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 その昔。

 魔法とは、魔法使いと呼ばれる者たちの間にだけ伝わる秘術だった。


 魔法は、クオリアと呼ばれる精神エネルギーを術式と呼ばれる手順を用いてコントロールすることで、発動する。

 その方法は、呪文の詠唱や手印、魔法陣など。それは一部の者にしか明かされない秘術であり、クオリアを扱える魔法使いにだけ伝えられてきた。


 やがて魔法の研究と解明が進み、術式がクオリアにどう作用するのかが判明していった。

 術式と同じように、あるいはより効率的にクオリアをコントロールする方法が発見され、機械的に再現する道具が生み出された。

 そして魔法鉱石によって、いつでもどこでも魔法を発動できるようになった。


 まず、生活に役立つ魔法から優先的に解読されていった。

 火を起こす魔法。明りを灯す魔法。

 そこから、糸をつむぐ魔法や遠くのものを見る魔法、痛みを消す魔法など、様々な魔法が解読され、解読された魔法の術式は魔法道具で再現された。

 魔法は、秘術から便利な道具へと変化した。


 もっとも、全ての魔法が解読できたわけではない。

 術式が解読できないものもあるし、解読できても技術的に再現が難しいものもあった。

 物理的にものを動かしたり力を加えたりする魔法は比較的簡単に再現できたが、人間の精神に影響を及ぼす魔法や、五感に干渉する魔法は解明が進んでいないものが多い。

 しかし、それも時間の問題だろう。


 エルフィ族は、魔法が得意という特徴を持つ亜人族デミヒューマンだ。

 ヒト族でさえ知らないような魔法をいくつも操り、その力で東の大陸に国家を形成していた。

 魔法が魔法使いだけのものだった時代、エルフィ族の国家はとても強力で、周囲に脅かされることもほとんどなかった。

 ────西の大陸から、進んだ技術と魔法道具が入ってくるまでは。



 ガートルードは静かに目を閉じ、小さく呪文を唱えた。


 魔法道具が使われているかどうかは、クオリアの流れを調べればいい。

 クオリアを感知する魔法は、エルフィ族に昔から伝わる魔法の一つだった。


 呪文の詠唱が終わると同時に、淡い光がガートルードの身体を包んだ。

 ゆっくりと目を開けたガートルードは、部屋の中を見渡した。


「……わかる?」

「はい」


 エドウッドの問いに、ガートルードは短く答える。

 この魔法は、あまり効果時間は長くない。


「テーブルの下に一つ、小さいものがあります」


 ガートルードの言葉に、エドウッドはしゃがんでテーブルの下を覗き込んだ。


「どんな魔法が使われているかは、わかる?」

「詳しくは────わかりません。が、おそらく音声を聞き取るか、記録するためのものです」

「この会話も聞かれている?」


 体を起こしながら、エドウッドが言う。

 ガートルードは小さく首を振った。


「とても小さいものなので、テーブルの周囲の音しか拾えないと思います」

「そう、か……」


 エドウッドはホッとした顔になった。


 ガートルードの身体を包んでいた光が、まるで砂が風に飛ばされるように少しづつ霧散していく。

 すっかり消えてしまったところで、ガートルードはふうっ、と息を吐いた。


 魔法を使うのは久しぶりだった。

 魔法道具が普及したこの国では、魔法使いそのものが珍しく、奇異というよりも怖れを含んだ目で見られてしまう事も多い。ガートルードが人前で魔法を使うことはめったになかった。


 ゆっくりと目を開けると、心配そうなエドウッドと目が合った。

 ガートルードが軽く笑顔を見せると、エドウッドはホッとした表情になった。


「魔法は……疲れると、聞いた」

「平気です。そんなに力を使う魔法ではありませんので」

「そう、か」


 それだけつぶやくと、エドウッドは改めて部屋の中を見まわした。

 そっけない態度にも見えるが、自分を気遣って言ってくれたことはわかった。

 あまり人に喜ばれない、魔法という力でエドウッドの役に立てたことがなによりもうれしかった。


「エドさまは────」

「……ん?」


 部屋を見回しながら、ぶつぶつとなにかをつぶやいて思案しているエドウッド。

 ガートルードは、もっとなにか力になりたい、エドウッドの役に立ちたい、という気持ちのまま、浮かんだ疑問を口にした。


「あの社長が、なにか仕掛けてくるとなぜわかったのですか?」

「んー……」


 エドウッドは少し悩んでから、短く答えた。


「作業場が……静かだった、から」


 そう言われて、ガートルードは作業場で感じた違和感を思い出した。


 工場での作業は、基本的には単純なものだ。それを長時間、ひたすら続けるのに、無言というのはとてもしんどい。たいていは、作業場のなかでおしゃべりをしたり歌を歌ったり、その程度の自由は許されている。

 そして機械はそれなりに音が出るため、声も必然的に大きくなる。だから作業場の周辺はわりと賑やかになることが多い。


 しかし、この工場の作業場はとても静かだった。

 はじめは、社長が入ってきたからだろうか、と思ったが、そもそも作業場に入る前から機械の音以外は聞こえてこなかった。


「確かに、妙でしたね」

「それだけじゃ、ない」


 ガートルードのつぶやきに、エドウッドは首を横に振った。


「この工場は、おかしな点だらけ……だ」

「おかしな点────」


 ワーズナーに工場を案内してもらっている間、確かにずっと違和感のようなものは感じていた。

 静かすぎる作業場、親切すぎる社長、他にもいくつか、他の工場にはない、不自然さのようなものはあった。


 ガートルードは、それをはっきりと言葉にできないでいた。



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