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 工場には、いくつもの建物がある。

 置繭庫から魔法鉱石倉庫、紡績機の技師たちの作業小屋、生糸の検査を行う検査所。

 工場労働者、つまり職工たちが集団で暮らす寮や、家族で暮らす者たちのための社宅まである。さらに診療所や勉強するための学問所、食堂や大浴場まで、敷地内で暮らしていくために必要な施設がほとんどそろっていた。


 エドウッドとガートルードは、ワーズナーの案内でそれらを見て回った。

 一か所一か所を丁寧に、それがどれだけ労働者のことを考えて維持運用されているのか、官製工場時代にどれだけ豪華に作られたのかを解説された。


 一通り見まわった後も、ワーズナーはまだ他の工場内の施設を案内するつもりだった。

 しかし、半分は工場の施設の自慢話、残りの半分は整備にかかった費用の話がメインになりつつあったので、ガートルードは言葉を選びながら丁寧に断った。


「そろそろ、聞き取り調査に移りたいのですが」


 遠慮がちなガートルードの言葉に、ワーズナーは一瞬残念そうな顔をしたあと、すぐに笑顔に戻った。

 

「でしたら、応接室をお貸しいたしましょう。このあたりは町はずれで他の建物はほとんどありませんし、工場の敷地内の方が職工たちも顔を出しやすいでしょうから」


 にこやかに言うワーズナーに、ガートルードは一瞬返事をためらった。

 提案の内容はたしかにありがたい。

 そのほうが休憩時間の短い者たちも呼べるし、そのぶん聞き取り時間を長くとれる。


 ただ、ガートルードは得体のしれない違和感を、ずっと感じていた。

 普通はどこの工場も工場監督官にあちこち見られることを嫌がるものだ。

 好意的な経営者もいないわけではないが、ワーズナー社長のようにここまで協力的だと、さすがに不自然さを感じる。


 ちらっと横に目をやると、エドウッドと目があった。


(エド様は、どうお考えなのでしょうか────)


 ガートルードの思案に気づいているのか、エドウッドは黙ったままうなずいた。

 それで、ガートルードは返答を決めた。


「ありがとうございます。ご協力感謝いたします」


 ガートルードが頭を下げると、ワーズナーは満足そうに微笑んだ。




 ワーズナー社長に通されたのは、敷地内で一番大きな建物の3階だった。

 来客用の会議室というだけあって、室内はかなり広く調度品も豪華。床や壁にまで丁寧に装飾が施され、窓からは遠くの山や川の流れが見える、景色の良い部屋だった。


「この部屋はしばらく使う予定はないので、ご自由にお使いください」


 ワーズナーは部屋の扉のそばにあるスイッチを押した。

 部屋の天井に吊り下げられている魔法鉱石照明が点灯し、部屋の中が明るくなる。


「それでは私は下の事務室におりますので、なにかあったらお声がけください」


 それだけ言うと、ワーズナーは深々と頭を下げ、扉を閉めて出て行った。


 ワーズナーの足音が遠ざかったのを聞き取ってから、ガートルードは改めて部屋の中を見まわした。


(────自由に使っていい、とは言われたものの)


、この部屋にあるのは十数人は座れそうな大きなテーブルと、等間隔に並べられた立派な装飾のイス。

 確かに豪華な調度品ではあるものの、事務的に聞き取り調査を行うのには、あまり向いていない。


(さて────どうしましょうか)


 もっとも、聞き取り調査は基本的には話ができればそれで十分なので、ここで出来ないわけでもない。

 エドウッドがタイプライターを置く程度のスペースは十分にある。

 問題があるとすれば、テーブルが大きすぎて向き合っての会話がやりにくい、ということだろうか。


 とりあえずイスだけでも並べておこう、とガートルードがイスを動かし始めたところで、エドウッドが手を上げてそれを制止した。


「エド様?」


 ガートルードが首をかしげると、エドウッドは部屋の隅に歩いていく。

 とりあえずイスを置いて、ガートルードは追いかけた。


「ルー……」


 部屋の角の隅まで来たところで、エドウッドが小さな声で言った。


「どうか、なさいましたか?」

「……この部屋の中に、照明以外の魔法道具があるか、調べて欲しい」

「魔法道具────?」


 はっとして、ガートルードは振り返って部屋の中を注意深く見まわした。

 部屋の中に、それらしいものは見当たらない。

 しかし、なんとなく感じていた違和感の答えになるかもしれないという、確信のようなものがあった。


(やはり、エド様もあの社長になにか引っかかるものを感じておられたのか)


 自分の勘がそう外れたものではなかったことに、ガートルードはホッとしていた。


「やってみます」


 そう言うと、ガートルードはしずかに目を閉じた。



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