EPISODE2: GONE TEACHER


「先生は...つまり...その...死んだ...?」


家が丸ごと消し飛び、跡に残った地面の窪みにある黒い人形ひとがたの前で、琉亜るあは怯えた声をして言った。

煙も消え去っていき、一帯には再び静けさが訪れた。


「...なんでこんなことが...大体あれは何?!ほんとにう、宇宙人が?」


琉亜がハンナと謎の若い男の方を見て、空に浮かぶ三角の浮遊物体を指して言った。

ハンナは琉亜の方を見たあと、男の腕を掴んで、


「ほら、いくよ。早くしないと警察が来る」


と去っていこうとする。


「あの人はいいの?」


男は琉亜の方を見ながらも公園と逆方向に去っていくハンナについていく。

琉亜は憤慨して、少し躊躇いつつも、去り行く 2 人に向かって、


「る、俺が覆い被さらなかったら助からなかったかもな!」


と大声で言った。

ハンナはこっちを向いて怪訝な顔をした。睨むような目をしてそのまま歩いていった。


「お前も帰らないと捕まるよ」


と捨て台詞を残して。




翌日。

休み時間で皆が元気そうに話しているのにも関わらず、琉亜はくたくたで今にも倒れそうな顔のまま、ぼーっと座っていて、心配した和香が話しかけてくる。


「どうしたのその顔・・・?!」


琉亜は今にも閉じそうな目をこすって、


「大丈夫大丈夫」


と言った。

和香は心配する様子で、


「昨日何時に寝たの?」


と訊ねる。琉亜は立ち上がって伸びをしながら、


「忘れたー」


と言って廊下のロッカーの方へ歩いていった。

自分のロッカーから政治経済科の教材を取って、また教室に戻るため後ろの扉から入る。

廊下側である 4 列目の最後尾席にいるはずの嶋 ハンナは今日は欠席だった。

琉亜はハンナに聞きたいことが山ほどあるのにと悔しがりながらも、学校では昨日のことを忘れるよう努めた。

しかし今のところ、それが不可能だと言うことを理解していた。



琉亜がまた自分の席に戻った頃に、教室に担任の永野が入ってきて、


「今日は田原先生がいないから 3 限音楽の人はフリーだ〜」


とだけ言って去っていった。


「えーー音楽楽しみだったのに!先生も面白そうな人だったし〜」


琉亜が自分の席に戻ってくるなり、椅子に座ったまま後ろを向いて、和香が言った。隣にリアムと彩音もいる。


「これで SF 信者は俺だけになっちゃったじゃんまた」


リアムが笑いながら言って和香と彩音が笑っても、琉亜は笑うことができなかった。


琉亜は昨日みた『跡』をまた思い出してしていた。



琉亜は昨晩 1 時頃に家に帰った後、いくらベッドで寝つこうと努力しても、眠ることができなかった。

考えるのをやめようとするほど、頭に多くの疑問や不安、恐怖が浮かんでいた。


全てが謎だらけだが、琉亜の頭にこびりついていたのは田原先生の『人形』、『跡』、『影』、なんと言うべきかはわからないが、家跡の地面に残っていた彼の姿はあまりにも衝撃的だった。形が残らないほど吹き飛んだということなのだろうか。

ならなぜ自分やハンナ、そしてあの謎の若い男は無傷だったのだろう。

そのような考えは夜中琉亜の頭の中を支配していた。

琉亜はアナログ時計の時間の刻む音に集中して全てを忘れようとしたりしたが、効果はなかった。



そんなわけで琉亜は一睡もできていないのだ。

そして夜中の思索は学校について一旦忘れることができていたが、再び思い出してしまった。今琉亜は、ただひたすらにハンナと話がしたかった。


「そういや明日楽しみーー!みんなで遊びいくの」


和香が話を変えた。


「モールに行くんよね?」


彩音が訊く。


「そうー!別に違っても良いけど」


「てかそういや昨日この近くで起きた爆発知ってる??」


リアムが思い出したように 3 人に訊いた。


「あー、ガス漏れしたってやつ?」


彩音が言った。


「え、そんなことが?!」


和香が驚く。


「そうなんだよな。ここから何駅か離れたとこだけど、わんちゃんここからも屋上とか東棟の上の階だったら見えるかも。」


琉亜は決まり悪く思いながらも、


「えーまじかぁ」


と言った。


「2 階からはやっぱ見えないかな」


琉亜は、自分のや田原の家とは反対方向と分かっていながらも、窓から教室の外を見る。


「あっちだろ多分」


とリアムが廊下の方向を指していった。


「うん」


それでも琉亜は皆に背を向けて、何も起こらない街が映る窓の外をしばらく見続けた。





「だからペプシはコカコーラより美味いんだよな」


帰りがけ、校門の前あたりでリアムと琉亜たちがまた討論に興じていた。


「味変わらないと思うけどなぁ」


和香が今度は中立はのようだ。

琉亜は 4 人並ぶ 1 番左端の位置で歩いていた。

今日はそのまま家に帰る予定だった琉亜だが、校門を出て左を向くと、校門から続く学校を囲う壁を背に、リュックを背負って地面にしゃがんでこっちを見るハンナがいた。

琉亜は目を見開いて手振りで何故いるのかを訊ねると、ハンナもまた手振りでこっちへ来いというふうにした。

琉亜は迷ってが、


「あ、ごめん悪いけど先帰っといて、榎本えのもとのとこに行かなきゃなの忘れてた」


と皆に言った。榎本は化学教師だ。

そして提出物があるのは本当なので、嘘ではない。だが先生の元へ行くつもりもなかった。


「待っとこうか?」


と和香が優しくも訊ねたが、琉亜は首を振って、


「いいよ帰っといて」


と言った。


「おっけ、バイバ〜イ」


皆も別れを言って帰っていった。

琉亜は一度学校の中に戻って、しばらくしてまた出てきた。


「あー、どうも・・・?」


しゃがんで下を向いているハンナの前に来て話しかける。

琉亜は今にもタバコを吸い出したりしそうな感じがして、ここ数時間散々もう一度会いたいと思っていたがやはりこの人は苦手な気がした。

ハンナは立ち上がって、


「行くよ」


とボソッとだけ言って歩いていく。

歩いていったのは琉亜たちの乗る電車の駅があるのとは反対の方向だった。

琉亜は黙ってついていった。

ハンナが向かっていたのは少し歩いた先にある市営バスの駅で、琉亜は都内から引っ越してきたあとの小学生の頃に何度か乗ってきたきりだった。

ハンナと琉亜はバス停の椅子に一席空けて横並びで座る。

レザーのジャケットとダメージデニム姿のハンナと制服の琉亜の並びは滑稽な感じがした。

そして無言で、他に誰も来ないままバスがやってきて、2 人は乗車した。

そしてそこから 1 時間ほどバスに揺られた。街の雰囲気も都会のようなところから徐々に工場街へと変わり、さらに進んでいくと見えてきたのは海だった。

聖澤港ひじりさわこうだ。


琉亜は同じ市内でもあまり縁のないこの場所に新鮮さを感じて、各バス停に停車しドアが開いた時に感じる匂いを少し楽しんでいたが徐々に、前の席に座り有線イヤホンで耳を塞いでいるハンナが自分をどこへ連れていくのか、何を考えているのかわからず怖くもあった。


『次は〜聖澤港〜聖澤港〜終点です』


とアナウンスが流れる。そして海を眼前数百メートル先に臨む、時刻表のついた柱が一本立っているだけの道路でバスは停車した。

ハンナは立ち上がってバスを出ていく。琉亜も後について行き、運転手に感謝を言って降りた。

潮の匂い、風も強い。旅行に来た気分だった。

しばらく先のさらに海に近いところに丘と、そびえ立つ白い灯台が見えた。


ハンナは道路を歩いて進んで行き、途中で道路と、灯台の方へと続く道に分かれているところを灯台の道の方に進んでいく。琉亜はひたすらハンナの後を歩く。


草の生える丘を歩き、灯台の近くまでくると一軒の家が見えた。

古びているが洒落た北欧風の外見で、二階建てで入り口には蓋の外れた錆びたポストがあった。


「ここは?」


少し後ろから風の音にかき消されないように大きな声で琉亜はハンナに訊ねる。


「家」


とハンナがギリギリ風に消されない声量で答えた。

琉亜は意外な感じがして驚いた。だが謎が多いこの人ならあり得るなと勝手に納得した。

ハンナは戸口に立って、ドアを、


コンコンコン、コンコンコンコン


と一定のリズムで鳴らした。しかしドアを叩いたにも関わらず彼女はポケットから鍵を取り出して開けた。

琉亜が戸口の下の階段で、いくべきか迷っていると、ハンナは手招きして、


「ほら!」


と促した。

琉亜は何度か頷いて六段ほどの短い木の階段を上がって嶋ハンナの家に入った。

ハンナの家は内装も木造のの古めかしい雰囲気や匂いがあって、やはりヨーロッパの昔ながらの家に入ったようだった。

玄関に入ってまず気づいたことは、靴を脱ぐところがないということだ。ハンナも土足のまま奥へと進んでいく。

入ってすぐにあるリビングにはソファやテレビや机があって生活感が漂っている。

ハンナは奥に進んでいく。奥には窓と上の階へ続く階段があって、ハンナはそこを上がっていく。

床の軋む階段を上がると、扉が 3 つ続いて、2 番目の扉の前に立ったハンナはもう一度、


コンコンコン、コンコンコンコン


と扉を叩いて開けた。

中は 5 畳ほどの部屋で、段ボールや他の箱が多く積まれた『物置』という感じの部屋だった。

奥のベランダに続く、白いカーテンの閉まっているガラス扉の方にはベッドがあり、そこに例の若い男がいた。


「やあ、」


と男は琉亜に向かっていってきた。琉亜は、


「やあ」


と困惑しながらも返す。

ハンナは二つ積み上げられている段ボールの上に座る。

腕を組んで話し出す。


「あなたの発言を検討した。確かにあなたがいなかったら私は死んでたかもしれないし、死んでなかったかも。とにかく少しはあなたにも知る権利があるから、ほら、聞きたいことは可能な限り答えることにするよでもいい?もし私たちの問題に深く関わってくるつもりなら覚悟した方がいい」


ハンナは一気にこれを早口に言ってまた黙った。琉亜は突然よくしゃべったハンナに半ば圧倒された。しばらく皆沈黙する。

少しして琉亜は、


「覚悟って?」


と訊ねる。ハンナは、


「色々。死ぬとか?わかんないけど」


と返す。琉亜はそれについては薄々気づいていた。

爆発、人の死(死んだのかすらわからないが)、そしてビルの上にいた人影。

何か相当危険なことに首を突っ込もうとしている気がした。

男が眉を上げてこちらに質問を促す。

琉亜は口を開く。


「あーー、この人は?」


「さぁ?」


とハンナは肩を上げて知らないというふうにする。


「誰も知らない。本人も」


男はこっちに向かって、


「記憶喪失なんだ」


と言った。

琉亜は、2 人は自分をからかっているのかと思った。

記憶喪失の話なんて映画やアニメの世界でしか聞いたことない上、あまりにも2 人が軽い調子でいるからだ。


「あーそれは本当・・・?」


と琉亜がもう一度聞こうとする。


「嘘だったら?昨日のことを聞きたいんでしょなら信じろ」


とハンナがぶっきらぼうに言う。

琉亜は不満がりながらも次の質問をすることにした。


「おっけい・・・じゃああの、空にあったやつは?」


琉亜が上を指差しながら訊く。


「さぁ。知らない。」


とまた肩を上げて言った。琉亜は少し苛立ちながら、


「おっけーおっけ、じゃあ何故あの夜あそこに?」


琉亜はどうせ同じ答えが返ってくるのだろうと思い期待していなかったが、どうやら嘘を吐こうとはしてないことがわかった。


「彼はこの街のことがわからなくて迷子になって、私は探してた。UFO は常に彼の上にいるから。それを追って」


と答えたハンナはベッドに座る男の方を見上げて頷いた。


「そんなところだけど」


と男も答えた。


「UFO が現れる時とない時があるのはなんで、いや、聞いても無駄か。じゃあ名前は?あなたの」


「UFO については俺もわからない。ただ自分の上に出てきて、何もしない。ただいるだけ。ずっと空の上の方に。」


一つ目に質問に男が答えた。


「名前は・・・」


男は琉亜からハンナの方に向き直った。


「それについては検討中だけど今のところは、顔が似てるってことで、『コナン』って呼んでる」


とハンナは答えた。


「あー、江戸川コナン?」


「いやコナン・グレイ。まぁでも、コナンも元はコナンか」


琉亜はコナン・グレイな人なのかなんなのかすらわからなかったが、


「へえ」


とだけ言った。


「知りたいことは、それだけ?」


琉亜は少し考えて、


「あ・・・わからないだろうけど、昨日ビルの上にいた人影、に心当たりは?そもそも爆発はなんだったの?!」


と最後の質問をした。


「当然知らない。心当たりも。でもコナンを見つけた日から、おかしなことが起こり続けてる。」


「あーー、『見つけた日』って言った?」


「うん。朝外で、倒れてた」


「倒れてたって野良猫みたいに?」


コナンが怪訝な顔をした。


「ごめん。」


「まあ事実だ。ある日僕は、起きたら砂浜の上で裸で倒れてた。それより昔の記憶は一切ない。」


コナンは俯いた。

少しの沈黙をハンナが破る。


「そう。この人は記憶喪失で、自分の名前も親のこともどこからきたかもどこの国の人かもわからない。で助けてやって、でその 2 日後に私が学校に行ってる間に勝手に家を抜け出して行方不明になった。」


「そのことは悪いと思ってる。」


コナンが謝るがハンナは無視する。


「でもそれでよかった。行方不明になってから 3 日連続で警察が来たから。」


「警察?通報もしてないのに?」


琉亜が聞いた。


「コナンについて聞いてきた。私とヒデ以外誰も知らなかったはずなのに。」


「ヒデって誰」


琉亜が付け足す。


「まぁ言ってみれば私の親代わりだけどコナンが来た日に倒れて病院で寝たきりに。ジジイだったから仕方ない」


とハンナは少し暗いトーンになって言った。

琉亜は少し考えたが、


「お気の毒に」


とだけ呟いた。


「いいからそういうの」


とハンナはこちらを睨む。


琉亜はたった今浮かんだ問いをハンナにぶつけようかどうか迷ったが、おそらく答えてはくれないだろうと思ってやめた。


「まあとにかく?今相当やばいことに首を突っ込んでる気がしてる。」


とハンナは軽い調子で結論づけた。

何度目かの沈黙が来た。ハンナは腕を組んで床を見つめて、コナンはベッドに座ったまま少し空いたカーテンの隙間から外の海を眺め、琉亜はその 2 人を交互に見ていた。


「あーー最後に一つ質問が」


ハンナは目線だけを琉亜に向ける。


「その、コナンさんは・・・これからどうするつもりで?」


ハンナが答える。


「そこが問題。身分証明証もないからどこにいくのもカード作るのも難しいしそもそも何歳かすらもわからない!もちろん本人にもね!」


コナンは眉を上げてその通りと言った。


「で普通なら警察に行ってみるべきかもだけどさっき話した通り、警察はなんでかコナンのことを知ってて探してる。怪しいよね?昨日ビルにいた奴のこともあ

るし・・・」


琉亜も頷いて、


「怖い」


と頷く。


ハンナは立ち上がって琉亜の横を通って部屋を出ていった。

部屋には琉亜とコナンが残って余計に気まずい空気が流れて、コナンは再び外をみた。しかし今度は琉亜が沈黙を破る。


「一つ踏み込んだ質問をしてもいい・・・?」


コナンは頷いて了承する。


「記憶をなくしてから、どんな気分・・・?傷つけてたらごめん・・・」


コナンは少し考えてから、口を開く。


「そうだな...なんていうか...不安かな。浮ついてる感じで。しかも、記憶が全くないわけじゃなくて、自分が何者なのかはわからないのに言葉は喋れるし自分が右利きだってこともわかる。自分が知ってるはずのことを知らなくて、自分が知らないはずのことを知ってるんだ。だから...まあ、不安かな。」


琉亜はコナンの置かれている状況を理解できることはなかったが、彼の気持ちはなんとなくだが自分にも理解できる気がした。それは琉亜だからこそでもあった。それのついて言おうとすると、ハンナが戻ってきた。

3 本のコカ・コーラのボトルを抱えている。


「それは?」


ボトルを指してコナンが言った。


「コカ・コーラ。」


ハンナが元の箱の椅子のところまで来て、自分の右にいるコナンにまず渡し、そして左の琉亜にも渡した。


「いいの?」


と琉亜は遠慮気味に言う。


「私からあげてるんだからいいに決まってるけど?」


とハンナは刺々しく返した。


「...ごめん」


と謝って、黙ってコークを飲んだ。

コナンはボトルを顔の高さまで上げて観察するように中の半透明の茶色の液体を見ていた。


「これは・・・味があるタイプの水・・・?」


コナンはまるでそれを初めて見るような目でコカ・コーラを真面目な表情でじっくり眺めている。どうやらコナンにはコカ・コーラの記憶も存在していないようだ。


「飲んでみな。めちゃくちゃ甘いよ?甘すぎるからゆっくり」


ハンナはコナンに向かってそう言う。口元が少し上がっていた。

コナンは蓋を開けて言われた通りゆっくり飲んだ。

すると、ハンナの言ったこととは対照的に辛さにコナンの顔はどんどんと強張っていった。コナンは口を塞いだまま抗議の声を上げるが、ハンナは声をあげて笑っている。琉亜も笑わずにはいられなかった。


「騙したな!」


と、やっとの思いで(記憶の中で)初めてのコーラの一口目を飲んだコナンは怒っているのか笑っているのかわからない調子で叫ぶ。

ハンナは顔を綻ばせて、はっはっはっはと笑い続けていた。

琉亜は初めてハンナが笑うのをみたので、自分が笑わしたわけではないが少し嬉しい気持ちになった。


「うーん、でも...」


コナンは飲み口に鼻を近づけてコーラの匂いを匂う。うーんと唸りながら、思い切ったように再びコーラを飲んだ。再び酸っぱいものを食べたときのような顔をするコナンにハンナは笑い続けるが、


「美味しい...な?」


とコナンは二口目を飲んで言った。


「でしょ?コーラは体に悪い飲み物の中で 1 番美味しいからな!」


とハンナが言った。


「まぁ、前のよりはいい。アポカリプス、だっけ?」


「アクエリアス?」


琉亜がフォローする。


「それだ。物知りだな。」


と琉亜に微笑んでコナンが言う。


「・・・それで?お前はどうすんの」


しばらくしてハンナは改めて琉亜に問いかけた。


「私らと一緒に、『X-file』ごっこするかそれともクソみたいな学校生活を続ける

か?」


「X なに?てか今は学校生活楽しいけどー」


「前は違ったと思うけど」


琉亜は学校について言おうとするが、ハンナは上から言葉を被せてきた。

琉亜は驚いて心拍が上がるのを感じた。一から始めてるのに、やり直してるのに、もしかしてこの人は、昔の自分を知ってるのか?


そう考えると一気に嫌な記憶が蘇ってきた。浜野に髪を切られた時の記憶、校外学習の時の記憶、



だめだ。

今に集中しなくちゃ。



「なんでそう思うの?」


と琉亜はしらを切るように言う。


「なんとなく。勘だけど」


琉亜はひとまずほっとして、


「まあそうだったかもね。」


と返した。


「で?最初の質問は?」


琉亜ははじめにあの三角の浮遊物体を見つけた時から心を決めていた。

何度か自分に何かを言い聞かせるように頷いて琉亜は言った。


「協力するよ。コナンの記憶を見つけるのと、UFO の正体を掴むのを」





ピヨピヨ、ピヨピヨ

少し音質の悪い、可愛い小鳥のさえずりのするアラーム音が目覚まし時計から流れる。

聖澤市から少し離れた同県内の鴫野しぎの市の、少し大きめの庭やプールのある家々の並ぶ通りに国枝くにえだ家があった。


ピンクや淡い色が基調の(和香自身も自負する)かわいらしい部屋が和香の自室で、8 畳ほどの大きさだ。

頭の上に窓のついている、部屋の真ん中に置いてあるベッドで和香は起き上がる。

和香はスマホをとって開ける。ロック画面では沢山のメッセージの通知が来ていた。Instagram を開ける。

Instagram のダイレクトメッセージには 12 人からのメッセージが溜まっていた。

そこを開け、1 番上に固定されている Dear my friends のグループを開ける。


『ayaNe: もう着いたけどみんなまだ?』


『riammorenno: Excuse me???』


『ayaNe: えもしかして 8 時集合じゃなかった?』


『riammorenno: 1 時ですが?』


『ayaNe: 最悪』


『riammorenno: 1 人で寂しく待っておくんだな』


『rua_111: いいよじゃあ早く行く』


『ayaNe: 感謝。どっかの最低とは違う』


『riammorenno: 和香ならまだ寝てるっぽいからあんまり人のいないとこで陰口叩くのは良くないと思うな』


和香はニヤけながら、


『riammorenno: 誰のことって?』


と送った。

スマホを閉じて朝の諸支度を済ましながら時折くるスマホの通知に、いちいち立ち止まって返したりしていた。


ダイニングまで来ると家族が朝食をとっていた。

母、父、少し歳の離れた小学 3 年の双子、弟の洸太こうたと妹の美香みかだ。


「ほらほら、食べるときはスマホしまって」


と母がスマホに夢中になりながら食卓につく和香に注意する。和香はメッセージを打ち終えてからポケットにスマホをしまう。


「で?今日はその新しい友達、なんて名前だっけか」


父孝俊たかとしが席についた皆の前にサンドイッチを運びながら和香に聞いた。


「琉亜?」


「そうそう、珍しい名前。その人たちと遊ぶんだよな?」


「そうー!楽しみなのですよ」


「ちょっと美香!ハチミツはサンドイッチの間にかけるって!」 


「ちがうー、ハチミツ茶!!」


「こうたもやるー!」


和香は美香がお茶の入ったコップにハチミツを注ぐのをみてうげーと言いながら自分はたまごサンドを口に運んだ。


「それで、その子はどんな子で?」


母由佳子ゆかこはキャベツとハムとチーズの挟まったサンドイッチを口に運びながら和香に聞く。


「ロックバンドにいそうな髪型で大人しくてってとこかな・・・?」


と和香が答えた。


「そう。なんて名前だっけ?」


「琉亜。かい、るあ。」


「そうそう。甲斐ね」




一方琉亜の家では、琉亜は 1 人で朝食をとっていた。

テーブルには、『冷蔵庫にある肉じゃが食べといて』と、叔母佳奈子かなこの丁寧な字の書き置きがあって、琉亜はそこで静かに肉じゃがの入った器から、牛肉ばかりをとって食べていた。

歯磨きや髪を整え終え、自室に戻ってベッドのすぐ隣の棚の 1 番下の段を開けた。1 番上にはプリントの入ったクリアファイルがあったがそれを避けると幾つかの化粧品が、そこにはあった。

鏡を見ながら、琉亜は中の日焼け止めクリームなどを顔に塗った。肌が少し明るくなった気がした。他のメイク道具にも手を伸ばしたが、辞めて、鏡を再び見た。

しばらく鏡の自分と睨めっこをしたが、首を振ってため息をつく。

琉亜はリュックを取って部屋を出ていった。




琉亜は玄関から外に出て、鍵を閉めて遊びに向かう。

すると、道に出た時点で、自分の後ろで車のエンジンがかかる音が聞こえた。


周りが住宅街で車も多くあるのでそれだけでは何の不思議もなかったが、何故か琉亜は気になった。だが後ろを向こうとも思わなかった。車の音はそれきりでエンジン音がかかったまま駅に向かって歩き去る琉亜から音も離れていく。


しかし歩道と道路のある少し広い通りに出ると、他の車やトラックは沢山道路を通っているも、明らかに後ろからゆっくりと走行する車の音がした。

琉亜は怖くなり歩みを早めた。

だが走行音は消えずに一定の距離を保っている。駅まではまだ少しあった。


そして遂に、後ろからビビーッ!とクラクションのなる音が聞こえた。

琉亜は思い切って後ろを少し向くと、琉亜の歩く歩道ギリギリの車道を、少し後ろに黒い自動車が走っていた。


クラクションが再びなる。


車は琉亜の横まで来て、窓を開けた中から、髭面でサングラスをかけた少しふっくらした顔の男が顔を覗かせた。


「ごめんね君、ちょっと道を聞きたいんだけどいいかな?」


琉亜はまだ男を完全に怪しいと疑っていたが、頷いた。


男はスマホの地図を取り出してきて、琉亜に見せる。聖澤の工場街だとわかった。


「ここに行きたいんだけど車で行けるのかな?地図を読むのが苦手で」


琉亜は笑顔を作りながら、


「この道をまっすぐずっと進んで行って、駅前の大通りに出たらあとは港の方に向かって進んでいくだけですよ。『聖澤港 あと何 km』って標識が何個か見えるはずです。」


と言った。


「ここを、まっすぐで大通りに?」


「大きい駅が見えたら、大通りですよ」


「おっけいおっけい!ありがとう!」


男はスマホを持つ手で親指を立てグッドサインを作ったが、スマホを落としてしまった。


「あぁ!」


琉亜は急いで拾った。幸い割れたりはしていないようだ。2 人とも安心した。


「ありがとうね、じゃあ!」


スマホを琉亜から受け取った男はそう言って去っていった。

琉亜は怖がる必要もなかったなと思い安堵して、男の車がちょうど駅前で大通りへと曲がっていく頃に駅に向かって再び歩き始めた。



そしてリアムの家。

リアムの家も和香ほど広くはないが三階建ての一軒家で、その代わり多くの住人がいた。


リアムは自室でヘッドフォンをしながらパソコンでゲーム『Apex Legends《エーペックス レジェンズ》』をしていたが、ちょうど自分の操作するキャラが殺されたところだった。

リアムはうーっと唸ってヘッドフォンを外す。するとありえないほど多くのうるさい声が聞こえた。正体はリアムの 5 人の兄弟と親たちだ。

この家にはリアムの他に、1 人の兄(もう 1 人姉がいるが、一人暮らしをしてい

る)、そして 1 人の弟と 2 人の妹、母と父、祖父母がいるのだ。そして 1 番下の妹はまだ 2 歳だ。


「ねーえ!リアム!!ちょっと手伝って!」


と、少し片言気味の日本語が聞こえてきた。母のカシアはブラジル人だ。


「今忙しい!」


と、座ったまま薄情な返事をしてリアムはスマホを取り出す。

とそこに扉をノックする音が聞こえる。


「リアム!母さんを無視してゲームか?」


日本人の父義秀よしひでだ。いつも小言ばかりだ。


「無視してないしゲームもしてないって」


と壁を隔てたまま言う。


「全く!」


と義秀は扉を開ける。青い制服にバッジ、リアムの父は県警察の警官である。


「パパこそ早く事件解決に行ったほうがいいと思うけど」


義秀は憤慨して、


「今度の県大会でベスト 3 に入れなかったらゲーム没収だからな。小学生に言ってるみたいだ!」


とイライラ気味に凄む。


「はいはいはいはい精進しますよ」


とリアムはそう言いつつもスマホから目を離さない。

義秀は怒ってバタンと勢いよく扉を閉め去っていった。

その衝撃で机に置いてあった時計が落ちた。

リアムは(自分が思うに)父の理不尽に対して怒り、時計を拾った後仕方なく母を手伝いに行った。


末っ子の愛菜まながダイニングで幼児用の椅子に座らされて朝食を食べていた。

母カシアは横で殴り合いの喧嘩をしている弟と妹を仲裁しようとしながら、やっと来たリアムに、


「あぁ、リアム!愛菜がご飯食べるを見といて」


と言った。

リアムは仕方なく愛菜の横に座ってエプロンをかけて、オートミールを食べさす。

12 時頃、聖澤市の中心街のある大きな駅である、中聖駅の近くにて 4 人は集合した。



琉亜はその 1 時間前に彩音と合流して(彩音はなぜか琉亜と会ってからもずっとヘッドホンにサングラスをしていたが、音楽を聴いているわけではないそうだった)。そして昼食をレストランで食べていると 2 人が来た。

そのあとははしゃぐ和香と彩音の服を買うショッピング(リアムもジーンズや帽子のところではかなり興奮していた)、ゲームセンターで UFO キャッチャーをして遊んだり(琉亜は「UFO」と言う言葉に反応して神妙な顔をしていた)、そしてスイーツを食べたりと充実した 1 日を過ごしていた。



だが充実した楽しい時間を、小学校ぶりのような感覚で過ごした琉亜だが、心のどこかでは浮ついた気持ちが消えなかった。朝に道を尋ねてきた男から、すれ違いざまにこちらを見たスーツの女性、公園で鳩に餌をやる老人、レストランで遠くからこちらを見て喋っていたカップルまで、自分と目が合うものは和香たち以外全て恐ろしく感じた。


「おーい」


商店街を歩いているとき、リアムが自分の顔の前で手を振った。


「どした?」


琉亜が聞いた。


「またボーッとしてた」


「ごめん」


「No no no no、謝るんじゃない!なんかあったの?」


リアムが優しく聞く。

和香と彩音もこっちを向いている。


「人混みが苦手?騒音?あやねも!」


と彩音が相変わらずサングラスとヘッドホンをつけたまま言う。


「いや、別に何もないよ。よくボーッとするだけで」


リアムは、


「ならいいよ、いやよくない?わかんないけど、なんかあったら言えよ」


と言った。琉亜は自分を気にかけてくれる友達に対し胸がいっぱいになった。

その後は視線や UFO のことを忘れることができ、琉亜は久しぶりに友達といえる人々と楽しい時間を過ごした。




翌日。月曜のだるさで再び憂鬱な気分になりながら、琉亜は学校へ登校してきた。


月曜は安定して遅刻ギリギリの時間だ。

相変わらずの人だかりの中、歩いていくと、西棟の前の木々が植っているところで気だるそうに地面に座るハンナがこっちを見ていた。


「お、おはよう?」


そちらに近づいていって琉亜が言った。


「昨日また警察がうちに来た。」


ハンナは挨拶も返さず話を切り出す。


「まじ...?」


「居留守を使ったけど、無理やり中に入ってこられた。鍵を開けられて」


「は?!」


琉亜には怒りの気持ちが湧いてきた。


「コナンと私は窓から無理やり出て逃げたけど、ほら」


と琉亜は履いている制服の長ズボンの左足をめくって膝を見せる。瘡蓋がいくつかあり、膝小僧には絆創膏が貼ってあった。


「怪我した」


「そこまでされたら訴えれるんじゃないかな?」


「ばか。あいつらと関わる方が危険に決まってる。」


琉亜は確かにと頷いた。


「とにかくコナンは今家にいるけど次いつ警察が来ていつ捕まるのかもわから

ない。時間の問題と思う。だから何か対策を考えないと。」


朝礼の始まる 5 分前を知らせる、8 時 25 分の予鈴のチャイムが鳴った。

担任の永野ながのを含めた教師たちが何人か朝礼のために西棟の方へ来る。


「ほらほらー、教室に戻ってー!」


永野が琉亜たちも含む外でたむろしている生徒たちを棟内へと促す。

琉亜と、立ち上がったハンナは先生たちより先に中に入る。

琉亜はただ、自分がもう全員知っている教師か見るために一度だけ後ろを振り向いただけだった。

だがしかしあまりに予想外なことに、琉亜は驚いた。


永野先生の右隣には、昨日道を聞いてきた男がいたからだ。


こちらと目が合ったその男は、眉を上げて朗らかににっこりと笑いかけてきた。

だが琉亜には恐ろしく感じた。

階段をハンナと並んで歩きながら琉亜はハンナに耳打ちをした。


「永野の隣の奴、昨日俺を車で尾行してきて道を尋ねてきた」


ハンナは階段を歩きながら目を見開いて、後ろ数段下を歩く教師集団を気にしながら、小声で、


「調査の必要ありだね」


と言った。


後ろから教室に入り、琉亜はドアと反対方向の自分の席に行き、リュックを下ろした。


「おはよう〜」


と和香が言う。


「おは」


と返す。すぐに永野先生が前の扉から入ってきた。


「おはようございますー、はーい早速連絡事項言っていくぞー」


と永野はまたベラベラと長い話を始めて、琉亜は教室の反対側でスマホをこっそり触っているハンナを見て目を合わせようとするが、ハンナはスマホに釘付けなので気づかない。


琉亜はスマホを取り出してハンナに DM を送ろうとするが、そもそもハンナのInstagram のアカウントも、LINE も何も知らないことに気づいて、彼女は謎だらけだとつくづく思った。

琉亜は諦めてスマホをしまう。


「じゃあ今日も 1 日頑張って」


と永野は言って出ていった。


「1 限目は何だっけな」


和香が独り言を言いながら自分のクリアファイルを取り出してそこに貼り付けてある時間割表を見る。


「あー音楽ね」


それを聞いていた琉亜が後ろから反応する。


「フリーにはならないの?」


「何も聞いてないし普通にあるんじゃない?」


琉亜は新しい先生が来るのかと考えて、そしてすぐにあの男に結びついた。

東棟最上階にしかない音楽室に向かう途中で、先に行っていたハンナに追いつく。


「ねえ、考えてみるとさっき言ってたあの男が新しい音楽の先生かも」


ハンナは頷いて、


「可能性はあるかも。でもそいつは本当に怪しい奴?」


「まぁ、その...確証はないけどそんな感じがするんだ。たぶん...きっと?」


と琉亜は少し心許無く言う。

ハンナは、


「そのうち全員信じられなくなるから気をつけな」


と言って、また早歩きで先に行ってしまった。



音楽室に IPEP-AB 組の美術、音楽選択者のうち音楽選択の者が集まった。

指定の席について、琉亜は身構えながら教師の来るその時を待った。

和香は自分の前で楽しそうに待っている。ハンナは教室の広さと席と生徒数の関係で自分の隣にいた。また鼻歌を歌っていた。


そしてチャイムが鳴ってもみんなが喋ったりして席につかない中、ドアが開いて先生が入ってきた。



琉亜は衝撃を受けた。



「ありえない」


その言葉に尽きる。


隣に座るハンナも口と目を開けっぱなしで愕然としていた。

入ってきたその教師は教卓について言う。


「さあ、授業を始めよう!」


その教師はあろうことか、爆発に巻き込まれ跡形のみになり死亡したはずの、

田原だった。


KEEP YOUR EYES OPEN WHILE MEMORY CALLS THEM.

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MEM ミケ @michena

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