花の色より水の音

sui

花の色より水の音


「疲れたー」

「本当にそう」

「部分的に当てはまる」

「……どういう返事?何かの診断?」


注ぐ太陽の光を跳ね返し、強く存在を主張する白躑躅と白い花弁の花水木。

どこにでもある垣根と街路樹がこの時期ばかりは美しい。


「そう言えば聞いて。すっごい格好いい人見つけたの」

「へぇー」

「もう本当無理。運命の人」

「えっ、また運命の人を見つけたの!?」

「まぁ良いじゃん、恋」

「今度こそ、あの人は真実運命の人だし」

「そこは好きにすれば良いけどさ。何か運命の人を見つける度にアクセ買ってない?」

「だってどれも可愛いからさ。パワーストーンにお願いなんてロマンチックでしょ?ところでこの前買ったピアス見つからないんだけど、もしかして知らない?」

「家遊びに行った時には洗面台のハブラシの横で見たけど」

「ポロポロあちこち指輪だのブレスだの落っことすの、どうにかしなよ。運命の相手どうなってんの」

「たまに電車でもなくしちゃうんだよねぇ」

「運命の相手ズタボロじゃん」

「うちに忘れて帰るのだけは止めてよね、扱い微妙に困るし」

「えぇ?別に普通で良いのに」

「だって念とか籠ってたらって思うと……何か嫌だ」

「そんなの気にする?」

「気にしないで買ってるのかよ」

「うーん、どっちもどっち」


けれどもその中を歩く人々は、必ずしもその景色を見つめている訳ではない。

世界の主役は私であると、白ソックスを靴の淵にチラつかせながらバタバタベタベタ進む足達。

重たい鞄も何のその、日差しを遮る傘を揺らしながら煉瓦色した歩道を行く。

「ねぇ、あれ見て」

「あ、水出てる」

「何?……あー、公園の噴水?」

「懐かし~。子供の頃とかああいうので遊んだよね」

「え、入っていいの?」

「入れるでしょ、あれ」

「見てみる?」

気温上昇に合わせて沸いた雑草の向こう、まるで忘れられたようになっている公園の中で存在を主張する小さな噴水。

幼い子供と親の為のアトラクションとして存在しているのだろう、周りに立ち入りを留める囲いはない。

あるべき利用者の姿はもう見えないと言うのに未だ水音を立てていた。

「結構綺麗じゃん」

「えー、でも土とか葉とか落ちてるよ」

「それ位普通じゃない?外なんだし」

「そうそう、贅沢だよ」

「でも木の枝とか混ざってたら危なくない?子供が使うんでしょ?」

「今だけかも知れないし」

「そうかな」

「どっちでもいいよ」

近くのベンチに荷物を放り出し、

吸い寄せられるように水場を覗く。

商業施設とは異なるせいか、それとも長年使われているせいか、内側のタイルには黒ずみも見える。それでも水の流れる部分は透明だ。

躊躇いがちに伸びた一本の手が水に触れる。

「結構冷たい」

「温水はないって」

「そうじゃなくてさぁ」

「靴で入ったらダメかな」

「えっ?」

「入る?」

「入んないの?」

「そんなには……」

「あ、ここ水道ある?」

「え、これ水だよ?」

「えっ?」

「公園だしトイレあるよ。無理ならお手拭き使えば?」

「あー、それもそうか」

「………えいっ」

「ちょっと!」

「ねーぇ!ホントさぁ!」

わざとらしく声を出して水を跳ねさせたのに合わせて、やはりわざとらしい悲鳴を上げる。

そうして、揃ってケタケタと笑った。

「でも本当懐かし~。何かこういうの、スッゴイ大きくて水も一杯だったイメージ」

「あー、まぁ分かる」

「確かに。小さい子ってこれで一日遊ぶんだもんね」

「大体公園がもううちらには小さいじゃん?」

「ねー」

太陽はいよいよ傾いて、空の色が変わりつつある。

沸き出す水量は減っていき、最後にはピタリと絶えてしまった。

「あれ、もう終わり?」

「止めてる途中だったのかも」

立ち上がって顔を上げれば、それらしい支度をした大人の姿が小屋の辺りにある。

「そろそろ行こ?」

「そだねー」

「あ、見て。花だ」


漸く周りの姿が目に入ったのだろう。

一人の呟きに残りも同じ方へと首を向ける。


「本当だ」

「キレ~イ」


ハラリハラ、白い花弁が空に舞う。

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