-13-

 ガタッ、と音を立ててエドウッドが立ち上がったのを見て、まずいな、とガートルードは思った。

 ワーズナーの言葉自体は、どうでもいい。侮蔑されることに、ガートルードは慣れている。

 問題は────。


「ひとつ……いいだろうか」


 エドウッドが、一歩前に進み出た。

 ワーズナーは意外そうな顔をした。


「工場は……どのような対策を、とっていた?」

「は?」


 質問の意味が分からず、ワーズナーは眉をしかめた。

 エドウッドは小首をかしげて、再度質問を繰り返す。


「長時間労働を禁止するため、に……工場では、どのような対策をとっていたか、聞いている……」

「は、そんなことですか────」


 ワーズナーは緊張した表情を緩めた。

 それまで一言も口を開かなかったエドウッドが唐突に話し始めて動揺していたが、質問の内容が分かって安堵したのだろう。

 少し小馬鹿にするような口調。

 まったく気が付いていない、とガートルードは思った。

 ワーズナーは再び軽く笑みを浮かべて言った。


「口頭での注意はもちろん、作業場の中に無断での長時間労働を禁止する張り紙をしてありますよ。お気づきになりませんでしたか?」


 ガートルードは昨日歩いた作業場の光景を思い出そうと、記憶の中を探った。

 張り紙が複数あったのは覚えているが、文字の小さなものまでは覚えていない。


「つまり……複数の方法で注意しても長時間残業する者はいて、状況の改善にはつながらなかった……と、いうことだ」


 エドウッドは、冷たい口調で言い放つ。


 エドウッドは、まったく表情が変わっていない。

 というか、表情から感情を読むことができない。


(あれは────)


 間違いなく、怒っている。


 エドウッドは、亜人族デミヒューマンという単語がとても嫌いだった。

 特に、ガートルードをあざける目的で発せられた場合、間違いなくキレる。

 もちろん、直接的な暴力に出るわけではない。

 その代わり、容赦なく相手に詰め寄ってしまう。

 普段はコミュニケーション能力の低さから、相手を無駄に怒らせてしまうことを避けるために少ないはずの口数が急に増えるのがその証拠だった。


 エドウッドの言葉に、ワーズナーの表情が一瞬固くなった。

 畳みかけるように、エドウッドは続ける。


「工場側が、本気で……勝手な長時間残業を取り締まるつもりなら……

 現場に監督者を置くか、作業場を入れ替わり制にする……あるいは、終了時刻の記録を作業場を出た後にする……など、色々な方法がとれるはずだ。

 そうした対策も一切なく、ただ口頭注意と張り紙だけ……というのは、工場側の体制にも問題がある、とも言える」

「し、しかしですね────」

「この国では、強制労働は禁止されている」


 言い返そうと口を開いたワーズナーの言葉を、エドウッドはさえぎった。


「長時間の労働や、無賃金の労働……そうした、奴隷制度につながるようなものは……工場法によって、禁止されている」

「きょ、強制労働だなんて、そんな大げさな────」

「この、工場は……敷地を高い壁で囲まれ、門には守衛もいて、労働者は出入りを監視され……行動の自由が制限されている。

 会議室には会話を記録する魔法道具がしかけられ……作業場でも、会話が監視されていた。……自由な会話も、できていない」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 この国では、奴隷制度は100年ほど前に禁止されている。

 自由意思を奪われ、強制的に労働を強いられる奴隷制度。

 倫理的にも問題があるが、なによりも奴隷が所有物のままでは、労働力の確保に問題が生じるのと、報酬を与えられない労働では生産性が向上しないため効率が悪い、ということがわかってきたからだ。


 もちろん、工場法では強制労働も奴隷労働も禁止されている。

 違反すればかなり重罪だ。ワーズナーが慌てるのも無理もない。


「外壁も守衛も、防犯のためです。出入りの監視なんて、そんな意図はありません。

 会議室や作業場の会話の記録だって、情報の漏洩を防止するためのものです。

 それだけで強制労働だなんて、いくらなんでも大げさじゃないですか」

「根拠は……もう1つ、ある」


 エドウッドが言うと、ワーズナーは驚いた顔で目を見開く。


「も、もう一つとは────?」

「今日……聞き取り調査を始める前に、頼んでおいたものだ」


 エドウッドはおもむろに、机に置かれた書類をつかんで広げる。

 それは、ワーズナーにわざわざ用意してもらったものだ。


 昨日の夜。

 ガートルードとエドウッドは、次の日にどう話しを進めていくかを話し合った。

 カウランから聞いた長時間残業の証拠集め以外に、工場がどんな問題を隠そうとしているのか。あるいは他に目的があるなら、それをどう突き止めるのか。

 そのためには、徹底的に書類を調べる。

 ガートルードが聞き取り調査をしながら、エドウッドが契約書や給与明細、その他工場と職工の間で取り交わされた書類に目を通していく。

 地道だが一番確実な方法だった。


「この工場の、職工たちが……工場で働くときに交わした、契約書……

 その中の、ここ部分」

「────?」


 エドウッドが、書類の一文を指さす。

 ワーズナーが不審に満ちた表情で書類に目を凝らした。


「『借金の返済が終わるまで退職を禁止する』『返済分は利子を含めて毎月の給料から差し引く』

 ……これは、結果的に労働者から職を選ぶ自由を奪っている」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る