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 日がすっかり落ちた道を、魔法街灯の心もとない明るさだけを頼りに、エドウッドとガートルードは町への道を歩いていた。


 結局、ワーズナー社長は折れた。

 工場労働者たちと結んでいた契約を見直し、借金が有る場合は退職を禁止する、という部分を削除することになった。

 最終的には、裁判所に控訴する費用と移動するための費用、裁判になった場合にかかる日数を考えたあげく、辞める意思を示している職工の大半が東の大陸からやってきた者たちだったことが決め手になったようだった。

 彼らなら他の土地に移動するようなお金も伝手もなく、もし仮に借金を踏み倒したところで容易に追跡できる、という判断のようだった。


 それでも借金のあるもののうち何人かは工場をやめることにしたようだった。

 工場の窮屈さに耐えられない、というのがその理由だったが、その判断を後押ししたのは、すぐ近くの工場が人手不足で困っている、というガートルードの話だった。


「これでスリーウィール製糸場の工場長さんも一安心ですね」

「ん……」


 歩きながら、ガートルードがつぶやく。

 エドウッドは短く返事をする。


 スリーウィール製糸場の話をしたとき、カウランは大喜びだった。

 カウランのように、工場にかなりの額の借金をしている者は多かった。

 工場には給料日のたびに、返済分として半分くらいの額を減らされてしまい、毎日の食費にも困っていたらしい。

 ミノス族はただでさえ大食の者が多い。他の亜人族デミヒューマンたちよりも食費が多くかかってしまう。

 そこで毎月の返済額を減らす条件で、長時間残業の話をするように社長に持ち掛けられた、とのことだった。


「社長の狙いは────」


 ガートルードは歩きながらつぶやく。


「長時間の残業を厳しく取り締まることで、出来るだけ長く働かせること、だったようですね」

「ん……」


 直接、自分が長時間残業の禁止を言い出してしまうと、職工たちから恨まれる。

 そこで、工場監督官から是正命令を受けた、ということにして長時間残業を禁止する。

 工場法を守る為、という名目なのだから誰も文句を言えない、というわけだ。


「どこの工場主も、そうだが……」


 エドウッドはつぶやくように言った。


「みな、色々考える」


 規模の大きなスウィートイージー製糸工場であっても、経営に余裕があるわけではない。

 人手が足りない、原料の値上げ、生糸価格の下落などの要因で、簡単に経営難に陥ってしまう。


 かといって、経営者がなんでもやりたいように出来てしまうのも、問題だ。

 だから、工場監督官が作られたのだ。



「今回の巡回視察は、ひとまずおしまいですね」


 まだ星の見えない夜空を見上げながら、ガートルードが言った。


「今日はゆっくり休んで、明日は王都に帰りましょう」

「ああ」


 短く答えるエドウッド。

 王都に戻れば、今回の出張の報告書をまとめ、対応した工場への処理に関する書類仕事を片付けなければならない。


「────産業省の本部までご一緒できればいいのですが」


 ため息交じりにガートルードは言った。

 ガートルードはあくまで出張の際の助手なので、産業省ではできることがない。

 厳密にいえば、ついて行って一緒に建物に入ることはできる。ただ、書類を作ったり提出したりは、エドウッドにしかできない。

つまり、ガートルードはやることがない。


「どうせあそこに戻っても……書類を出したら終わり、だ」


 心底つまらなそうに言うエドウッドを見て、ガートルードはくすっと笑う。


「私は先にお屋敷に戻って、荷物の片づけをしておきますね」

「……ああ」


 エドウッドは、ため息交じりに返事をする。

 ガートルードはくすっと笑った。


「そんなに落ち込んだ顔をなさらなくても……」

「巡回視察が……終わってしまう、から」


 そう言って、エドウッドは空を見上げた。

 夕日が去ってすぐの夜空は、まだ見える星が少ない。


「書類仕事が終わったら、またすぐ次の巡回ですよ」


 その横で、ガートルードも夜空を見上げながら言った。


「エド様がお戻りになるまでに、いつものフィッシュケーキを焼いてお待ちしておりますね」


 ガートルードの言葉に、エドウッドはようやく笑顔を見せた。


「それは、とても楽しみだよ」




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