友のために
第13話
一面に広がる雪原。月明かりで照らされた場所。足を踏み入れた場所は神聖な場所だった。
スコープで獲物を見る。一頭の鹿のような生き物だ。ここは銀河中心星ネビュラ近くの惑星だ。
狙いを定める。ライフルの引き金を引く。獲物はゴロンと倒れた。
肉を雪で冷やして持ち帰る。
ロッジに荷物を置いて熱い白湯で体を温める。そういえばティーバッグが戸棚にあったと思って取り出した。豊かな香りが立ち上る。紅茶に軽くレモンを搾った。着ている服を脱ぎつつ、モニターをぼんやりと見ている。
モニターには昔懐かしい友達のブログが映っている。カヅキ・ミコト。俺が少年時代に出会った友達だ。
ミコトの中性的な顔立ちを思い出す。ひょろりとした背格好で頼りない、そんな男の子だった。俺はあの頃のことをつぎつぎと思い出しては舌に広がる味わいを転がしていた。
とりあえずブックマークしておいてその場を離れた。仕事をしてから読もう。俺は仕事場へと向かった。
ブログの更新は週に三回くらいのようでミコトのしょうもない夢が語られていた。
銀河皇帝になりたい、か。
あいつ、まだそんなこと言ってるのか。
俺は溜め息をついた。ページをクリックして見ていくと、妄想が書かれている。
あいつ、精神を病んでしまったのか? そんな思いが脳裏を
気になって書いてある事柄を検索してみる。
数ヶ月まえのこと、ローリエスという小都市が壊滅した。公爵が死亡し、レオノーラというお嬢様が意識不明の重体、ミコトの日記の通りに話が進んでいる。冷や汗が伝う。
俺はクリックが止められない。
ギリージェの革命。ニディル人ゲットーの解放とある。調べてみる。たしかにあった。少し前のことみたいだ。ミコトのブログと現実の事件の一致は怖いほどだった。
俺は震えそうになる手をおさえた。
そして上官のキースに連絡をした。
「ヒノ・チアキです。キース中佐はいますか」
オペレイターが中佐に繋ぐ。
「いま代わります」
「チアキ、何だ? こんな時間に?」
「銀河皇帝って有名なんですか?」
「テロリストのことだな。ニディル系ゲットーを解放後、西部方面に大穴を空けた。艦隊を率いてネビュラへ向かっているらしい」
「中佐、その正体が分かったとしたらどうです?」
「ありえない。相手は銀河系でもSランクの犯罪者だ」
「友達かもしれないんです、彼は、銀河皇帝は……」
中佐は大笑いした。
「銀河皇帝が友達だって。情報元は?」
「ブログです」
「彼がブログで銀河皇帝を名乗っているっていうのか? バカ言うな。愉快犯、模倣犯だろう?」
「中佐、これは直感です。正しいかどうかは俺に任せてください」
俺はスピーダー・シップに乗って銀河連邦本部へと向かった。アテナタワーを横切り、銀河連邦本部司令室へ行く。中佐は座って俺を待っていた。
「チアキ、ようこそ」
中佐は手を広げた。ハグでもするというのか? しないよ。俺たちは大人だから。
「銀河皇帝の正体はカヅキ・ミコト。俺の友達だった人物です」
「人物の照合は終わった。行政院に同一人物のヒットだ」
「どこです?」
モニターをふたりで睨む。
「宇宙アリの討伐ミッション……、どうやらハンターだったみたいだ」
「ただのハンターがどうして、銀河皇帝なんかに……」
いったいどうしてしまったんだ? ミコト。
「そうだな、調べてみるか。勤務態度は真面目だったという話で、突然宇宙アリを次々と倒した英雄になったとある」
ミコトが運動神経抜群だったという記憶はなかった。
「おかしいですよ、あのミコトがハンターとして有名だったなんて……」
「チアキ、お前は当該人物を冷静に見られていないだけだろう」
「ミコトはグズで、ダメなお人好しなんです!」
「そのお人好しが銀河皇帝を名乗っているのは矛盾していないか?」
「確かにそうですが……」
中佐は俺に諭すように言った。
「銀河皇帝がこの人物だったとして、お前はこいつを殺せるのか?」
息を飲んだ。迷いはないのかと訊ねられている。ミコトを俺が殺せるか? 銀河を転覆させるほどの力を持った銀河皇帝であるミコトを殺せるか?
ふと幼い日の思い出が蘇る。
(僕がチアキ君の安心して生きていける国を作ってあげるよ)
「そうなのか……」
「どうした、チアキ?」
「俺のためなのか? ミコト……」
あんな子どものころの一言を叶えようとしているのか、馬鹿だよ。ミコト。
ミコトが銀河皇帝だったとして俺がミコトを止めるしかない。ミコトの動機を知っているのは俺だけだ。
「やります。俺がミコトを止めます」
「そうか、分かった。チアキ、君にはなんにせよ、銀河皇帝を止める役目を負ってもらう」
「分かりました」
アテナタワーが夕陽を纏って輝いている。俺たちにどんなことがあろうとも、過去それまでにどんな交流があろうとも、その絆は永遠じゃない。俺は闇のなかにいる。
休暇が必要だと思えた。しかし時間は刻一刻と過ぎていく。銀河皇帝が近づいてくる。自動販売機の前に立ち尽くしていた。俺は缶コーヒーをあけると、誤って缶を落としてしまった。清掃アンドロイドがやってきて掃除を始める。その手はどこかぎこちない。
「なぁ? 君……やけに動作がゆっくりだな?」
「さいきんドロイド・フォーラムにご無沙汰で、ログを整理していないんです、すみません」
「ドロイド・フォーラム、いま行ってこいよ」
「いいんですか?」
アンドロイドの休暇を与えてやるのも人間の責務だ。アンドロイドのこめかみにランプが点ると、少ししてアンドロイドが再起動した。
「おつかれさま!」
「ハイ。おつかれ……」
反射で避けた。アンドロイドがグーで殴ってきたのだ。仰け反った。
「なんだ? どうしたんだ、いったい?」
「いいえ、私もよくわかりません」
「不気味だね!」
俺はアンドロイドの腕をとって取り押さえる。そうして電源を一度落とす。ストンとアンドロイドの動きが止まった。
辺りが騒がしい。至る所で発砲音や何かが壊れる音がしている。銀河連邦本部に対してテロか? ありえない話でもない。
俺は廊下を走る。そして中佐のいる司令室に戻る。
「中佐! いったい状況は?」
「アンドロイド、ガイノイドが至るところで暴れている。事態を鎮圧中だ」
中佐は受話器を取っている。
俺はロッカーに急いで武装した姿で戻った。司令室には続々とサイバー犯罪対策室の面々も集合した。
俺たちはドロイドの反乱の情報を集めるべく、空へドローンを飛ばした。ドローンが映し出したのは銀河連邦本部を中心とした市街地のドロイド暴走事故の様子だった。
唖然としていると、サイバー犯罪対策室の一人がノートパソコンでドロイドのコアにケーブルを繋いだ。ウィルスに感染しているならば青いランプが光るが――。
「ウィルスではありませんね。遠隔地から操作されているようです」
「何?」と中佐。
「セキュリティは破られていないのにどうして……」
俺は、はたと気づいた。
「何らかの異常だ。そういえば、襲ってきたドロイドはドロイド・フォーラムへ繋がった途端に暴れ出したんだ」
「ドロイド・フォーラムですね、アクセスしてみましょう……」
皆、息を飲んでいる。
ドロイド・フォーラムは機能していなかった。一体のロニィというアンドロイドが常駐しているだけだ。ロニィに話しかけようとするが無駄だった。沈黙が過ぎていく。
突然パソコンの画面が落ちた。
「なぜ……?」
「わかりません、何かに感染したのかも……?」
「ウィルス以外にってことか?」
「ええ、でもそんなことは技術的にありえません」
パソコンが再び起動した。皆はホワイトノイズの画面をじっと見ている。
ニディル系の伝統音楽が流れてくる。不気味だ。
「何だったんだ?」
「わかりません。でも念のためにドロイド・フォーラムへのアクセスは禁止としましょう」
後ろの窓がガシャンと割れた。
「発砲か?」
「そのようです!」
俺は窓ににじり寄った。ドロイドによる攻撃だろうか?
窓の外へ銃を向け、引き金を引く。
「ドローンの映像を持ってきてください!」
大ビジョンに映像が映った。映像には人間が映し出されている。ドロイドによる攻撃じゃない? ではテロリストか。そのときふたたび俺の脳裏にミコトの顔が
「中佐、あれは人間です!」
「こんなときに……? 困らせてくれる!」
中佐は各所へ部隊を向かわせている。俺はじりじりと過ぎていく時間に苛立ちを覚えた。全部、銀河皇帝の手中にあるというのか……。
「中佐、こんなこと言うのは馬鹿だって分かってますが、すべて銀河皇帝の思いのままに運んでいます。銀河連邦本部が襲われて混乱している隙に、防衛ラインを突破しようというんです!」
「このままでは、その銀河皇帝にやられ放題だ……。チアキ、お前にほんとうに奴が止められるか? 友達なんだろう?」
「やってやりますよ。ミコトの起こした悪夢を止めさせます!」
中佐は俺に止まるな、とだけ言った。
俺はひとりネビュラを出た。銀河連邦本部は中佐に任せる。
俺はスピーダー・シップで軌道上基地へ向かう。そして宇宙戦艦ヤークトシュラードに乗り込む。
ハイパードライブで第七次防衛ラインへ急ぐ。中継地を六つ過ぎたあと、宇宙戦艦一万五〇〇〇隻が待機している宙域にたどり着いた。
指揮するコールズ大佐に連絡し、俺は戦陣に入る。視界にまだ銀河皇帝艦隊は見えない。予測時間は五時間後とのことだが、あっという間だろう。俺はミコトを倒して、銀河連邦の安定を取り戻してみせる。
緊張と興奮でつぎつぎと時間の経過感覚が変わるのが分かる。俺はじっと立っていた。
――時間だ。
遠くにいくつもの光の点が見え始めた。
「放て!」
横に並ぶ艦隊から次々とビームが飛んで行く。銀河皇帝との戦争が始まった。世に言う銀河連邦の動乱である――。
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