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「ちょっといいかい?」
ガートルードが扉を開けると、宿の女将が立っていた。
「お客さんだよ。あんたらに話したいことがあるんだってさ」
「お客様────ですか?」
その言葉の意外さに、ガートルードは戸惑った。
旅先の宿に尋ねてくるような知人に心当たりはない。
「わるいね、伝言頼まれちまってさ。どうしても監督官さんに会って直接話したいって。隣の店で待ってるって」
隣にあるのは、食事を提供する店だ。
待ち合わせの場所としては、人目が多い。
「どうする?断るんならそう伝えるけど」
「そう、ですね────」
ガートルードはエドウッドのほうを見た。
エドウッドが黙ってうなずいたのを見て、ガートルードもうなずく。
「では、これから伺うとお伝え出来ますか」
「そうかい?悪いねえ」
女将は少しホッとしたように言った。
「一番奥の席に座ってるミノス族の大男だよ。行きゃわかる」
「はい。ありがとうございます」
「じゃ、伝えとくからね」
音を立てて扉を閉めた後、女将はバタバタと足音を立てながら遠ざかっていった。
ガートルードは、ふうっと息を吐いた。
「ミノス族────ですか。珍しいですね」
ミノス族は、もともとこの国にはいなかった
頭から牛のような角が生えているのが特徴で、身体は大柄で力が強いという特性がある。
「東の大陸から渡ってきたのでしょうか」
「んー……」
少し前まで、東の大陸では大きな戦争が起きていた。
東の大陸にはもともと
ちょうど産業革命を迎えていた西の大陸では、大量の労働力を必要としていた。
そのため、
こうして、この国には様々な
「しかし、食堂で会いたいというのは、いったいどういった用件なのでしょう」
「んー……」
あごに手を当ててエドウッドは考えていたが、やがて顔を上げた。
「とりあえず、会って話をしてみようか」
「はい」
ガートルードは、うなずいた。
「カントクさん!」
二人が店に入ると、一番奥に座っていた大男がパッと立ち上がり手を振った。
店の中はそこそこに混んでいたが、騒音の中でも十分に聞こえる声だった。
エドウッドとガートルードが席の近くまで来ると、手を上げた男はうやうやしく会釈をした。
始めて見る顔だった。
今日だけでスウィートイージー製糸工場の職工全員と話ができたわけではないから、別の部署にいたか今日は休みだったのだろう。
「お待ちしてました。スウィートイージー工場で働いてるカウランって言う者っス」
ガートルードが手を伸ばすより先に、というか勝手にガートルードの手をつかんで、カウランは握手する。
握られた手の力強さに腕ごと上下に降られながら、ガートルードはなんとか挨拶をする。
「はじめまして。工場監督官の助手のガートルードと申します。こちらが────」
「知ってるっス。今日工場に来てた監督官さんのエドウッドさんっスよね?わざわざ来てもらってありがとうっス」
カウランは今度はエドウッドの手をつかんで、同じように手を上下させた。
エドウッドは困ったような顔で固まっている。
「まずは飲みましょう。話は食べながらでいいっス」
雑談を交えた簡単な自己紹介が終わるころには、テーブルにはいくつかの料理と飲み物が並んでいた。
周囲の騒々しさに耳も慣れてきたあたりで、カウランは世間話でもするかのような雰囲気で話し始めた。
それは、工場の隠し事についての話だった。
工場では長時間の残業が日常的になっているにもかかわらず、工場がそれを隠蔽している、というものだった。
「毎日そうなんスよね。同僚たちが残業時間のあとも残って仕事してるんス」
「毎日ですか────」
ガートルードは顔をしかめる。
事実なら、社長の話とは食い違う。明らかな工場法違反である。
エドウッドは酒のつまみに出された木の実を齧りながら、黙って話を聞いている。
「そうなんスよ。毎日夜までずっと仕事続けてるヤツもいるんス」
「仕事時間を記録する魔法道具があるのでは?」
「あー、あれ意味ないっス」
苦笑しながらカウランは否定する。
「みんな時間を記録した後も普通に残って仕事してるッスから」
「────工場からは、なにも言われていないのですか?」
「勝手に残業するなー、みたいなことはよく回覧板で回ってくるっス。でも、誰も聞いちゃいないッスね」
酒のつまみを齧りながらカウランは言った。
ガートルードは首をかしげた。
「なぜ、みなさん残業を?」
「うちの工場では」
ジョッキの酒を飲み干して、テーブルに置く。
プハッ、と酒臭い息を吐いてから、カウランは語りだした。
「一人当たりの生産量の平均値、ってのが毎月張り出されるんスよ。
それが平均値より下回ってると、罰金取られるんス」
「罰金、ですか」
「でも逆に、平均値より多かったらボーナスもらえるんスよ。
だからみんな遅くまで居残って仕事してるんス。そのせいで平均値があがるから、結局みんな残業することになっちゃうんスよね」
「なるほど」
うなずきながら、ガートルードはまたちらっと横を見る。
エドウッドはなにかを思案するような目でカウランを見ている。
(やはり────)
エドウッドも、自分と同じひっかかりをこの話に感じている。
その表情から、ガートルードはそう思った。
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