死ぬ時寂しい思いさせたくないとか言ってたのに若くして死んだ旦那が臨終の時に現れた

桃園涼明

ギリギリ間に合った?

 母は、私たち双子を産んだ次の年に父を交通事故で失って以来、女手ひとつで私たちを育ててくれた。


 そんな母も今年の秋に八十歳になる。だが、その日を迎えることはおそらくできないだろう。


 清々しい春の風が吹く日の夕方、夕日に照らされながら、私たち双子は母の病室にお見舞いに来ていた。


「『お前に寂しい思いはさせたくないし、俺の方が長生きして看取るから!』とか言ってたのにね〜」


 爽やかな顔で、父との思い出の写真を見ながら母がそう言った。


「そんなこと言ってたんだね。知らなかったよ。あんた知ってた?」


「知らないな。思い返してみれば、俺は父さんのこと何も知ろうとしてなかったよ」


「ごめんね〜。忙しくて、あんまり父さんの話してあげられなかったね」


「謝らないでくれよ母さん。その分必死で育ててくれたんだから。……。じゃ、じゃあ俺ちょっと売店行ってくる」


「柄にもなく素直なこと言って恥ずかしくなったんでしょ〜。私も一緒に売店行くけど、母さんは何かいる?」


「二人のセンスに任せるよ」


「私たち試されてるじゃん」


「お気に召すものがあればプレゼントをあげます」


「えっ、何? 遺産?」


「生々しいな〜。もし気に入れば寿命をあげます」


「そんなに残ってないじゃん。こっちがあげたいくらいだよ。まあそれじゃあ行ってきます」


         *


 子供たちが扉を開けて出て行った後、扉を開けずに誰かが入ってきた。


「なんとか間に合ったみたいだね。おまたせ」


「あなたは……。あ、もしもし看護婦さん? 今すぐゴーストバスターズ呼んでもらえます? 病室に旦那の幽霊が出たんです」


「ちょっと落ち着けって。たまたま海兵のコスプレしてるけど、俺は善良な幽霊だから」


 男は、女の正面の壁にもたれかかった。


 二人とも、しばらく目を閉じて再会の幸せを噛み締めていた。


「迷惑かけたな」


 男が優しく短い言葉で静寂を破った。


「ほんとだよ〜。おかげで髪は真っ白になっちゃった」


「それでもあの頃と変わらず綺麗なままだ」


「らしくないこと言って〜。死亡フラグ立っちゃったんじゃない?」


「もう死んでるから。そんな冗談言えるってことは、早く来すぎたかな?」


「長嶋茂雄さんなんて、引退試合でホームラン打ってるんだから、そういうこともあるよ〜」


「野球界ではそんなことがあったのか」


「そっか〜。その時は死んでたもんね〜」


「そうだよ!早く死んで悪かったな!」


 再び静寂が生まれて、しばらく心で見つめ合う時間が続いた。


「それじゃあそろそろ行くか」


「そうしましょう。あの子たちがあなたを見たら、びっくりして本当に退治しちゃうかもしれないし」


「それは怖いな」


         *


「センスとか言われるから、選ぶのに時間かかっちゃったね」


「ほんとだよ」


 母の病室がある廊下に曲がろうとした時、若い男女とすれ違った。


「なんかさっきの二人、母さんが持ってた写真の二人の服装にそっくりじゃない?」


「たしかに」


 病室に戻ると、私たちの写真を抱えた母が、穏やかに微笑んだまま眠っていた。

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死ぬ時寂しい思いさせたくないとか言ってたのに若くして死んだ旦那が臨終の時に現れた 桃園涼明 @tooen3

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