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ガートルードはちらっと横のエドウッドを見た。
ワーズナーの言う通りなら、工場監督官としては、工場で行われている工場法違反を見逃すわけにはいかない。
その場合、是正勧告という形で強制力を持った命令を下すことができる。そうすれば、ワーズナー社長は職工たちからの反発を受けることなく、長時間残業を取り締まることができるだろう。
エドウッドと目が合う。
────ガートルードは、黙ったままうなずいて見せた。
「ところで」
小さく咳払いをしてから、ガートルードは切り出した。
「────まだ、なにか?」
ワーズナーは、笑顔のままで言った。
しかしその口調には、どこか警戒の色が見える。素直に了承しなかったことに不信を抱いているのかもしれない、とガートルードは思った。
「気になることがあるのですが────お聞きしても、よろしいでしょうか?」
「気になること、ですか?」
ワーズナーの眉がぴくっと動く。
明らかに警戒の度合いが上がったのが見て取れた。
構わず、ガートルードは話しを進める。
「彼らがそこまでして稼ごうとするのは、なぜでしょう?」
「────さあ?」
しれっと、ワーズナーは肩をすくめる。
「直接、一人一人から聞いたわけではないのでわかりませんが────理由は様々でしょうが、誰だって稼げるなら稼ぎたいと思うものでしょう?家族がいる者ならなおのことですよ」
「────ですが、家族を養って暮らしていくだけなら、そこまで必死に残業しなくとも十分なだけの賃金を、社長は渡していますよね?」
「そのつもりです。ただ、それでも足りないと感じるものがいるのでしょう」
ワーズナーとガートルードは、お互いの顔を見ながら笑顔を浮かべる。
しかしどちらの目も笑っていない。
穏やかな口調とは裏腹に、ワーズナーはガートルードがなにを言い出すのかと警戒している。
ガートルードは慎重に、次の言葉を口にする。
「では、彼らが背負っている借金について、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「────借金、ですか?」
ワーズナーは少し意外そうな顔をしたあと、ぽん、と手を打った。
「ああ、なるほど。それで合点がいきましたよ。だから彼らは追われるように仕事をしていたわけですね」
とぼけるつもりらしい、とガートルードは感じた。
想定していたとおりの反応であることにどこか安堵しながら、ガートルードは続けた。
「聞き取り調査の中で判明したのですが、長時間労働をしていた者たちはほぼ全員、借金がありました。
────この借金は、工場が貸しつけたものですよね?」
ワーズナーの笑顔が一瞬曇った。
ガートルードは構わずに続ける。
「工場で働いているのは、東の大陸からやってきた
────借金、という形で」
「勘違い、しないでいただきたいのですがね」
大きな動作で、やれやれ、というふうにワーズナーは肩をすくめた。
「我々の工場は多くの人手を必要としています。遠く東の大陸からでも集めてこなければ足りない程にね」
余裕を見せようとしているのか、ワーズナーは部屋の中をゆっくりと歩きまわる。
ガートルードはそれを目で追う。
「御存じでしょう?
東の大陸は、戦争が終わったばかりで国内は安定していない。わざわざ海を渡ってでも仕事が欲しい、という者も多いんです。
────そうした者たちに金銭的な支援をして来てもらう。
そうすることで、彼らは仕事を得られるし、私どもは人手を確保できる」
ワーズナーは立ち止まり、ガートルードに顔を向けて言った。
「お互いにとっていい話でしょう?
うちは人手を確保できる。彼らはうちの工場で働いて収入は得られ、とりあえずの暮らしは保障されるのですから」
「ですが────」
「我々も慈善事業でやっているわけではないのですよ」
ガートルードが言いかけた言葉を遮るように、ワーズナーは強い口調で言った。
「人手を集めるためと言っても、無尽蔵にお金をばらまくわけにはいかないんです。
必要だからお金をかける。かけた分のお金は回収する。
そうしなければ次にかけるお金が無くなってしまいますからね。
だから貸し付けたお金は回収する、というだけの話です」
「ですが」
顔色一つ変えずに、ガートルードは言い返す。
「利子を決めたのは工場の側ですよね。
────借金をしてこの国までやってきても、利子と借金を返すために苦しい生活と長時間の仕事を強いられているのではありませんか?」
「監督官さんはまるで私が悪いことをしているように思っておられるようですが」
少し強めの口調で、ワーズナーは言った。
「借金の件は工場で仕事を始める前の話。つまり工場法とは関係のないお話です。
現在の問題は、工場側の指示を無視して長時間労働をしている彼らの方ですよ」
「ですが────」
「いいですか?私は────いいえ、ウチの工場は」
ワーズナーはさらに口調を強くする。
「法律違反はしていない、工場法は守っている。私どもになんの非があるのでしょう?
そして職工たちが問題を起こしていて、その解決のために協力してほしいとお願いしているだけなのです。
それとも、まだなにかありますか?」
一気にまくしたてられ、ガートルードは口をつぐんだ。
それを降参のしるしと受け取ったのか、ワーズナーはフン、と鼻を鳴らした。
「なければ結構。────初めから余計な話をしないで頂きたいものですね」
バカにするような、あざけるような笑み。
それ自体はどうでもいいことだったが、その次の言葉に、ガートルードは返す言葉を失った。
「しょせん、
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