第3話「王都エディン」

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 最初に、ウマなどの動物に頼らない乗り物が誕生したのは、30年ほど前だった。

 物を動かす魔法の術式を応用して馬車の車輪を回転させる原始的なものから、やがて熱を加える魔法術式で火力をコントロールしてお湯を沸かし、吹き出る蒸気の力で巨大な蒸気機関を動かすものが発明された。

 その輸送力に目を付けた産業省が王都エディンから各地の主要都市、鉱山、港へ鉄道を敷設していった。


 地方都市ウェステリアへも、王都エディンへの鉄道が通っている。

 徒歩なら3日か4日かかる距離でも、鉄道なら5時間ほどで移動できる。


 蒸気機関車のすぐ後ろには燃料となる石炭と魔法鉱石、水を積んだタンクがつながっている。その後ろには10両ほどの客車と貨物車がつながる。

 立派な個室のある一等客車は窓が大きく、王都とこの地方を行き来する者たちからの評判が良かった。


 エドウッドとガートルードは、先頭から2番目の車両の個室に入っていた。

 ウェステリアからエディンまでは緩やかな丘陵地帯が続いていて、窓の外にはのどかな田園の風景が広がっている。


 二人は何も言わずにただ窓の外を眺めていた。

 静かな室内に列車の走る音だけが響く。


 ときどき見えていた小さな集落がだんだん大きくなり、大きな都市に変わっていく。

 鉄道は大きな川にかかる橋を渡り、渡り終えたところはもう王都エディンだ。

 街並みは次第に石造りのしっかりしたものが増えていき、同時にすえた匂いが客室内に入ってくる。

 窓の外は下町が広がっていて、生ゴミや排泄物の匂いが充満しているのだった。


 さらにしばらく行くと、次第に大きな建物が増え始め、やがて高級住宅や商店、あるいはビジネス街のあるエリアへ入っていく。

 そこまで来ると、王都の中心であるエディン駅はもうすぐだ。



「お疲れさまでした」


 荘厳なレンガ造りの駅舎のホーム。

 列車から降り立ったところで、ガートルードは言った。


「やはり、産業省までご一緒しましょうか?」

「いや……」


 続いてホームに降りたエドウッドは、小さく首を振りながら答えた。


「あそこは……嫌なやつばかり、だから」


 エドウッドの本気でイヤそうな表情に、ガートルードはくすっと笑う。


「同じお役所の方ではありませんか。あまり悪く言われるのは」

「んー……」


 エドウッドは困った顔で黙ってしまう。


 気を使ってくれているのは、ガートルードにもわかっていた。

 これからエドウッドが向かうのは産業省。この国の中でもエリート層、特に貴族階級の子息も多いところだ。ヒト族が大半を占めるこの国で、そうした上流階級ほど亜人族デミヒューマンへの偏見が強い。

 そんな場所に自分を連れていったら、良く無い目で見られることは明らかだ。


 自分が悪く言われることは、ガートルードは別に気にしてはいない。

 今更のことで慣れているし、気にも留めない。

 ただ、自分を連れ歩くことでエドウッドが悪く言われるのだけは避けたかった。


「わかりました」


 ガートルードは、そう言ってうなずいた。

 エドウッドの手伝いはしたいが、困らせては本末転倒だ。


「ルーは、先にお屋敷に戻っておりますね」

「ん……」


 エドウッドは、短くそう答えた。

 少し申し訳なさそうな表情のまま、なにかを言いたげにガートルードの顔を見つめたあと、アタッシュケースを抱えなおして歩き始める。

 ガートルードは小さく一礼して、その背中を見送った。



 エドウッドの姿が見えなくなってから、ガートルードはエドウッドの向かったのとは反対方向、駅の出口へ向かって歩き始めた。

 改札を通ると、駅前の広場に出る。

 そこは駅馬車の待合所になっていて、ビジネス街で働く背広の男たちが大勢行きかっている。


 石畳の歩道を、ガートルードは歩いて行った。

 人通りの多い道は、小柄なガートルードには人をよけるだけで一苦労だった。すれ違う人は誰一人としてガートルードを気にも留める様子もない。その無関心さは、ガートルードにとっては居心地よく感じられた。


 道端には新聞や雑誌を売る露店が並び、ただでさえ狭い歩道はさらに窮屈だった。

 それでも夕方の帰宅時間ではなくてよかった、とガートルードは思った。朝や夕方の時間帯は、このあたりは歩くことも困難なほど混みあってしまう。

 うっかり車道に転びでもしたら、馬車や魔法自動車オートモービルに跳ねられる危険もあった。


 広い通りをまっすぐ歩いていくと、やがて人通りは次第に減り、大きな橋にたどり着く。

 この石造りの橋は、作られてから300年以上という歴史がある王都を代表する有名な橋だ。

 ただこの橋も、老朽化と、橋の上を走る魔法自動車オートモービルなどの交通量の増大に対応できなくなってきていて、新しくかけなおされるらしい、という話を、ガートルードは聞いたことがあった。

 そのデザインコンペが近々開かれるという噂で、若手の建築家たちが賑やかに語り合っている場面に出くわしたこともあった。


 この橋を渡りきると、再び悪臭が漂ってくる。

 このあたりから住宅街が始まり、同時に街角には放置されたゴミが目立つようになってくる。


 大通りをいくつか曲がり、やがて細い水路に沿った、古そう

なアパートメントの立ち並ぶ通りへ入っていく。

 その中の一軒、壁に枯れたツタが這う建物の前まで来たところで、ガートルードは入口の扉の前に立った。


 背中のリュックを下ろして、ごそごそと漁る。

 ヒモの付いた大きなカギを取り出すと、ガートルードは扉の鍵穴に差し込み、それを回した。


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