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 カウランと話を終え、ガートルードとエドウッドが宿に戻ったのは、だいぶ夜が更けた頃だった。

 寝支度を終えた後、ガートルードはふと疑問を口にした。


「エド様は、どう思われますか?」

「ん……?」


 唐突に聞いてしまったことを、ガートルードは申し訳なく思った。

 ずっと気になっていたのにエドウッドが一切その話題に触れなかったので、つい言葉に出てしまったのだ。


「先ほどの、カウランさんのお話です」


 ガートルードの言葉に、ドウッドはなにかを考えるように少し首を傾けた。


「ルーには、どう、見えた?」

「────そう、ですね」


 ガートルードは少し思案した後に答えた。


「彼の話を素直に受け取るのなら、内部告発、ということでしょうか。職工たちが残業しているのを知りながら工場側がなんら対策をとっていない、という話だと思います」

「普通に考えれば……そういう話、だと思う。ただ……」

「ただ?」

「あまりにも、タイミングが良すぎる……」


 そう言われて、ガートルードはカウランの話を思い出す。

 スウィートイージー製糸工場に内部監査に向かい、聞き取り調査を行ったその日の夜。

 しかもわざわざ、宿泊している宿にやってきて、である。


「彼の告発は、まるで『工場の問題点はこれです』と……調べる問題も、その内容も……全部丁寧に、提示されている。……気がする」

「────では、カウランさんの告発はウソだということでしょうか?」


 はっとして、ガートルードは言った。

 エドウッドの言う通りなら、カウランは内部告発のフリをして工場の調査を誘導しようとしている、ということになる。

 もしそれが意図的な物なら、内部告発自体の信ぴょう性が怪しいものになる。


 しかし、エドウッドは首を横に振った。


「それでは、動機がわからない」

「動機、ですか」

「時間を稼ぐのが目的だとして……その動機として考えられる、のは……別の不祥事の隠蔽、だ」

「不祥事の隠蔽────ということは、カウランは社長の指示で動いている、ということでしょうか」


 エドウッドは静かに目を閉じる。


「その可能性は、ある……。あれだけ厳重に出入りを監視されている工場を、カウランが簡単に抜け出してきたことが……なによりも、おかしい」


 工場の経営者は、たいてい工場監督官を嫌う。

 ほとんどの工場で工場法を厳密に遵守していることはない。少しでも安く、少しでも多くの製品を作って利益をあげなければ、市場競争に負けてしまう。

 だから、エドウッドとガートルードが出かける先で歓迎されることはほとんどない。

 ガートルードがワーズナー社長の友好的な態度にずっとひっかかっていたのは、その点だった。


「そして、あれだけ人の多い場所で告発の話をするというのは……誰に聞かれるかわからない。たとえ工場の関係者がいなかったとしても、その知り合いがいないとも限らない」

「ではなぜ、カウランは店を待ち合わせ場所に指定してきたのでしょうか」

「推測だけど……周囲に、社長側の監視役がいたんじゃないだろうか」


 内部告発は、とても危険な行為だ。

 誰が証言したのかがわかれば、良くて追放、酷い場合は暴行されたりすることも珍しくはない。だから告発者は周囲にバレないように慎重に行動するのが普通だ。

 誰が出入りするかわからない食堂でするような話しではない。


 ただ逆に、監視役が紛れ込むなら、そういう場所の方が都合がいい。

 必然的に、カウランの告発の裏に社長が噛んでいる可能性が高いとも言える。


「ただ……おかしいのは、それだけじゃないんだ」

「それだけじゃ、ない?」


 エドウッドは小さくうなずく。


「残業の有無を調べることになれば……工場の内部事情や職工たちへの聞き取り調査もしっかりやることに、なる。

 そうなれば……もし長時間残業がウソだったとして、我々の調査を空振りに終わらせるつもりだとしても……それ以外の問題が発覚する可能性が、ある」

「そうなってしまっては、わざわざ虚偽の告発をした意味がありませんね────」

「だから……」


 ベッドのわきに、今日まとめた聞き取り調査の資料を束ねたカバンが置かれている。

 エドウッドはそのカバンにそっと手を置いた。


「本当の狙い、がなんなのか……それを、考える必要が、ある」


 エドウッドは顔を上げ、ガートルードを見た。


「カウランの話から見えてくることは……工場に、長時間の残業問題があるということ。

 そしてそれは、明らかな工場法違反だから……こちらとしては、放置するわけにはいかない」

「となれば、翌日────私たちは聞き取り調査で、その問題に関して調べることになりますね」

「その結果……カウランの証言の裏が取れれば、社長に対して……問題の是正を、せまることになる」


 あ、とガートルードは手を打った。


 工場監督官は、たいていの場合複数のエリアを担当している。まだ新しく作られた役職のために、人数が少ないのだ。

 そのため、どうしてもひとつの工場にかけられる時間には限度がある。

 一か所を徹底的に調べ上げる、というよりも、問題があれば是正するように指導し、違反があれば摘発するものの、見つからなければさっさと調査を切り上げて次の工場へ向かう、ということになる。


「────と、いうことは」


 ガートルードは、眉をひそめる。


「社長が隠したいことは、もっと他にある、ということでしょうか」


 工場監督官が残業時間の調査に気を取られ、証拠を集めて是正指導をしたあと、自分の仕事に満足して帰っていく。

 もし本当に隠したい問題が別にあるなら、目論見は成功だ。


「んー……」


 しかし、エドウッドは首を傾げた。


「もしかしたら、狙いが他にある可能性は、まだある」

「他の狙い、ですか?」


 ガートルードの問いに、エドウッドはうなずく。


「とりあえず……証言の裏付けを、進めよう。

 そのうえで、社長の反応を見ていけば……本当の狙いが、見えてくるはず、だ」



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