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 ガートルードが口をつぐんでいると、エドウッドは窓の外に見える、敷地を囲むレンガの壁を指差しながら言った。


「まず……外壁が、やけに高かった」

「外壁、ですか?」


 ガートルードもそちらに目を向ける。


 工場の外周をぐるっと囲う、レンガの壁。

 町はずれに似つかわしくない程、しっかりした造り。


「官製工場、の名残でしょうか?」

「いや……たぶん、違う」


 エドウッドは静かに首を振る。


「建物はとても豪華、なのに……レンガの壁は、装飾もなく無骨、だ」

「そういえば────そう、ですね」


 窓から見える外壁は、ただレンガを積み上げただけの壁。

 しっかりした造りではあるが、敷地内の建物と比べて装飾はないし、豪華さはない。


「これは、推測……だけど」


 レンガ壁を見ながら、エドウッドは続ける。


「レンガの外壁は、あとから作られたもの……じゃ、ないかな。

 ……もともとは、きっと鉄柵か植栽かわからない。敷地の外から敷地内が見えるように……なっていたんじゃないか」

「外から、ですか?」


 ガートルードも窓のそばまで行く。

 レンガの壁の下の部分には、セメントかなにかで作られた土台が見える。


「この建物は、3階建てだ」


 敷地内の別の建物を指さしながら、エドウッドは言った。


「しかし、2階からだと……外壁のせいで外がほとんど見えない」

「そう、ですね」

「中庭も……外壁に囲まれているせいで、窮屈になってしまっている。

 ベンチが置かれたりして……もともとは、もっと公園のような雰囲気、だったんじゃないか」


 ワーズナー社長に案内された中庭の様子を思い出しながら、ガートルードはうなずいた。

 小道が整備され、木陰やベンチがある中庭は、外壁さえなければ庭園のような雰囲気だったはずだ。


「それと……あの守衛、だ」

「守衛────ですか?」


 大きな門扉のところにいた、若い守衛たち。

 退屈そうにあくびをしていたのを覚えているが、特に変わったところは思い当たらない。

 ガートルードは首をかしげた。


「夜の人がいない時間なら、わかる。

 でも……昼間の、人のいるこの時間に……門を二人で警備する理由、だ」

「二人で、ですか」


 確かに、侵入対策なら門だけを警備しているのはおかしい。

 少し考えてから、ガートルードは言った。


「ここは町から離れているので────襲撃者対策、でしょうか」


 工場は広い敷地が必要なのと、騒音がでるために人里離れた場所に建てられることも多い。そのため、警察が駆けつけるまでに時間がかかることがある。

 そのため、郊外にある工場の金庫を狙った強盗事件というのは、なくはない。

 ふむ、とエドウッドはうなづいた。


「それなら門の外にいるのはおかしい。……門の外にいたら、真っ先に襲われてしまう。

 おそらく彼らは、門を開け閉めするためだけに……門の外にいたように見えた」

「社長が来る時間に合わせたのでしょうか?」

「そこが……不自然、なんだ」


 人差し指をおでこに当てながら、エドウッドは言った。


「そもそも、朝の人が出入りする時間なのに……門扉が閉まっていたことが、不自然なんだ。

 社長が出入りするときだけ開ける、ということは……それ以外はずっと、閉まっている、ということだ」

「────どういうことでしょう?」


 ガートルードは首をかしげる。


「これも、おそらくだけど……あの守衛たちは、外からの侵入者や襲撃者に備えるためのもの、じゃない。

 内部の労働者たちに向けたもの、じゃないだろうか」

「内部────?」


 守衛が、内部の労働者を警戒する理由。

 ガートルードは、思い当たる理由があった。


「脱走の防止、ですか?」



 工場での仕事は、たいていの場合それほど難しいものではない。

 慣れは必要だとしても、紡績機械を動かすだけなら、基本的には誰でもできる。

 そして、機械が多ければ多いほど、人手があればあるほど、多くの糸を紡ぐことができる。

 そして、工場の利益は、紡いだ糸を出荷することで得る。

 必要な経費は、土地や建物、機械の購入費と維持費、魔法鉱石の購入費、糸の材料になる繭の購入費、そして人件費。

 このうち、魔法鉱石や繭の単価は、どこの土地のどこの工場でも大差はない。


 しかし、人件費は大きく違う。

 通常、工場は多くの労働者を集めるために、賃金を多くしたり、寮や食堂などの施設を用意して宣伝する。

 似たような仕事をするのなら、より良い待遇で働ける工場を選ぶのはあたりまえだ。

 しかし、それには限度がある。

 賃金を上げれば工場の利益は減るし、寮や食堂は作るのも維持するのもお金がかかる。

 だからといって、賃金を下げたり待遇を悪くすれば、職工たちはその工場をやめて他の工場に行ってしまう。


 どうにかして経費を減らし、かつ利益を上げるために、一部の工場経営者は強引な手段に出た。

 工場の敷地内に労働者たちを閉じ込めたのだ。

 紡績工場で働くのは大半が女性だったし、食事も睡眠も減らされ体力のない労働者を力で押さえつけるのは簡単だった。

 もちろんそんなことをすれば噂はすぐに広まり、人を集められなくなってしまう。

 そこで、遠い土地────東の大陸から、何も知らない亜人族デミヒューマンを連れてきて奴隷同然の待遇で働かせたのだ。


 もちろん、こんなことをすればせっかくの労働力がひとつの工場で使いつぶされてしまう。

 奴隷同然の扱いはよその国からの非難を浴び、国としてのメンツもつぶれる。

 なにより、極端に安い価格で作られた糸や布が出回れば、まともに経営している工場が大打撃を受ける。

 だから工場法では強制的な労働は厳しく禁止されている。

 しかし隠れてそうした強制労働を行う工場も、まだ残っていた。


 そうした工場を摘発するのも工場監督官の仕事でもあった。


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