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その翌日。
エドウッドとガートルードは、再び工場を訪れた。
引き続き職工たちへの面談を求めると、社長はニコニコしながら応じた。昨日と同じ部屋に案内され、職工たちを呼んでまいります、と言って出ていこうとする社長をガートルードは呼び止めた。
「聞き取り調査を始める前に、ひとつお願いがあるのですが」
その日も、聞き取り調査はかなりの時間がかかった。
終わったころには日はだいぶ傾く時刻になっていた。
その日予定していた最後の一人が部屋を出た後、ガートルードはふうっと肩の力を抜いた。
「ひとまず、必要な話は聞けましたね」
書き上げた資料の紙束を手の中でそろえながら、エドウッドもうなずいた。
「次は……社長と、話しをしよう」
「はい」
ガートルードはうなずいた。
ワーズナー社長を呼び出すと、社長は待っていたかのようにすぐに会議室へやってきた。
長時間残業の話しを切り出すと、ワーズナーは落ち着いた様子で口を開いた。
「やはりその件ですか」
あらかじめわかっていたかのような態度に、ガートルードは自分たちの推測が正しかったことを確信した。
「監督官さんからお話があると伺って、恐らくこの件だろうなと思っていたところなのですよ」
わざとらしくため息をつくワーズナーに、ガートルードは質問を重ねた。
「────ということは、社長さんは職工たちが長時間残業していることをお認めになるのですね?」
「お恥ずかしい話ですが────」
ワーズナーはややうつむき気味に答える。
「一部の職工が決められた仕事の時間が過ぎても、作業場に残って仕事を続けているのは事実です。
もちろん、私は彼らの健康のためにも工場法を遵守したいのですが、なかなか従ってくれないのですよ」
ワーズナーはゆっくりと部屋の中を歩きながら、窓のそばへ向かった。
窓の外からは、操業している紡績機の音が聞こえてくる。
「ウチは時間給に加えて、仕上げた糸の量に応じた歩合給が出るんです。
そのため、稼ぎたい者たちが勝手に残業をしているのですよ」
その背中に、ガートルードは声をかける。
「生産ノルマもあると伺いましたが」
ワーズナーはゆっくりと振り向きながら答える。
「ノルマと、いいますか────一人当たりの生産量の平均値を出して、あまりに生産量が少ない者は、改善するように指導しています。放っておくとサボる者もいるので、作業効率を改善するためには必要な指導です。
ただ────稼ぎたい者は、一人でたくさん仕事をしてしまうので、それで平均値が上がってしまうんです。それもまた頭の痛い問題です」
ワーズナーは片手で額を押さえ、いかにも困りごとに悩んでいる、というように、頭を左右に振る。
「かといって、たくさん働いて稼ぎたいというのは、やる気があるということでもあります。あまり厳しく禁止して取り締まってしまうと、せっかくやる気のある者が工場をやめてしまう。────難しい問題です」
「ということは」
ガートルードは口をはさむ。
「残業は社長が指示していたものではない、ということですね?」
「もちろん、違いますよ」
ワーズナーは肩をすくめた。
「私は、法律やルールを尊重する側の人間です。
────たとえ法律を守らせるためだとしても、力づくで従わせるわけにもいかないでしょう?」
ガートルードはうなずいた。
ワーズナーは、満足そうに笑顔を作ってから、続ける。
「もっとも、工場監督官から工場法違反を指摘されたのであれば、こちらとしても厳しく取り締まるしかありませんが」
「────なるほど」
ガートルードはうなずいた。
────同時に、ワーズナーの狙いがなんとなく見えてきた。
長時間の残業問題を指摘してもらうことで、職工たちの不平不満を抑えながら、厳しく取り締まれるようにする。
ただ取り締まったのでは不満が社長に向いてしまうが、工場監督官の指導があったから、という口実を作れば、文句のターゲットは監督官の方へ向かう。
長時間の残業問題に意識を向けさせたのは、他に隠したい問題があるからではなく────。
(職工たちに、強制的に言うことを聞かせるための大義名分が欲しかったから────?)
ワーズナーは、にっこりと笑顔を作る。
「法律を守る事は、なによりも大事です。公正な経営があって、健全な市場が守られる。
私も、長時間残業がはびこる現在の状況をよしとは思っていません。どうか、お力添えの程を」
ワーズナーはわざとらしく、うやうやしく深く頭を下げた。
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