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「ちょ、ちょっと待っていただけませんか」


 ワーズナーは半笑いを浮かべたまま、しかし明らかに慌てた口調で叫ぶように言った。


「遠い国から工場に来てもらうために金を貸すなんて、どこの工場でも当たり前にやっていることでしょう?

 そして、貸した金を踏み倒されたら大損になるから、返済が終わるまでは辞めないようにする。

 そんなの当たり前のことでしょう?」


 ワーズナーは早足で部屋の中を歩き回る。

 表情からは次第に笑顔が消え、少しイライラしたような口調になっている。


「だいたい、借金に関する条文なんて工場法のどこにも書かれていない。当然、借金を理由に退職を禁じてはいけない、なんて条文もない。

 ────私はちゃんと法律を守っているじゃあないか!いったいどこに文句を言われる筋合いがあるっていうんだ?」


 ワーズナーは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 エドウッドは、ワーズナーをじっと見つめて、言った。


「工場をやめたくても借金で辞められないでいる者たちも、皆どこで働くか自由に決めていいはずだ」

「冗談じゃない!そんなことを認めたら、ウチの働き手がいなくなってしまうじゃないか!」

「仕事は……」


 叫ぶワーズナーと対照に、エドウッドは落ち着いた声で告げる。


「仕事は、自由で、楽しくて、和やかに、でなければならない。

 ……それは、働く者も雇う者も一緒だ」

「わ、私は────」


 なにかを言いかけたワーズナーを、エドウッドはそっと手で制した。


「工場監督官には……巡回裁判官としての権限も、与えられている」


 ────巡回裁判というのは、裁判所もないような小さな都市部のために作られた制度だ。

 裁判所も裁判官も、ある程度以上の規模の都市にいかなければ、ない。

 近郊都市や農村部に住む者たちが裁判を起こそうとすると、わざわざ都市部に足を運ぶ必要があった。

 しかし裁判は1日では終わらないし、往復するだけでも時間もお金もかかる。そのため、裁判官が地方都市に出向いて、現地で裁判を行うのが巡回裁判だ。


 ただし、工場監督官に認められているのは、工場法に関係する事件のみ。

 判決は管轄の裁判所で処理され、通常の裁判と同じように扱われることになる。


「職工たちの敷地外への出入りの監視、作業場および会議室での会話の記録。

 そして、借金を理由にした退職の禁止を今すぐ辞めていただく。これは、工場監督官としての命令だ」

「命令って……」


 明らかに動揺した声で、ワーズナーが呻いた。

 エドウッドが話を続ける。


「職工たちの出入りを禁止する条文はないし、会話の記録を禁止する条文もない。

 ……でも、これらの行為が結果的に職工たちから自由を奪っていることは明白だ。

 働く者たちの自由を奪って働かせることは、強制労働を禁止した工場法に違反している」

「そ、そんなこと────!」

「不服なら、控訴すればいい」


 怒鳴るように叫ぶワーズナーに、エドウッドは冷たく告げる。


「あなたには控訴する権利が与えられている。その場合は……」

「────ここから一番近い裁判所がある町は、ウェステリア市ですね」


 ガートルードが横から補足する。

 ワーズナーはあっけにとられて、手をわなわなと震わせた。


「冗談じゃない!ウェステリアだって?

 あそこまでは山越えで片道一日はかかるんだぞ!裁判になったら何度も往復しなきゃいけなくなる。とてもそんな時間も費用もない!」


 エドウッドに詰め寄ろうとして、しかしさすがに思いとどまったのか、一歩だけ足を踏み出すワーズナー。

 その顔は怒りで真っ赤になっている。


「裁判だなんて、いくらなんでも大げさでしょう!

 だいたい、借金を返すまで辞めさせないことを禁止する条文なんて、どこにもないじゃないか!」

「条文だけ見て……その通りに守っていれば、なにをしてもいいわけじゃ、ない」


 感情的に叫ぶワーズナーとは対照的に、エドウッドは顔色一つ変えない。

 ワーズナーは、なにか言いたげに口を開けるが、なにも言えないまま口を閉じる。

 それを何度か繰り返した後、無言のまま肩を落とした。


 工場監督官からの是正命令に従わなければ、罰則を受ける。

 命令が不服なら裁判所に訴え出ることができるが、それにはお金も時間もかかる。

 どちらを取るか、頭の中で計算した上で、受け入れることを選んだのだろう。


「お互いに楽しく、和やかに仕事ができる道を探そう」


 エドウッドが言うと、ワーズナーはガックリと膝をついた。



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