 僕に勝利をもたらしてくれ!」


 モニターのチアキ君は表情を変えない。本気なのだ。彼は僕を殺すためにここへ来た。僕はぐったりとした。

 心臓がおかしな音を立てている。僕はまた死ぬのか……。いいや、チアキ君を止めて前に進み出すんだ。銀河連邦の転覆まであと一歩じゃないか。ここで終わりにしていつものように引き下がるのか? やってやるさ。僕は宇宙船をあろうことか前に進めた。


「ミコト……?」セシリアが慌てた様子で言った。

「だいじょうぶだ。斥力フィールドをかけてある」


 ビームは跳ね返る。僕の宇宙船へは攻撃は届かない。ところが、後ろの艦隊は続いてこない。最悪な気分だね。

 一隻の宇宙船が前に出て行く。


「自殺行為よ!」

 

 セシリアが喘ぐように言った。僕は斥力フィールドを盾に進む。


「我が軍よ、突破口は開く!」


 急に自軍の艦隊の後方から凄まじいスピードの機影が見えた。

 ドロイド・スターだ。辺境星を漂っていたロケットをこちらに寄越したのが数時間前のことだが、よくぞ我が戦列に加わってくれた。ドロイド・スターは回転しながら次々と敵艦隊へ攻撃をしていく。彼の活躍により、明らかな突破口が見えた。


「行けぇ!」


 僕らの艦隊は雪崩れ込むように敵艦隊の列に攻撃を仕掛ける。僕は次々と沈んでいく銀河連邦艦隊を見て、高揚感に浸っている。

 落ちていく連邦艦隊は美しい光を放ちながら沈む。

 連邦艦隊の上に滑っていく形となった僕の艦隊は上昇する。次に下を向くときは垂直にビームを叩きつける形となる。そうなれば全て終わりだ。


 敵艦隊の動きはそれを見越して後退を始める。逃がすか……!

 僕はずっと早い動きで上昇、落下する。そしてビームを放つ。まだ自軍が飛んでいる宙域である。ここで終わる者は僕の配下にはいらないだろう。僕は落下しながら、チアキ君を殺すだけだ。


 花火をした夏の日が蘇る。たった一秒かそこらの間で僕はあの夏を生き直す。僕はチアキ君を殺せるのか? また迷いが脳裏を掠める。


「撃て!」


 ビームは無常の涙となって落ちる。シールドはあるものの、敵艦隊はつぎつぎと轟沈していく。あのなかに僕が信じた少年がいる。あのなかに僕が心を許した人間がいる。それでも――。


「ミコト……?」

 

 僕は涙していた。僕は馬鹿馬鹿しくなっていた。銀河皇帝って何だよ。どうしても欲しい称号なのか?


「敵艦から入電!」


 チアキ君が生きていると分かってホッとしている自分がいる。僕はチアキ君を失いたくないんだ。


「今のは冷やっとしたぜ。俺はこのままお前が戦争を止めるまで戦うぞ、俺はお前を止めるだけだ」

「チアキ君、もういいんだ……」


 僕は銀河皇帝を辞める、そう言いかけた時だった。

 後ろから僕の宇宙船に向かってビームが降り注ぐ。


「どうして?」僕の顔は凍り付いた。チアキ君の宇宙船にもビームが飛んで行く。


「ミコト、これは運命なの。聖杯があなたを選ばなかった。ただそれだけよ」

「セシリア、どうして?」

「聖杯は銀河連邦の転覆を望んでいるわ。あなたも従いなさい」

「僕を逆に洗脳催眠する気か?」

「ええ。もうこうなってしまったら、あなたを操ってでもやってみせる」


 僕の意識は聖杯に取り込まれた。落ちていく意識のなかで僕は必死にビームを敵艦隊に撃っている。光の矢が向かい側の光の点を潰す。潰れた光のなかに命がある。あのなかにチアキ君がいるとするなら、僕はもう――、


「セシリア……」僕は苦し紛れに呻いた。

「セシリア、お前の魔力を解く……」

「そんなことしても無駄。聖杯は歴史を動かしたがっているわ。私を止めたところであなたの艦隊が銀河連邦を打ち砕くはずよ」

「バカを言うなよ。僕は! 僕は! 最強の銀河皇帝だ!」

「言っていなさい」


 僕の意識は数秒途絶えた。

 ほんとうに僕は終わりなのか?

 僕はあんなに努力して、いろいろして、ここまでやってきたのに、くそだ。

 

(ミコト? 聞こえるか?)


 チアキ君の声がしてくる。死んだはずの人の声が聞こえてくるなんて、もう終わりだな……。


「俺はここで終わるつもりはない……」

「チアキ君――」


 僕は夏の森に立っていた。夕暮れ時の山は遠くでひぐらしが鳴いていた。僕は体がこんなに小さいことに驚いている。どうしてここにいたんだっけ。かくれんぼで置いて行かれたんだった。

 チアキ君の褐色の肌を追って山を走っている。僕は羽ばたく蝶を一生懸命に捕まえる。思いっきりボールを遠くへ投げる。見上げた空に美しい星を見る。どの光景もチアキ君が僕に教えてくれた景色だった。感動も、激情も、あの夏に生まれた感情だった。迸る感情のなかに自らを信じる心を見つける――。


「僕は銀河皇帝になりたい……聖杯よ、僕に力が無かったことは詫びよう。僕に何かをやり遂げる意思が無かったことを詫びよう。でも友達を傷つけることも、銀河皇帝になることも諦めたくない!」


 僕は沈み行く意識を取り戻した。必死で聖杯を掴み取る。そうだ、僕の力で聖杯に上書き催眠を施すのだ。世界を変える力を持つ聖杯を逆に取りこめるなら今しかない!

 そうだ、全艦隊に催眠をかける。戦争を止めるのだ。

 最大出力の魔力の放散。


 双方の艦隊はひとつの生き物のようにうねる。そしてひとつの一大勢力となった。

 ただひとつだけ制御できない塊が見えた。それだけが暴れ馬のように戦場を駆けていく。ドロイド・スターだ。

 彼だけが僕の魔力の遠く及ばない領域にいる。マシンは言うことを聞かないようだ。


「セシリア、それにドロイド・スター、お前達を止めてみせる。チアキ君、いいかい?」


 モニターにもう一度映像が出て、チアキ君の顔が大写しになる。


「ミコト、あいつを止めるぞ!」


 二つの陣営が一つとなり、ドロイド・スターへ一斉にビームを集中させる。

 ドロイド・スターは謂わば聖杯の化身だ。歴史を動かそうとしてずるずるとのたうち回っている。不気味な挙動。生命への冒涜!

 僕たちは止まらないドロイド・スターに何度も焼き尽きるまでビームを食らわす。

 ドロイド・スターは火の玉になって暴れ狂う。

 

 一万隻では足りないのか? いいや、数の問題ではない。密度の問題だ。ビームの砲身が焼き付く最大出力で撃ち抜く。ドロイド・スターに大穴が空く。そして爆散する。


「セシリア、後はお前だけだ。聖杯よ、我が妻から去れ!」


 彼女は気を失った。次に目覚めたとき、彼女はいつものセシリアだった。

 

 目の前には銀河連邦の艦隊が待ち構えている。僕は銀河皇帝だ。チアキ君が手を伸ばす。僕はその手を掴んだのだ。



――――あとがき――――

第6回ドラゴンノベルズコンテスト中編部門に挑戦します。高評価・フォローで応援していただけると嬉しいです。次の更新はコンテスト後を予定しています。

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アラサーになって銀河皇帝になりたくなった。 カクヨムSF研@非公式 @This_is_The_Way

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