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「────それにしては、職工たちの待遇は、それほど悪くないように見えます」
ガートルードは、感じた疑問を口にした。
たいてい、強制的な労働を強いる工場は、経費を減らすために労働者の待遇は最低限死なない程度、といったものが多い。
食事も寝床も、およそ人が生きていけるとは思えない程酷いのがあたりまえだった。
しかし、このスウィートイージー製糸工場は、そうではない。
少なくとも、ここで働いている職工たちにそうした気配はないし、見せてもらった寮や食堂も立派なものだった。
「たしかに、脱走者が出るような工場には……見えない」
エドウッドは窓際から少し離れて、テーブルの下を覗き込んだ。
大きなテーブルの下は、ここからでは良く見えない。
「ただ……なんらかの目的があって、監視をしているのは……間違いない」
「監視、ですか────」
「この部屋の魔法道具も、たぶん……その目的の、ためだ」
ガートルードは、それまでの社長の態度、言動を思い返しながら眉をしかめた。
作業場があれだけ緊張感と静けさに満ちていたのも、社長に監視されているからだとすれば納得できる。
もしかしたら、あそこにも同じような魔法道具が仕掛けられている可能性もある。
「ですが────」
ガートルードは小首をかしげた。
「いったい、なんのためでしょうか?」
少なくとも、待遇だけ見れば、脱走しなければならないような劣悪な環境ではない。
「そこまでは、わからない」
エドウッドは短く答えた。
「ただ、職工たちも……社長に監視されていることに気づいていて、社長を恐れている」
エドウッドは肩をすくめる。
ワーズナー社長が、職工たちを監視する理由。
いくら考えても、思い当たることはない。
「今からでも、面談の場所を変えますか?」
ガートルードはエドウッドの顔を見ながら言った。
職工たちがそんなに社長を恐れているなら、盗み聞きされる事を恐れて、この会議室では素直に話してくれないかもしれない。
なにか話したいことがあっても、この部屋では聞き出せないだろう。
「いや……」
エドウッドは小さく首を横に振る。
「今から……急に、場所を変えると言い出すのは、不自然だ。こちらが……怪しんでいることに気づかれたら、社長の態度も非協力的になってしまう、かもしれない」
「そう────ですね。それでは、どうなさいますか?」
ガートルードの問い返しに、エドウッドは少し考えるように首をかしげてから言った。
「聞き取り調査は、ひとまずこのまま……進めよう」
「でも、それでは────」
社長の監視を恐れたまま、聞き取りを進めることになってしまう。
こくん、とエドウッドはうなずいた。
「恐らく、当たり障りのない回答しか集められないと……思う。
でも……」
言いながら、エドウッドはアタッシュケースを開けた。
中からタイプライターを取り出し、机の上に乗せる。
「それはそれで、職工たちがなににおびえているのか……なにを話したがらないのかを、知ることができる……かも、知れない」
「────なるほど」
ガートルードはうなずいた。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「お待たせいたしました」
ワーズナーの声。
ガートルードが会議室の扉を開くと、廊下に立っていたワーズナーが恭しく頭を下げた。
「本日が休みの職工たちを集めて参りました。他に手の空いている者にも、今声をかけさせているところなので、じきに集まってくるでしょう」
「お手数をおかけいたします」
ガートルードは丁寧に会釈した。
(この社長が────)
なにを隠そうとしているのか、なにを口封じしようとしているのか。
それは、わからない。
それでも、エドウッドならきっと暴いてくれる。
ガートルードは、顔を上げた。
ワーズナーは相変わらず作ったような笑顔で立っている。
「それでは、面談を開始いたしましょう」
その日の聞き取り調査が終わったのは、日がだいぶ傾いた頃だった。
一人ずつ手の空いた職工を呼び出してもらい、職場の様子や待遇、生活のことなどを細かく聞いていく。
いつも通りの仕事だった。
その日予定していた最後の一人が部屋から出ていくと、入れ替わるようにワーズナー社長が入ってきた。
「お疲れさまでした。いやあ、工場監督官というのは随分と大変なお仕事ですね」
「いえ」
相変わらずの笑顔を見せるワーズナー。
ガートルードは小さく頭を下げながら、そっとその表情をうかがった。
どこか作ったような印象を受けるのは初めからだが、そこからなにかを読み取ることは難しかった。
聞き取り調査に使った道具や書類をカバンにまとめながら、ふと窓の外に目をやる。
作業棟に向かう人影が、複数。
そういえば紡績機の音も鳴りやんでいない。
「まもなく、深夜組と交代する時間なのですよ」
ガートルードの視線に気づいたのか、ワーズナーは言った。
「もちろん、工場法の規定は守っておりますよ。深夜業は16歳以下の者はさせておりません」
「それを聞いて安心いたしました」
ガートルードが笑顔を作って見せると、社長も同じような笑顔で返した。
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