あのこのあれこれ

氏氏

第1話

誰しも死ぬ時がやってくる。

分かりきってる事なのに、何故か怖い。

それは"いつ"が分からないからだ。

今日かもしれず、明日かもしれず、何年何十年も後かもしれず...。

私、佐野玲乃の場合、それはたまたま今日この日だった。


27年、それより長い人生もより短い人生も知らないが、世間一般的には早死にの部類だろう。

別に後悔は無い。

友達もいたし、恋人ができた事だってあった。

それなりの学校に進学し、それなりの会社へ就職。

特別幸せでも不幸でもない人生だった。

いつも通り出勤していたら、信号無視で突っ込んで来た車に轢かれて死んだ。

運転手は裁かれるだろうし、私の為に怒り、泣いてくれる人もそれなりにいるだろうが詳しい事は知りようがない。

知る気も無い。

今は前を向こう。

正直わくわくしている。

漠然とつまらない、いつもそう思っていたから。

人は死んだ後どうなるのか、天国か地獄か、来世に直行か。

もしかすると漫画やアニメやらで見た異世界とやらに行けるかもしれない。

そんな事を考えていたら、意識が帰ってきた。

到着した、と言うべきか。


一番望んでいたパターンだった。

来世に直行、それも多分異世界だ。

目の前にいる、歓喜と安堵に満ちた表情でこちらを見つめる赤髪の男は多分父親だ。

そして今私を抱えていて、慈愛の目で見つめてくるブロンドの女は母親だろう。

チート能力的なものが備わっている気は現状しないが、前世の記憶は何から何まで残っている。

これは知識で無双できるやつかもしれない。

両親の服装といい建物の感じといいthe異世界と言わんばかりの中世ヨーロッパだ。

道を歩けばそこら中に糞が転がっているマジの中世ヨーロッパでなく、イメージとしての華やかな中世ヨーロッパだ。

魔力とか、それを用いたテクノロジーみたいな前世には無いものがわんさかあるなら、無双はできないだろうが、まぁ無いよりはマシな記憶だ。

「名前は何にしようかしら」

この世界で最初に聞いた言葉だ。

「なぁ、名前何がいい?」

父親(仮)が私の目を見ながら言った。

てか話しかけられてる。

この世界では生まれた瞬間から言葉を発する事が普通なのか。

何故か投げかけられる言葉の意味も普通に理解できてるし、一旦常識は捨てた方が良いかもしれない。

そして名前は...

「レノ!!」

この世界で初めて発した言葉だった。

あまり深く考えずに前世と同じ名前を言ったがこの世界ならあまり違和感の無い名前だろう。

...と前世で培った常識から考えた。


それからの日々は悠然としたものだった。

大した出来事も無く、一般家庭に生まれたやけに言語の習得が早い子としての毎日を過ごした。

6歳からは学校に通った。

一時は手放しかけた前世での常識は割と役に立った。

そりゃスマホやゲームは無いけれど、頑張って練習した縦列駐車も、歯磨き粉を最後の最後まで使い切るスキルが役に立つ事も無いのだろうけれど、小学校から大学までで確立した基礎教養はこっちでもある程度通用する。

"魔力"というものも存在はしたけれど、電気が名前を変えただけだろと思うほどには大したものじゃなかった。

そりゃあ電気と同じように使い道によっては命を奪うけれど、そんなの滅多にない、あったとしても故意ではなく事故によるものだ。

多分前世より平和だ。

なにせ世界全体で見ても、最後に起きた戦争と呼べるものが170年も前というとんでもない平和っぷりだ。

そんな平和な世界だと様々な学問が発展する。

残念ながら前世の世界には遠く及ばないものもあるが、"人の死"に対する研究の進みようは半端じゃない。

死生学がとんでもなく発展しているのだ。

5歳の時に買い与えられた、こども大百科的な本を呼んだ時、一番ワクワクしたのはそこだった。

"人は死んだ後、善い人は天国へ、悪い人は地獄へ行く"

ちょっとした説明の後に繰り広げられるのは長きにわたる研究で明らかとなった天国の様子。

"輝きに満ちた世界で、不要な感情は捨て去り、あるがままに、幸せに暮らす"

何とも嘘くさいが、そんな文字列と共に描かれている天国の地図には時間を忘れて隅々まで見尽くしてしまうほどに熱中した。

さらに前世でいう七五三のノリで行われる10歳記念の天国への"体験旅行"。

未だフィクションというイメージが拭いきれていなかった天国を、"人が一生をかけて目指す場所"であり、そうするだけの価値がある場所というイメージに変えた。

そう、この世界では死は終わりではないのだ。

8歳の時と11歳の時、祖父母の死に立ち会った。

彼らは死を恐れなかった。

彼らは己の人生に誇りを持ち「天国で会おう、お先に」なんて言って、行ってしまうのだ。

私たちは「またね」と言葉をかけなきゃならない。

そりゃあ前世でだって、己の人生に満足して穏やかに死んでゆく人もいたけれど、涙は必ずあった。

少し気味が悪い、そう思った。

死生観が合わないから、それもあるだろう、大いにある。

しかしそれ以上に気味が悪いのは、私がやって来たこの異世界で1番怖いものは...


地獄だ。


天国とは異なり、地獄に対する研究はほとんど進んでいない。

天国のように行ってみる、なんて事はできず、どんな風景が広がっているのか、どんな生き物がいるのか、何一つ分かっていない。

ただ存在はしている、不思議と皆、それは確信しているのだ。

地獄に対するイメージは古代より伝わる神話や伝承からしか得られない。

しかしそのイメージはどうも似ているのだ。

私が27年間過ごした、何ともつまらない前世のあの世界に。

"四角い硝子の塔が立ち並び、道ゆく人は皆手元の薄い板を見つめている。

誰も空を見ない、地獄の空は汚れているからだ。

人という小さな器に収まりきらず、もくもくと立ち昇る、嫉妬と憎悪で"

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