パズル
結城灯理
パズル
ジグソーパズルを買った。
記憶が正しければ、パズルは組み立てて達成感と気持ちよさを覚える遊びだ。
今、全く達成感も気持ちよさもない。
最後の一ピースが全くハマらないからだ。
図面側の要求は正面から左に二つ穴、右に一つ穴だ。
今、手元にあるピースは左に三つ穴で、右に二つ穴、下側に一つ穴だ。どこをどう考えたって適合しない。
少なくとも、今いる三次元世界で適合することはない。
絶対絵柄は合っているのに。
孤独なパズルのピースを見つめる。
費やした時間がゆったりと目の前を横切っていく。虚無感がため息をついて肩に手を置いた。時間は元に戻らない。
最初は自分の間違いを疑っていたのだが、どこかで間違えたのであれば、そもそも最後の一つまでたどり着かない。
このピース以外は完全に埋まっている。
不良品なのだろうか。
完成しないパズルはパズルではない。
パズルは、完璧であって初めて存在が認められるのだ。
購入した店舗に連絡してもいいのだが、中々に面倒くさいし、返金されたとて、やっぱり時間は元に戻らない。
完成したらどこに飾ろう、なんてワクワクしながら作り始めた自分が滑稽で仕方ない。
過去の自分よ、今、虚しさに笑われています。
事実を認識しないと人間の脳は働かないので、一旦、最後のピースがハマらないという現実を認めることにした。
どうしたものかねと腕を組んで、夕方の港町を見つめる。
灯台をぼーっと見つめていると、とあるひらめきが降ってきた。
分かった。もう、自分でパズルの形を変えてしまえばいいのだ。
穴を消せばどうにかハマりそうな気がする。
穴の大きさは一定だし、額縁に飾るのだからハマれば後はどうだっていい。
穴の形だけ変えてしまえば万事解決なのだ。
ハサミを持ってきて、左右の穴を一つずつ、下の要らない一つ穴を切った。
不適合だった穴が消失する。
ワクワクドキドキしながらピースをハメると、案の定と言えばいいのか、既存の穴が上手にハマらなかった。
切ったところにも当然のように空白が生まれた。もう、散々だ。
ひらめきに騙されてしまった。あの一瞬の高揚は詐欺だとしか思えない。
笑うしか感情を処理する術がなくて、ひとしきり笑う。
笑い終わった後、隠してたはずの怒りがこみ上げてきて、パズルを思いっきり投げつけた。
「ちくしょう、ふざけんなよ」
港町は均衡を崩して粉々に散った。
「ねぇ、なんで君は周りと同じようにできないの」
いつもの鋭利な常套句が飛んでくる。
「すいません」
「君の好き勝手にやっていい場所じゃないんだよ、ここは。分かってるよね」
「承知しています。すいませんでした」
頭を下げる。相手に迎合するしかない。
「君は君にしかできないことがあると思ってるんだろうけど、こっちとしては迷惑なわけ。どうして分からないかな」
「大変申し訳ありませんでした」
手を変え、品を変え、謝罪の言葉を並べる。
「いくら謝っても時間は戻ってこないんだよ。どうしてくれるわけ? 」
「今後、挽回できるように精進いたします」
ため息が降り注ぐ。
「完璧であれとは言わないよ。でもさ、周りの人に合わせなきゃ生きていけないよ。人は一人で生きていけないんだからさ」
「肝に命じ、反省いたします」
「ときには自分を捨てなきゃいけない瞬間もあるんだよ。生きるってそういうことだから。分かった? 」
深々と頭を下げた。穴を切った相手は満足そうな顔して消えていく。
自分の形が見えなくなったと同時に、心に空白が生まれた。
笑うしか感情を処理する術がなくて、ひとしきり笑う。笑い終わった後、隠してたはずの怒りがこみ上げてきて、パズルの世界を切りつけた。
「ちくしょう、ふざけんなよ」
自分は均衡を崩して粉々に散った。
パズル 結城灯理 @yuki_tori
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