第15話 シスコン、此処に極まれり
「――面をあげよ」
サルバドール王城、大広間。玉座の安置されたその部屋の主、クリス・サルバドールは自身の目の前で頭を下げる四人の少女に声を掛ける。が、これはパフォーマンス。国王陛下直々に『頭上げて良いよ?』と言われてもその場で『あ、そっすか』と上げるのは不敬。最低限の礼儀を弁えた四人にうんと頷き、クリスは傍らに控えるエリオに声を掛ける。
「宰相」
「畏れ多くも陛下のお言葉である。面をあげよ」
こちらも慣れたもの、クリスの言葉にエリオが言葉を継ぐ。その言葉を受け初めて顔を上げる四人。
「――勇者、アリス・ワンダーランド。並びにその仲間達よ。この度、女神アレクシア様の御神託により貴殿らに魔王討伐の神意が降った。貴殿らには過酷な度になると思うが、この神意を受ける意思はあるか?」
クリスの言葉にアリスは大きく頷くとその桜色の唇を開く。
「浅慮非才の身でありますが、女神アレクシア様の御神意とあれば是非もありません。このアリス・ワンダーランド、この一命を賭してでも必ずや魔王を撃ち滅ぼして見せます」
「その言や良し! 我がサルバドール王国としても可憐な身にて旅を行う勇者アリス・ワンダーランドの冒険の一助となる餞別を送ろうと思う。受け取ってくれるか?」
「勿体ないお言葉に御座います」
「うむ。それで宰相エリオット・サルバドールよ。勇者に送る品々を」
「……」
「宰相?」
「……」
「……ええっと……エリオ?」
少しだけ困惑した様な表情を浮かべるクリス。そんなクリスの声に『はっ』と気づいたようにエリオがこほんと咳払いを一つ。そんなエリオに、クリスがジト目を向ける。
「……エリオさ~? いや、良いよ? 勇者も巫女も身内みたいなもんだし? 冒険者二人はそのパーティーメンバーだし、そこまで肩肘張った儀式にしなくてもいいけど……流石にもうちょっと真面目にしたら?」
「……別に不真面目な訳では」
「いやいや。もう完全に心此処に非ずだったじゃん。ま、アリスちゃんが魔王討伐の旅に出るって言うんだから仕方ないって言えば仕方ないけど……」
クリスはそう言って視線をアリスに向ける。
「……ほんとに良いの、アリスちゃん? エリオ、アリスちゃんが勇者に選ばれてからこんな感じだしさ? 正直、アリスちゃんが旅に出たらこのシスコン、仕事にならない気がしてさ? 出来ればボクもあんまりアリスちゃんには旅に出て欲しくない感じなんだよね~。いや、結構真面目な話で」
クリスのある意味切実ともいえる言葉にアリスは苦笑を持って応える。
「……そこまでお兄様に心配して頂けるのは本当に嬉しいです。ですが……クリス様? アリスだって十六歳です。私はお兄様のご厚意でサルバドール公爵家に住まわせてもらっていますが……市井の子女なら既に婚約者、或いは結婚してても可笑しくありません。もうアリスだって大人です!」
「……ま、そうだけどね。あと、エリオ? 『け、結婚なんてまだ早い!!』とか言わない。話が進まないから」
はーっとため息を吐くクリス。そんなクリスにくすっと笑って見せ、アリスは言葉を継いだ。
「大丈夫です、クリス様。だって、エリオお兄様ですもの。私の大好きなエリオお兄様は、きっと私の成長を信じて下さいます。間違ってもお仕事を疎かにする人じゃないです!」
キラキラした目で『ねぇ、お兄様?』と同意を促すアリスに、『あ、当たり前だ!』とか言ってるエリオ。そんな二人を見て、クリスはもう一度ため息。
「……悪女になったね~、アリスちゃん」
「? なにか言いました、クリス様?」
「なーんにも」
何時かアリスの掌でコロコロと転がされてるエリオの姿を想像し、それは流石に洒落にならないと思い――まあ、でも今までとあんまり変わらないか、と思い直すクリス。この国の平和はよくも悪くもこの『勇者』の手に委ねられているのでいる。それこそ、十年近く前から。
「まあ、アリスちゃんの意思は固いみたいだし……エリオ?」
「……分かりました」
不承不承、エリオが歩みを進める。そのまま手に持った巻物――勇者に与える目録を読み上げる。
「――勇者アリス・ワンダーランド、並びにその仲間たち。貴殿らには冒険の初期費用として三千二百万サルバドルを下賜する」
「「「…………………は?」」」
アリス、ロナ、ユメリアの声がハモった。
「お、お兄様!?」
「なお、継続的な旅の資金として月に三百万サルバドルを所定の街で受け取れる様にしておく。ああ、これは一般的な生活費として使うものだ。旅に必要な宿泊費、旅費などは別途支給させて貰うから、その都度経費申請を上げるように。具体的には月に一度、勇者アリス・ワンダーランドは経費申請の為にこの王城に戻り宰相である私に直接報告するように。それと――」
「お兄様!!」
「――なんだ? まだ目録はあるが」
「なんだ、じゃありません!! なんですが、三千二百万サルバドルって!!」
「支度金だが?」
「『支度金だが?』じゃないです!! それに、なんですか! 毎月三百万サルバドルって!!」
「少ないか? まあ、私もそう思う。四人であれば一人当たり百万サルバドルに満たないからな。流石にこの金額ではと思ったが……かわいい子には旅をさせろと言うだろう? だから、私も涙を呑んでこの金額にした。少額で済まないが、許せ」
「何処が少額ですか!! 三百万サルバドルあれば、家族四人が充分暮らしていけますよ!! それになんですか、宿泊費と旅費は別って!! じゃあ何に使うんですか、三百万サルバドルも!!」
アリスの言葉に、エリオは心底不思議そうに。
「ドレスやお土産物代は必要だろう?」
「旅行に行くんじゃないんですよ!? 魔王を倒しに行くんです!! ドレスもお土産物も不要です!!」
アリスの絶叫が響き、ロナとユメリアは絶句し……サーシャはああやっぱりと絶望、クリスは肘置きに肘を置いてこの義兄妹を眺めて、もうすでにこの国は手遅れかも知れないと達観していたりした。
悪辣宰相奮闘記! ~愛する義妹の幸せの為なら彼は何処までも頑張れる!~ 綜奈勝馬 @syota
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