第3章 どうする昭和テニスマン? 妖精に告られたぞ! 嬉しくて妖精大サービス!(お色気あり 青少年可)
第三章 足りないピース 四月一九日(金)
一 ベンチ前で準備体操して、軽くボレーとラリーをした後、杏佳から、
「はーい、今日はスピンサーブとバックのスピンやるわよー。まずサーブからねー」って声が掛った。
今日の杏佳は、濃いグレーのテニスポロにネイビーのスコート、短いソックスとシューズ、そしてキャップは全部黒。いいね、シックだけどストロングスタイル。こういうのも似合うね。
二人でアドコートに行ってサーブ練習開始。
「スピンサーブは、ここからだと、基本はストレートに打ってセンターライン付近で斜め右に落ちて、逆にバウンドは左に跳ねることになる。強い斜めの回転がかかってるからね」
「スピンだとそうなるのか」
「そう、逆側に跳ねるから、『ツイストサーブ』とか『キックサーブ』とも言うわね。スピード出ないから一発でエース取れるようなサーブじゃないけど、高いところから落ちるからコート内に安全に収まるし、スピンかかって高く跳ねるから返球しにくくて、セカンドサーブには最適よね」
「まあ、みんなセカンドで打つよな。守りのサーブって印象だ」
「そう、それでね、スピンはほかのサーブと大きく違う点が二つあって、まずはグリップの握り。回転かけやすいように少し厚く持つの。ちょっとやってみて」
僕が少しグリップを右に回して厚めにすると、
「そこまでは要らない。それはバックハンドのスピンの握りね。それだと面が被り過ぎてフレームショットになりがちなんだ。その半分くらい。そう、そのくらい」
「これは微妙だな‥‥‥。覚えておくのが難しそうだ」
「すぐ慣れるわよ。それで、その握りで、ボールの左下から上に向かって擦り上げるの。叩き落すんじゃなくて、上に向かって打ち上げるイメージ。ちょっとやってみるね。私は右効きだからサイドラインに向かって打つよ」
杏佳は、エンドライン上に左足を置いて、トスを上げ、体を反らして戻しながら、小さくジャンプし、上に向かって擦り上げるようにサーブを放った。白い右足が大きく跳ね上がり、スコートがめくれて白いアンスコがチラ見えする。ふふ、いい眺めだな。まあ見せパンなんだけどさ。
杏佳が放ったボールは少し上方に飛びながら、ネットを超えたあたりで弧を描いて急激に落下し、サイドライン付近に落ちて、ボヨーンと右側に跳ねた。
「おー、見事。ストンと落ちて、右側に跳ねた」
「私は力がないし、打点も低いから、こんな程度しか打てないけどね、あんたならすっごい上の方から落とせるから、頭の上まで跳ねるようなサーブ打てるわよ。じゃ、打ってみて」
僕は、さっき教わった少し厚いグリップにして、トスを上げ、ボールの左側を上に擦り上げるように打ってみた。ボールはセンター方向に飛び、ちょっとスピンがかかって落下したものの、キックせずに右方向にバウンドした。
「あれ? キックしないな。だいぶ違う打ち方したつもりなんだけどな」
「その打ち方だとそうなるだろうね。フラットやスライスと同じタイミングで打ってるからよ。要するに、一番高いところで打ってるのね。頂点で打つと、球を擦り上げられないのよ。当然よね。じゃ、どうしたらいい?」
「ああ、分かった。トスを頭の後ろに上げるんだ。そんで、背中反らせて、ボールが落ちてきたところを、腹筋で身体戻しながら擦り上げていくんだな。そういや、プロもそうやって打ってるな」
「正解! 飲み込み早いわねー。それじゃ、やってみよう」
僕は、二つ三つ、トスを後頭部にあげて、打ちに行くタイミングを計った後、「じゃ、打ってみる」と言って、トスを上げた。身体を沈めて反らせ、ボールが落ちてくるところを見計らって、斜め上に擦り上げてた。さあどうだ?
ボールは、少し高い弾道で、ネットを超えたところでストンと落ち、ちょっとだけど逆側の左に跳ね、ポンポンと転がって行った。
「あー、できたじゃない。スピンはちゃんとかかってる。恐る恐る打ってるから、まだまだヘナチョコだけどね。じゃ、今度は思い切り擦り上げてみて。ボールはエンドラインに向かってロブを打つ感覚でいいわよ。大丈夫、ちゃんと落ちてくるから」
僕は、(ほんとかなー)と思いつつ、言われたとおり、身体を一気に戻しながら思い切り上に向かって擦り上げてみた。別にオーバーしたっていいやって思ったボールは、ネットのはるか上を山なりに通り過ぎ、やっぱり大きすぎたな、と思ったら、そこから「ストーン!」と急降下してコーナーの内側に落下して、そこから「ビニョーン!」と逆側に大きく跳ね、そのままエンドラインの後ろまで飛んで行った。
「す、すごい‥‥‥完璧。こんなスピンサーブ見たことない‥‥‥。今、私の頭の上まで跳ねたわよ。あんなの分かってても、そうそういいリターン打てない。スピンきついから当てに行くと弾かれるし、かなりやっかいな球」
「おお、今のいいサーブだったな。コツが分かって来たぞ。何度も練習して身に付けよう」
「うん。だけど、フラットとスライスも平等に練習しないとだめだからね。スピンだけ全然違う打ち方だから、そればっかりやってると、トスがどんどん狂って、フラット打ちたいのに後頭部にあがるようになるよ」
「了解しました! 杏佳コーチ、気を付けて練習します!」
二 「はーい。次バックのスピンねー。これはスピンサーブよりずっと難しいわよ。まず握りから。さっきの握りやってみて。グリップを四分の一回して、そう、それでいい。それでラケットをセットするのは、裕だと右腿のとこね、やってみて」
僕は、ラケットを右手で引き、右腿のところにセットする。
「そう、そこ。そこからラケット面を真っすぐ立てて腰回しながら水平に振って」
僕は言われた通り、ラケット面を垂直にしたまま、地面に並行に前に振り出す。
「うん、それでいい。それがフラットね。ちょっと何球か打ってみよう」
杏佳が僕の右前に立ち、すぐ近くからポンとボールを放ってくれる。それを僕はワンバンさせて真っすぐフラットで打ち返す。全部きちんと返った。
「うん、できてる。それでいい。それじゃ今度は、膝折って腰落とした状態で、膝伸ばしながら同じスイングをして」
杏佳が出してくれたボールを、膝を伸ばしながら、ラケットで打ち抜く。
「あ、スピンかかって落ちた。ああ、これあれか? こないだの壁打ちで習ったフォアのスピンと同じ理屈か」
「そのとおり。ラケットは真っすぐでも、膝伸ばす分、軌道が斜め上になるのね。それじゃ、セット時に面をちょっと伏せて、少し上に向かって振り抜いてみて」
僕が言われた通りボールを打ち抜くと、ボールはネットの二mほど上を通過し、スピンがかかって鋭く落下した。
「ああ、こうなるのか。やっぱり、膝だけじゃなくて、面を伏せてワイパー気味に振った方がスピンかかるんだな」
「そのとおり。もっと上に、イメージ的には垂直に振り抜くイメージでやると、トップスピンロブになるわよ。インハイ予選で真治くんにやられたやつ」
「ああ、あれか。やってみる」
だけど、出されたボールを垂直に振り上げるように振り抜くと、「カッ!」って、フレームの上にあたって、とんでもないホームランになってしまった。
「あはは、まあ、一朝一夕にはいかないわよね。あんまり極端なことして、スライスに影響するとよくないし、今日のところは、膝折ってスピンかけるとこまでにしようか。あっちからボール出すから、今日はスピンとスライスを延々と交互に打つよ。身体に覚えさせようね」
「よーし、来い!」
三 「さあ、じゃ、最後にゲームやろうか。ルールは前回と同じね。だけど、今日は、あんたバックは全部スピンで打つこと。それから、セカンドサーブは全部スピンサーブでね」
「ほいきた。今日は負けねーぞー」
「それじゃ、いくよー。バックのスピンの握りでリターンするときは、コンパクトにブロックする感じでね。球が速いからね」と言いながら、杏佳は僕のバックにちょうどいい速さのサーブを入れてくれる。僕は、打点を前めにしてブロックするようにストレートに打ち出した。リターンは杏佳のバックに深く返り、カウンターなので拾うだけで精一杯となって、ロブが上がる。僕はネットに詰め、簡単にオープンコートを打ち抜く。
「今のいいねー。ライジングでストレートにカウンター。これ覚えれば武器になるわよ。特にセカンドサーブは大抵いまのとこに打ってくるからね。ストレートに打って前に詰めればいいんだ」
「おお、そうか。よし、次も決めるぞ」
「そうはいくか。それっ!」 ビシッ!
「うわー。そんな速いの取れねーよー」
「ふん。いつもいつも優しい球出さないわよ。なんとか食らいつきなさいよ。べーだ」って言って、杏佳が赤い舌をチロって出してくる。
「ひー、可愛いけど憎たらしいー!」
とまあ、こんな次第で、結局簡単にキープされてしまった。
「はーい。セカンドサーブはスピンねー。今日はコースの打ち分けはいいわよ」
「わかった」 僕は、さっき練習したとおり、トスを頭の後ろにあげ、背中を反らせて、球の落ちてきたところを思い切り擦り上げた。ボールは高い弾道で山なりに飛び、サービスライン付近で急に落下して大きく跳ねる。杏佳はエンドライン後ろまで下がって、だけど大きく跳ねて来たのでジャンプしながらリターン。態勢に余裕がないので真ん中に返り、前に詰めていた僕はネット際にドロップボレーを落とした。はるか遠くの杏佳はもう追うこともできない。
「おお、いい、それ! あれだけ跳ねれば、前に詰める時間は十分に稼げるし、リターンも遠くから飛んでくるから対処を考える余裕もある。オープンコートに送り込んでもいいし、ネット際に落としてもいい。これ絶対武器にしよう」
「よーし、このゲームはキープするぞ!」と言いつつ、結局、
「ゲームセット&マッチバイ杏佳! スコア四―〇!」
「ひー、また完封されたー! 師匠、あなたは強かった、参りました‥‥‥」
「はは、まあ、今日は覚えたてのスキルを無理やり使ったから仕方ないよ。でも、試合で使わないと身につかないからね。球出しもいいけど、やっぱり生きた球打たないと」
「そうだな。今日は基本を教わったから、次回までにスピンサーブとバックのスピンを磨いてくるよ。サーブの方はすぐ使い物になりそうな気がするな」
「そんな感じね。だけと、他の球種もバランスよく練習するのよ。影響出ないようにね」
「はい! 杏佳コーチ、今日もありがとうございました!」
四 練習を終えて、二人で館内の自販機でアクエリを半分こして、地下駐車場に降りた。
‥‥‥あ、そうだ! あれ渡さなきゃ。
「杏佳。思い出した。今日大事なもの持って来たんだった」
「え? 何?」
僕は、ラケットケースをガサガサやって、A4のポケットファイルを取り出した。
「はい、これ。お誕生日おめでとう。時間なくてラッピングできなかったけど、俺からのプレゼント」
「えー? だって、私の誕生日先月だよ?」
「そうだけどさ。二週間しか違わないのに、俺だけあんないいプレゼント貰ったら悪いだろ? さ、見てみ。ついさっきまで描いてたんだぜ。数が悪いけど四枚入ってるぞ」
「えー、なんだろ。ドキドキするな」って言いながら、杏佳がファイルの一頁目をめくった。
一枚目のイラストは、杏佳がジャンプしながらトップスピンでボールを擦り上げ、綺麗な白い脚が空中に浮かんでいる画だった。体育館の壁で会った時と同じレモンイエローのスコートにアイボリーのTシャツ。キャップは顔がよく見えなくなるので割愛してポニテとリボンだけ。もちろん杏佳そっくりの超美少女に描き上げてある。アングルは左下からで、高く挙げた肘の横に、「シャ!」っていう摩擦音をトゲトゲで入れた。下には「テニスの妖精 バタフライ」っていうタイトルが入ってる。
「えー? すごーい。これすごく上手ー。裕が描いてくれたの?」
「もちろん。俺、漫画上手だって言ったろ」
「えー、すっごい嬉しい。すっごく素敵なイラスト。裕、ありがとね!」
「どういたしまして。お前、お金で買えるものだときっとあんまり喜ばないと思ってさ。それ、色も塗ったし、四枚描くのに丸一週間かかったぜ」
「へー、嬉しいな。‥‥‥だけどあれー? よく見たら、なにこれ? めくれたTシャツからブラが見えてるじゃないのよ。あー? スコートからパンツも見えてる! しかもアンスコじゃなくて、ただのパンツじゃないの。なにこれ、エッチ! スケベ!」
「あはは、まあ、漫画だからさ。ブラチラとパンチラはお約束だろ? ご愛敬ってことで勘弁してくれよ。だけどちゃんと可愛く描けてるだろ?」
「ふふ、そうね。いかがわしい感じじゃないわね。エッチで可愛いわ。‥‥‥じゃ、次のは何かな?」
杏佳がページをめくると、今度は、杏佳が両手握って肩怒らせて、プンプンしているイラストで、「バカ! 脱がないわよ!」ってタイトルが付いてる。胸は漫画だから、強調してすごく大きく描いてある。Tシャツが丸く盛り上がってパンパンだ。
「あはは、これあんときのね。『Tシャツ脱いで欲しい』ってときのね」
「脱いで欲しいなんて言ってないだろ。『邪魔だなって思った。』って言っただけだ」
「ふーん、そうだったかしら。でもちょっと胸大き過ぎじゃない? まあ、漫画だからこれもご愛敬か。‥‥‥じゃ次のは?」
次のイラストは、ラケット片手に自転車のサドルに手をかけた杏佳がウィンクしてる画だった。自転車のカゴにボールが入ってる。タイトルは、「ゲームセット&マッチバイ杏佳!」。
「あー、これ、ドロップボレー決めたときのだ。カゴ狙ったわけじゃないんだけど。なんか偶然カッコよく決まったよねー」
「なんだ、狙ったんじゃないのか。俺あんとき『すげー、超絶スキル!』ってビックリしたんだけど」
「ふふ。それ、美しい誤解よ。だけどそのままにしといた方がよかったかしらね。それじゃ、最後のは何かな? あ、これはウェアじゃないんだ。お寿司屋さんに着てったミニワンピだね」
最後のイラストは、グレーのミニワンピに黒いキャスケットの帽子、白い長い脚に短い黒のソックスと黒のブーツを履いた杏佳だった。前かがみで踵トントンやりながら、微笑んで人差し指を口に当ててる。
タイトルは、「一番大事な理由」
杏佳はそれ見て、急にはっとした様子で、なにか迷っているように視線を左右に送り、下向いて考えこんじゃった。なんかファイル抱えてモジモジしてる。
「え? 杏佳、どうした? なんかまずかった?」って慌てて聞いたら、杏佳は、意を決したように僕の顔を見上げて、
「ねえ、裕。伝えなきゃいけないことがあるの。私、確かめられたの。その時が来たの。こんなに早く来るとは思ってなかったけど」って言ってから、視線を落とし、そっと、静かに、僕に抱き着いてきた。両手を僕の背中に回して、だけど小柄なもんだから胸まで届かず、お腹に顔を埋めて、何事か言っている。ブツブツ言ってるんだけど、よく聞こえない。僕も杏佳の背中に手を回して、優しく抱き寄せながら、
「え? 何て言ってるの。よく聞こえない」って、聞き返したら、
「‥‥‥お願いです。裕君、私の彼氏になって下さい‥‥‥。もし裕君が今そういう気持ちじゃないなら、私いつまでも待ちますから、それまで傍にいさせて下さい‥‥‥。だけどもし裕君がよその人のものになったら、その時はきっぱり諦めますから‥‥‥。うう、だからお願いします。ううー」って、やっぱり聞き取れないくらいの小さい声で、必死に伝えてくれていた。
だけど、僕はそれ聞いて、答えるより先に疑問が先に立ってしまい、つい、
「お前、なんで突然敬語っていうか丁寧語になるの? お前のツンデレ属性、発現するベクトルがよく分かんないだけど」って言ったら、杏佳はガバと顔をあげて、僕をキッと下から睨みつけて、
「うるさいわね! 私だってよく分かんないわよ。それよか、答え聞かせてよ。今すごくドキドキしてるのよ。胸が張り裂けそうなのよ。そういうのちゃんと分かってよ!」って言ってきた。目じりにちょっと涙を溜めてる。豊かな胸が押し付けられているので、ポヨンって盛り上がってる。
「ああ、そりゃそうだよな。ごめん」 僕はちょっと考えたあと、
「それじゃ、杏佳さん、僕も丁寧に答えますよ。まず、僕はさっきの杏佳さんの言葉は全部忘れます。なかったことにします」って言ったら、
「え、なんで? 聞かなかったことにしたいの。ダメってこと?」って、杏佳は口をわななかせて、今にも泣きそうな眼で僕を見上げてきた。
「僕が先に言うべき言葉だからですよ。杏佳さん前に『女の子に言わせちゃだめ』って言ってたでしょう? だから、さっきの話はいっぺん忘れて、改めて僕から、思い切って告白しますよ」って前置きして、
「杏佳さん、どうか、僕の彼女になって下さい。これからも僕の傍にいて下さい。僕は、あなたのことが大好きですよ。今まで会った誰よりも、一番好きです」って、ちょっと涙を湛えた杏佳の黒い瞳を見つめながら、穏やかに微笑んで、だけどはっきりと伝えた。
杏佳は、それ聞いて、パッって破顔したと思ったら、また僕のお腹に顔埋めて、
「うー、よろこんで! よろこんで彼女になります! 裕君も私の彼氏になって下さいー」ってグシグシしながら言ってきた。
僕が、「どうもありがとう。もちろん、よろこんで彼氏になりましょう。これからも宜しくお願いしますね」って応えたら、
「うー、宜しくお願いしますー。私も裕君が大好きですー。去年の夏に見たときから好きでしたー。今は、もっともっと、何倍も好きですー。こないだは内緒にしましたが、それが一番大事な理由ですー」って、反り返った長い睫毛をびしょびしょにして、泣き笑いしながら僕を見上げてきた。
「うん、知ってましたよ。もっと早く僕から言えばよかったですね。ごめんね」
「え? 何、あんた知ってたの?」 お、急に元に戻った。
「うん、知ったのはこないだだけど。そりゃ『一番大事な理由は内緒』『女の子に言わせないの』って、あの文脈で分かんなかったら相当だろ。俺はさすがに去年の夏ってことはないけどさ、こないだの寿司屋の時かな? 来てくれてすごく嬉しくなって、だけどお前が帰ったあとすぐ、たまらなく会いたくなったんだ。それで、自分でもびっくりして、『あ、俺、この娘のこと、こんな大切に思ってたんだ。これ、きっと好きってことなんだ』って気が付いたんだ」
「そうか、あの時、私もお店出たあと、裕の事考えたら泣き出しちゃって、『今まで気づかなかったけど、ここまで裕が好きだったんだ』って分かったんだ。そういうのって伝わるのかしらね」
「そうだな。シンクロするのかもな」
そしたら、杏佳が下から涙目で僕を見上げて、
「うー、抱っこしてよー。遠いのよー」って言ってきた。
「遠いって、今現にくっついてるじゃないか」って返したら、
「違う! あんたデカすぎて、顔が遠いのよ! いつも私、下から『遠いなー』って思いながら見上げてたんだから」だって。
「はは、そうだったのか。だけど、いろいろ持ってるから、ちょっと待って」って応えて、僕はボールのカゴを横に置いて、杏佳の手からファイルを受け取ってカゴに入れた。
「ラケットバッグ担いでるから、上手く抱っこできるかな。あ、大丈夫そうだな」って言いながら、僕は杏佳の背中に手を回し、もう一方は膝下に入れて、「よっ」ってお姫様抱っこで持ち上げた。杏佳が「キャッ」って声を立てる。
「ああ、こうしてみると確かに顔が近いな。杏佳の顔、こんなに近くで見たの初めてだ」
「私もそうよ。でも重くない?」
「全然。お前、やっぱり小さくて軽いんだな」
「ふん、チビで悪かったわね」
「いや、小っちゃくてとってもキュートだぞ。お前に会ってから、小っちゃい娘が好みになった。色白で栗毛ならなおいい」
そしたら、杏佳が急に思い出したように、
「あ、そうだ、ちょっとあっち向いてて。いいって言うまで」って言うので、僕は、
「え? なんだろ」って答えて、素直にあっちを向いたら、杏佳は、なんか手でモソモソやってたけど、しばらくして、
「はい、もういいわよ」って声がしたので、向き直って杏佳を見たら、
「うわ、なんだいきなり。驚かすなよ!」って思わず大きな声で言っちゃった。
杏佳は、グレーのポロシャツの胸ボタン全部外して大きく開き、白い谷間と薄いピンクのスポーツブラを覗かせて、いたずらっぽくニッコリ笑っていた。
「だって、さっきのイラストでブラチラしてたじゃない? きっと見たかったんだろうなって。私だって恥ずかしいけど、あんた今日から彼氏だから、特別に見せてあげるわよ」って言ってきたけど、やっぱり恥ずかしかったのか、あっち向いて、白い頬を赤らめてしまった。
「いや、これ、『ブラチラ』どころか『ブラガバ』じゃないのか? ‥‥‥うん、だけどすごくいい、可愛い、色っぽい。白くてキュっと締まった狭い谷間がいい。中くらいのリンゴ並べた感じで、胸の形がよく分かって、きつそうなピンクのブラも白い肌によくあってる。すごくいい眺め」って褒めたら、杏佳は、
「そう? ふふ、喜んでくれてよかった」ってこっち向いて嬉しそうに笑った。
「‥‥‥うう、触りたいよう。ニギニギしたいよう。両手ふさがってるけど」
「何言ってんのー、まだだめー。ちゃんと順番守るの。またその時がきたらね」
「‥‥‥うう、顔埋めたいよう。モフモフしたいよう」ってダメもとで言ってみたら、
「あんたもしょうがないわね。もう、エッチなんだから」って言いながら、杏佳は両手で僕の顔に手を添えて、ぐっと引き寄せて胸の谷間に埋めてくれた。おおっ、言ってみるもんだな。
「ムフー。ポヨンって柔らかい。あったかい。絶対勘違いだけどなんか甘い匂いがする気がする。ミルクでできたお菓子みたいだ。幸せー。だけど息できない。ああ幸せー、だけど苦しいー。ムハー」
「なんだかいろんな感情が交錯してるみたいね。だけど息できないんじゃ可哀そう」って言いながら、杏佳は僕の顔を胸から離し、僕は、ハアハアと息を整える。
「ありがとう。もう大丈夫。だけどもう一回。アンコール。おかわり」
「まったく、あんたも食いしん坊ねー」って杏佳は呆れたように微笑みながら、また僕の顔に手を添えて、「ふふ。でもかわいい」って言いながら、そっと優しく胸に埋めてくれた。僕は、再び柔らかな胸に埋没し、すごく幸せな気持ちで満たされた。うう、これ永遠に‥‥‥。
だけどしばらくして、杏佳は僕の顔を離し、ちょっと鼻にかかった、甘い、艶っぽい声で、「はい、もうこのくらいね。お腹いっぱいになったでしょ? もう遅いから帰らなきゃ」って僕の耳元でささやいた。
「ああ、そうだな。だけど‥‥‥」
「何?」
「今、血流がだな、身体のごく一部に集中して、非常に苦しい状態なんだ。これ、どうしてくれるんだよ」
「し、知らないわよ! 自分でなんとかしなさいよ!」
「『自分でなんとか』って、お前も随分大胆なこと言うんだな」
「ち、違うわよ。バカ! エッチ!」
「はは、冗談冗談。そのうち収まるだろ。まあ思い出すたび血流が集中しそうだけどな。杏佳、今日はありがとう。可愛い彼女が出来て、とても素敵な一日になった」って言いながら、僕は杏佳を抱っこしたまま、アウディの傍までエスコートした。その間、杏佳はずっと僕の首に手を回して、ギュって強く抱きついていた。
ちなみに、二人とも、この一連のイチャラブで頭がポーっとなっていて、ボールとイラストのファイルのことをすっかり忘れていた。杏佳は家に帰ってから思い出して、慌てて取りに戻ったが既に閉館後で、翌日朝イチで駆け付けたところ、駐車場のどこにもなくて、曰く「ほとんど半狂乱になって」フロントに駆け付けたところ、警備の人が届けてくれていて、「その場にヘナヘナとへたりこんだ」そうだ。
「ブラチラとパンチラも絶対見られた。うう、もう警備員さんと目を合わせらんない」とも言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます