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事務所のある建物のすぐ隣に、左右に長くのびる建物があった。
そこは運ばれてきた蚕の繭を保管するための倉庫になっていて、通路の左右が巨大な部屋になっている。
その建物にはいくつも扉があり、中庭側からどこからでも入ることができた。
中庭は、工場には似つかわしくない程に丁寧に整備されていた。
周囲を外壁に囲まれているせいでどこか窮屈にも見えるが、造り自体はまるで庭園のような雰囲気だった。
あちこちに座って休めるベンチがあり、木陰の間をぬうように小道が通っている。
「中庭は、職工たちの休憩場所でもあるんですよ」
案内をしながら、ワーズナーが解説する。
ずっと狭く暑い作業棟にいる職工、つまり工場労働者たちの癒しの場として、国がかなりのお金をかけて整備したらしい。
こういうところが、官製工場の名残りらしい。
中庭を歩いていくと、また2階建ての建物が見えてくる。
ワーズナーはその建物の入口の扉を開けた。
中から、むわっと熱気の籠った空気が流れ出てきた。
機械の動く騒音が天井の高い室内に響いている。
「広いでしょう?ここが繰糸所、紡績機の置かれている作業場です」
作業場の中を、エドウッドとガートルードを先導しながらワーズナーが言う。
「官製工場時代の建物をそのまま使っているので、天井がとても高いんですよ。おかげで最新の紡績機を導入するのも簡単でした」
そう言いながらワーズナーは天井を指さす。
ダクトが縦横無尽に天井を這い、巨大な換気装置が熱気を外へ逃がしているのが見て取れる。
「もちろん、換気システムも最新のものです。工場法の指針に従って労働環境の改善も行っております」
「なるほど」
目線を戻せば、ガシャガシャと音を立てる紡績機の間に糸を取る女工たちがずらりと並んでいる。
その間を、ワーズナーは足早にどんどん歩いていく。ガートルードとエドウッドは後に続いた。
「ここで働く女工たちはみんな経験5年以上のベテランばかりなんです」
すぐそばを通り過ぎるときも、女工たちは振り向きもせず、一心に機械の操作に集中している。
文字通り一言も発さない様子に、ガートルードは違和感を覚えた。
(社長がいるから、真面目にふるまっているのでしょうか────)
それにしては妙な緊張感に包まれている気がする。
どんどん先を進んでいくワーズナーに、ガートルードはそっと声をかけた。
「労働者の勤務時間の管理はどのようになっているのですか?」
「実は、便利な魔法道具を手に入れましてね」
作業場の中央付近まで来たところで、ワーズナーは立ち止まった。
ちょうど紡績機械が並ぶ間の通路が交わるところで、左右の突き当りは外へ通じる扉が見える。
その扉の方へ歩きながらワーズナーは続けた。
「手をかざすと、かざしたものの名前と時間を記録してくれる便利な魔法道具なんです。それを使って、作業の開始時間と終了時間を記録させているんです」
突き当りの扉の前まで来ると、ワーズナーは箱のような道具の前で立ち止まった。
そして、箱の横に置かれているカードを手に取る。
「このカードで一人ひとり、何時に仕事を開始して何時に終了したのかを記録してあります。賃金もこれを基に計算しています」
ガートルードは、差し出されたカードを受け取って、じっくりと眺めた。
名前、日付、時間が簡潔に記録されていて、しかも文字が読みやすい。
ほとんどの工場では、出勤と退勤は手書きで記録されている。
そのため時間が適当だったり、間違っていたりすることもある。中には数字をかけない者もいて、他の者が時間を書き留めていたりすると、本人が思っていたのと違う時間が書かれることさえある。
それに比べれば、この魔法道具ははるかに正確だし、簡単に使うことができる。
「これは、確かに便利な道具ですね」
「はい。一日の労働時間が12時間を超えないように、しっかりとチェックしています。工場法の改定があっても、これなら遵守できますからね」
ワーズナーは少し得意そうに言う。
「その他にも、休憩所や食堂、診療所といった設備もあります。官製工場だったおかげでそうした部屋はあらかじめ用意されていましたし、我々としても工場労働者────いわゆる職工たちに、安全に健康に働いて欲しいという思いがあります」
ワーズナーは扉を開け、そのまま外へ出た。
ガートルードとエドウッドも、それに続く。
「ここでは家族と共に移り住んできた者も多いので、寮のほかに住宅の貸し出しもしています。そちらもご覧になりますか?」
「よろしければ、ぜひ」
ガートルードが言うと、ワーズナーはうなずいた。
「ではご案内いたしましょう」
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