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「困りましたね」
「ん……」
宿に戻ってきた後。
ガートルードとエドウッドは、食事をそこそこに済ませ、次の日の支度を始めていた。
今日の聞き取り調査で作った資料の整理、明日の聞き取り調査で使う書類の準備、やることはたくさんあった。
ベッドの上に広げた書類を、ガートルードはてきぱきと分類し、まとめ直してヒモで括っていく。
これは昔からガートルードの仕事だった。
はじめのうちはエドウッドも手伝おうとしていたのだが、自分の担当だから、とガートルードが一人で引き受けたのだ。
手を動かすような雑用は自分が、頭を使う部分の仕事はエドウッドが、というのがガートルードの主張だった。
エドウッドが役所勤めを始めたのは、自分との結婚が理由だと、ガートルードは思っていた。
エドウッドの父親は貿易商で、東の大陸で大きな商売をしていた。
その手伝いをしていたエドウッドと初めて出会ったのは、ガートルードがまだ幼い子供の頃だった。
貿易商は屋敷に数年おきに訪れる程度だったが、遠い異国の話や珍しい品物を持ってきてくれる彼ら、特に貿易商の息子と仲良くなるのに時間はかからなかった。
その後、エルフィ族の国で内乱が発生した。
国中が混乱する中、ガートルードの両親は娘を安全な土地へ連れ出すように貿易商に頼み込んだ。
ところが、港はすでに閉鎖されてしまっていた。
西の大陸へ向かう船に乗れるのは、西の大陸の人間かその家族のみ。
そこで、ガートルードはエドウッドの妻だ、ということにして、どうにかこの国へ逃げのびてきたのだった。
その後ガートルードは、エドウッドの父親が武器を売って利益を得ていたこと、その武器が反乱側にも流れていたこと、反乱の中危険をかいくぐって助けにきてくれたこと、ガートルードが国を出た後両親も一族も故国で惨殺されてしまったことを知った。
エドウッドが父親の屋敷を出て、一人で暮らし始めたのはその直後だった。
エドウッドが罪悪感を感じる必要はない、と何度も言ったが、エドウッドはかたくなだった。
戻る国も家族もなくしたガートルードが、この国で不自由なく暮らしていけるように。
これ以上、エドウッドに迷惑はかけられない。かけたくない。
エドウッドの役に立ちたい。
そんな思いから、ガートルードはエドウッドの仕事を手伝うようになっていった。
「結局────」
手を動かしながら、ガートルードは言った。
「あの社長は、なぜ職工たちを監視していたのでしょうか」
「んー……」
エドウッドは腕を組んで、考え込んだ。
その間にガートルードはせっせと荷物をまとめていく。
どんな小さなことでも、エドウッドのためになるのならやっておきたかった。
「考えられる、のは……」
ぽつりと、エドウッドがつぶやく。
「なんらかの違反行為の、隠蔽……だけど」
「問題は、なにを隠蔽しているか、ですね」
「ん……」
エドウッドは腕を組んだままの姿勢で、目を閉じる。
会議室での聞き取り調査は、想定通りだった。
当たり障りのない質問には普通に回答がもらえるものの、工場への不満や問題点などに関わる質問は、ほとんど言葉を濁された。
無理やり聞き出すわけにもいかず、それ以上の追及はできないまま、というパターンで面談は終了した。
経営事情などからやむなく違反行為をしている工場は、まだやりやすい。
問題点の分析と改善提案さえできれば聞き入れてもらえる可能性があるからだ。
しかし、違反をわかっていてやっているところは別だ。
わかったうえで隠そうとする相手に改善提案をしたところで、まず違反を認めさせるのが難しい。
「社長が……」
エドウッドがぽつりと言った。
「隠そうとしているのは、違反行為なのだろうか」
ガートルードは少し首を傾げた。
「はっきりとはわかりませんが────工場経営者が工場監督官に対して隠したい事、であれば、なんらかの違反行為なのではないでしょうか」
「ん……」
今一つ納得がいっていない感じで、エドウッドは返事を濁す。
今日集めた資料からだけでは、推測はできても断定できる材料は見つからない。
(もう少し────)
なにかもう少しでも手掛かりがあれば。
焦れるような沈黙に、ガートルードは黙り込んだ。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
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