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「今回もご苦労だったね」
年老いた、というにはまだ早いくらいの年齢の中年官僚が、机越しに声をかけた。
エドウッドはかしこまった姿勢で立っている。
「いつもいつも、辺鄙な町ばかりで大変だろう。
あの地域にもまだまだ小さな工場が残っているから、どうしても放置できなくてな。
────君が行ってくれて本当に助かったよ」
「いえ……」
目を伏せたまま、エドウッドは短く答える。
「仕事、ですから……」
取りようによっては不機嫌そうにも聞こえる口調に、中年官僚は苦笑する。
「相変わらずだな、君は。
その様子じゃ、今回も苦労したんじゃないのか?」
「妻が……手を貸してくれた、ので」
ははっ、と笑いながら中年官僚は背もたれに体重を預ける。
イスがきしむ音を立てた。
「君が望むなら、もっと楽な部署に異動させてやることもできるんだがなあ。君のお父様には恩があるからな」
「いいえ」
エドウッドは、即座に首を振る。
そのかたくなな態度に、中年官僚の表情はわずかに不快の色を帯びた。
「現場周りなんて、いつまでも続ける仕事じゃあないぞ」
不服そうな視線を投げ返すエドウッドに、中年官僚は言った。
「君のことは、お父様から宜しく頼まれているんだ。いつまでも下っ端の仕事ばかりじゃあ、君のお父様にも申し訳ない。
産業省が嫌なら、他の省庁にいる奴らにかけあってやるから────」
「今の仕事で……構いません」
「でもな、君の────」
「妻に、約束を……したのです」
顔を上げて、エドウッドは言った。
────10年前。
エドウッドは、父親がガートルードを家に連れてきた日のことを、今でもはっきりと覚えている。
子供の頃、父親と一緒に東の大陸へ渡ったエドウッドにとって、近くに住んでいたエルフィ族の子供たちが数少ない友人だった。
その父親の取引先でもあった豪族の一家は年齢が近く、とりわけ仲が良かった。
ガートルードは、その一家で一番下の娘だった。
その日。
いつもは夕方には仕事を終える父親が、夜遅くに帰ってきた。
起こされたエドウッドは、なぜかガートルードが父親と一緒にいることに疑問を抱いた。
今から国へ帰る。
それだけ言うと、父親は慌ただしく荷物をまとめ始めた。
雇っていた使用人たちにお金を握らせて帰し、取引の資料も全て暖炉にくべて燃やし、金品や身の回りのものだけをカバンに詰め込んでいく。
すべてが唐突なことばかりの事態に、エドウッドはまず、なぜガートルードがここにいるのかを問うた。
父親は、エドウッドに語った。
この国で内乱が起きて、あの一族も巻き込まれるだろうということを。
そして、父親が取引していた武器が反乱側に渡ってしまっていたことを。
すべては、父親が招いた事態だったことを。
父親は、豪族の長に呼び出された。
恩をあだで返してしまったことを死んで詫びるつもりだった父親に、豪族の長は優しく笑った、という。
これも時代の流れだ、と。
新しい時代の流れに乗れなかったものが滅んでいくだけだ、と。
ひとつだけ心残りがあるとすれば、まだ幼い娘のこと。
一族は生まれ育ったこの土地を守る為に戦う。しかし幼い娘だけは安全な国外へ連れ出して欲しい。
長に頭を深く下げられた父親は、断ることなどできなかった。
しかし、この国の港はすでに閉鎖されてしまっていた。
国外へ出られるのは、国外から来た人間とその身内のみ。
一計を案じた父親は、ガートルードをエドウッドの妻、ということにした。
そうして、エドウッドとガートルードはこの国にたどり着いた。
ガートルードの一族は、滅びた。
父親が売り込んだ武器のせいで。
時代についていけなかった者が滅びた。
そう言うのなら。
残されたものは、時代がどう変わっていくのかを見届けなければならない。
自分の父親のせいで一族を失ったガートルードに、この世界を見せる。
それが、せめてもの罪滅ぼし。
だから……
「この国の、変わってきたものと、変わらないものとを見せる。
……そう、約束したのです」
顔を上げると、エドウッドははっきりとした口調で言った。
「だから……私のことはどうか気になさらないで、ください」
それだけ言うと、エドウッドはおもむろに席を立った。
背中に中年官僚のため息が聞こえたが、それを無視して部屋を出た。
エドウッドが自宅の古いアパートメントの扉の前にたどり着いたのは、日がだいぶ傾いた時間だった。
扉を開けると、すぐに甘い匂いが漂ってきた。
「エド様、おかえりなさい」
玄関のエドウッドに、ガートルードがキッチンから顔をのぞかせた。
ホッとした顔で、エドウッドは微笑んだ。
「次のお仕事までは、のんびりできるのでしょうか」
「ん……」
エドウッドがうなずくと、ガートルードはにこやかに笑った。
異世界工場監督官 鵜久森ざっぱ @zappa_ugumori
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