第20話 追い詰められた者の狂奔

 ある日のこと。


「調子はどうだ?」


「ん……」


 ある時。

 倉庫の壁に背中を預け、両腕を組み思案する様子の絶に、汪麻が声をかけた。


「順調よ」


「そうか」


「あの琳って娘……。あんなに小さいのに。凄いわね。この時代では魔導力、っていうの?」


「ああ……。琳は特別魔力が高いわけではないが。小さいころから、魔導的な感性には目を見張るものがあった」


 現在には魔力や呪力、様々な理力を測る計器センサーが発達し、工学的にも利用されている。

 一方で不自然な法則とされる魔法では、意図せぬ理力の振れ幅を起こすことがままある。

 そういった理力の遷移──変化を肌で感じ取れ、そして予測できる感性が、魔導力と言われるものだ。

 自然科学の範疇にない、無秩序な理力の流れを体で感じ取れるのは、特に工学的な分野で発揮される才能だった。


「琳も褒めていたぞ。……悔しがっていた、という方が正しいが」


「そりゃあ、まぁ……。腐っても元勇者だし」


 琳もすさまじいものだが、それでも魔導的な感性はさすがに、絶の方に分がある。


「でもあの娘がいるだけで、とても助かっているわ。熱心だし」


「負けず嫌いだからな」


「頑張る理由があるからよ」


 絶は言ってから、何か含んだ様子で汪麻を見た。


「どこかの誰かさんは気づかない様子だけど」


「ん? 何の話だ?」


「わからないならそれでいい。……本当はよくないけど、まあ私に関係ある話じゃないし」


「ふむん?」


 汪麻は首を傾げたが、気にしない様子だった。


「ところで……この国のMAGWSは、全部そうなの?」


「何がだ?」


「形象したもの……。鬼、でしょう」


 例外なくMAGWSとは、伝承に存在するものや過去に猛威を振るった存在を模造したものだ。

 例えば最強の魔獣と言われるドラゴンやワイバーン。

 巨人族ティタンをそのまま模造したものもある。

 プレートアーマーに面貌つきのキャップ、かつて戦場に存在した全身武装の騎士を模したものもある。

 そして陽国のMAGWSは基本として二足歩行をしているが、模したのは人ではない。

 この神州に潜むとされる魔殊人、鬼だ。

 静馬の頭頂部には、一本の角のようなものが生えている。


 島国で一時期鎖国をしていたこともあり、陽国の文化形成はかなり独特だ。

 他の国と比べて魔殊人と人が近しく共存していて、人間と交配して混ざり合うほどだ。


「ああ、その通り。この国のMAGWSは例外なく鬼を形象している」


 隠す理由もなく、汪麻は言った。

 わかっている。

 元勇者である絶は、魔殊人──かつて古の時代では魔族と言われていた存在と、浅からぬ因縁があることを。

 そして──。


「あんたは怒る?」


「なにがだ?」


「あんた──。鬼の血を引いているんでしょう?」


 父汪羅とも違う、根元まで染め上がった金髪の地毛。

 陽国の平均より逸脱した屈強な肉体。

 汪麻は魔殊人の血を引いていた。一族の中で鬼の血を特に強く発現しているのだった。

 汪麻は鼻を鳴らした。


「なにをつまらんことを。今更な話だろう」


「ん……」


 汪麻はそう言うと、手の平を絶の髪の上に置いた。

 少し不満げに絶が顔をしかめる。


「お前の正義があったのだろうし、魔王にも魔王の正義があった。だからこそ二つの世界魔法が存在したのだ。それを後からとやかく言っても無駄なだけだ。それに俺……十王司家には人間の血も混ざっているわけだしな」


「……そうね」


 気怠げに呟いた後。


「あたしって、ずるいな……」


「ん? 何か言ったか?」


「なんでもない」


 絶はいつも通りの無表情で言った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ところ変わって。


「くそ! くそくそくそ!」


 路地の地下にある目立たないバー。

 昼間から飲んでいるのか、地面に酒瓶を散乱させ、同じぐらいの年格好の数人の男たちがくだを巻いていた。

 いずれも高級なブランドメーカーの衣服を身に着け金周りのいい風だったが、そのわりには形相が荒んでいた。


「なんでこんなことになったんだよ……。罪に問われないっていうから加入したのによぉ……。当主もトカゲの尻尾切りみたいに破門しやがって……」


「俺なんか、加入しただけでろくにサイトなんて覗いていないんだぜ……。だってのによぉ、あぁ……」


 いずれも華族に所属していた魔法士だった。

 しかし現在は破門状態にある。

 彼らは今世間を騒がしている『闇バイトゲーム』の顧客だったのだ。

 様々な方向に飛び火したこの事件。

 その非難の矛先は運営はもちろん、犯罪と知りながら会員費を払い、それをショーとして楽しんでいたという顧客にまで飛び火している。

 世間の興味は、彼らをどのような罪に問えるのか、どれぐらいの重さになるのかということに及んでいるようで、華族制度反対派団体などが署名運動まで行っているようだ。

 逆に言えばまだ実刑がくだる段階ではないが、顧客名簿は一部の未成年者を除いて公表され、特に華族の一員だった者は、ほぼ全員が破門を言い渡されていた。

 陽国の魔法士にとって破門というのは非常に重たい処罰だ。

 特権階級である華族は、いくつかの特権を与えられる代わりに所属した魔法士が全て名簿に記載される。

 ウェブ全盛期の今の時代、これを誰でも閲覧でき、そして破門された者もまた公表されているのだった。

 求人に応募してきた魔法士が華族かどうか、そして破門されているかは、電話一本、多少の手間を惜しまないのならウェブ検索でもわかってしまうのだ。

 華族の一員である彼らは、それだけで一般の庶家に比べて魔法士として職にありつけるのに有利だったはずだが、たった二文字の破門をつきつけられただけでまともに職にありつくこともかなわず、その魔法力を二束三文の相場で買い叩かれる側になったということだ。

 その急落は、彼らにとって世界が逆転したにも等しい。


「くそ……あの十王司家め!」


 公になってはいないものの、華族同士のつながりで、今回の騒動の裏には十王司家が動いていたことが実しやかに噂されている。

 彼らの歪んだ主観では、同じ華族の立場を悪くするように事を荒立てた十王司家の裏切りのように見えた。


「許せねぇよぉ、俺は……!」


 一人が咽び泣くように嗚咽を漏らした。

 彼ら本人の立場に立てば、自分たちが悲劇の主人公なのだ。


「俺もだ……! くそったれな世界だ! もう後先どうなってもいい! 十王司の奴らに復讐しなきゃ気がすまねぇ!」


一人がそう息巻いた時だった。


 ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥン──


 建物の外から、爆音にも等しい異様な音が響いた。


「な、なんだ!?」


 泡を食った様子で、彼らは地下のバーから飛び出す。

 平素なら絶対に響かない爆音で、まさか大陸間弾道ミサイルICBMでも打ち込まれたのかと不安をかきたてる音だった。

 だが彼らが空に見たのは別のものだった。


「なんだ、ありゃぁ……?」


「MAGWS……?」


 それは宙に浮かんだ黄色いカラーリングの巨人。

 汪麻たちが調整した静馬だった。


「なんでMAGWSがあんな町中で……」


「いや……聞いたことがある。あれは十王司が金出して研究させていガキンチョの……須藤琳が改良しているMAGWSだ」


「十王司の……?」


 一人のその言葉がきっかけとなって、彼らに同じ一つの意思がまとまった。

 その様相が、残虐に歪む。


「どうせ破門された身だ……」


「ああ、怖くねぇ……」


「今度の俺たちは観る役じゃねぇ、演る番だ……!」


「俺たちをここまで追い詰めた自分たちを恨みな、十王司ぃ!」

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魔法工学の隔世人 はむら いおん @hmlion

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