赤い鳥
千織
見たら恋に落ちる鳥の踊り
権太は優しね男だけんども、嫁がいねくて、探してらっだのす。
ある日畑っこいじって、帰るとごろで妙な男に会ったのす。
その男ば、帽子がら黒い布が垂れでで、顔が見えなくで、背っこば低ぐで道に立ってらず。
「見かけね格好だなす。どごがら来たず?」
と声かけだけば、
「街から来たけども、面白せ品物を持っでらよ。見るが?」
と言って、帽子の男は鳥籠を見せだのす。
真っ赤な羽に黒いくちばし、翼の端が黄色と青でぎらぎらど派手な鳥だったのす。
「何たら珍しい鳥だべ。だどもおら鳥には興味がね」
と、権太が言うと、
「ただの鳥じゃねぇのす。この鳥の踊りを見ればたちまち恋に落ちる不思議な鳥だなす。もし好きな
「そげな不思議なごど、あっか? たかが鳥の踊りじゃねが」
「まあまあ、信じられねのはわがっけども、試しに連れでってみろ? 夫婦になれだらばお金ばもらうすけ。効果はあるのす。だがらおらはこうして鳥が踊り始めでも見ねように布被ってらだ」
なるほどと権太は思っで、嫁が欲しがったこどもあっで、鳥ば持って帰ることにしたのす。
権太が家で鳥ば見でらば、鳥は小首かしげだり、毛づくろいしてらども、一向に踊る気配がね。
そのうち、友人の三郎が来だのす。
三郎は村長の息子で、同い年じゃけん、仲がいがったのす。
「あんやきれぇな鳥だずな。
「生ぎでるのよ。この鳥ば踊ると、恋をするんだず」
三郎は大いに笑っだ。
「すっだら馬鹿げだ話があるが。まさが買っできだんじゃながべな。鳥が踊って嫁が来るなぞ信じられね。賭げでもいいじゃ」
「んだば勝負さするべ。今がら娘っこ連れでくら。これでその娘っこがおらの嫁さなるなら、おめは負げだじゃ」
「構わねよ。そげなおとぎ話、あるはずね。見ものだな」
三郎は馬鹿にしたよんた目で権太を見だのす。
したらば、この日に限って娘ば会えねがっだ。
賭けに負げたくねくて連れで来ねと思われんべと思って、むつっとしたけども、しかだねぐ帰ったど。
家さ入るど、三郎ばこちらの戸に背を向げで座っでらったど。
いづもなら、声の一つもかげでくれるのに、こちらを振り向きもしねで、黙っで座ってらじゃ。
「三郎、どうしたのじゃ。
権太がそばさ行ぐど、赤い鳥こさ翼を頭の上さあげで、くるくる回ってらんだ。
「鳥が踊ってらじゃ。けども女子がいね。もったいねがったぁ」
権太は悔しそうに言っで、三郎を見たず。
三郎はぼうっと、鳥を見でらじゃ。
「なじょした三郎。大丈夫だが?」
と声をかげると、三郎は権太を見たのじゃ。
「権太、おらおめのことが前から好きだったじゃ。夫婦さなるべ」
「何を言ってらじゃ。おらどが夫婦になれるわけながべ。血迷うな」
権太は笑っだが、三郎は笑わね。
三郎は権太さ掴みかがったなす。
「やめろじゃ三郎!」
驚いだ権太は三郎をつき飛ばしたっけ、倒れだ三郎は、鳥籠さぶつかったのよ。
「権太ぁ、おら本気だじゃ! わがってけれ!」
三郎が起き上がって、なお向かって来るすけ、権太は怖ぐねって、家から飛び出したなす。
後ろを振り返ると、三郎が走って追っかけてくるのす。
権太は走って走って、森の中さ入ったず。
三郎は細身じゃけ走れねど思ってらけど、こっちさ一目散に走って来たのす。
「権太ぁ! なして逃げるじゃ!」
三郎が叫んでらのが怖くて怖くて、走ったじゃ。
♦︎♦︎♦︎
しばらぐ走って、隣町さついで、知り合いの旅籠さ入ったのよ。
「なじょした権太? 血相変えで」
女将が言ったど。
「あのな、女将さん。三郎がおがしぐなっだのよ。おらを尋ねで来たら、知らねふりしてけろ」
女将は意味はわがらねがったが、権太を奥の物置きさ隠したど。
しばらぐしたら、外の方で騒ぐ声がしたのよ。
男の大声と女将の声。
他の男らの大声もして、徐々に怒鳴り声になってったのす。
権太が戸の隙間から外を覗くと、三郎が暴れでらのす。
「権太ぁ! おらの権太はどごじゃ! 権太を出せぇ! おらの権太を隠すよんたば、おめら殺してでも探すじゃ!」
三郎はどごがら手に入れだんだが、包丁持っでらず。
男らが取り押さえようとすっけど、細っこい三郎とは思えねほどの力で、男らをつき飛ばすのよ。
あわや女将が刺されそうになって、権太は飛び出したのす。
「三郎! やめるのす! おらはこごさいだ! 傷つけるのはやめでけれ!」
そう叫んで、三郎の前に出だのす。
「権太ぁ、なしておらの前がら逃げだのす……。もう離れねでけろ……」
三郎は包丁ば投げ捨てで、権太に抱きついだのす。
♦︎♦︎♦︎
権太は三郎をなだめすかしで、二人で村さ帰っだのよ。
三郎はにっこにこして、権太の腕さ絡んでら。
家さ着くと、中にあの男がいだのす。
権太は文句を言ったなす。
「何てものを寄越してくれだのよ。おらの友達はぁおがしぐなって、おらのこどを好きになったんだど。何とかしてけろ」
「おがしぐなったのでねす。それはその男の本当の気持ちだなす。元々おめさんのこどが好きだったのが、鳥ば踊り見で恋さ落ちだのよ」
「そげなごど言われでも困るじゃ。何とがしろ」
「何ともなんね。その男の、おめさんさの熱が冷めねば」
権太がちらりと三郎を見るど、三郎はまだにっこにこして権太の目を見つめだのす。
「泣きてじゃ、おら」
権太が言ったなす。
「ところで、あの鳥ばどごさ行ったのよ」
男に訊かれで見ると、鳥籠が倒れ、籠の扉が開いてで、鳥ばいながったず。
「まさが、逃げだんだべが!」
権太は青ざめだんだ。
「そしたら代金払ってもらわねば困る」
男が言った金額がこれまた高ぐて、とでも権太には払えそうにねがったのす。
「そったら大金払われね!」
「んだば、おめさの内臓売ってでも金ば用意してもらわねばおらも困るじゃ!」
と、男がすごんだなす。
あんなおっかね鳥を売ってらぐらい怪しい商人だば、本当に内臓ば取れそうだ、と権太は思って半泣きになったのす。
すると三郎が言ったじゃ。
「おらが金ば出す。おらの大事な権太を傷つけるのはやめでけろ」
そう言った三郎の声は、本当に穏やがだったなす。
「んだばいい。おらは金さえもらえれば」
と、男は納得したんだず。
♦︎♦︎♦︎
権太は三郎と一つの家で暮らすようになったど。
権太は金借りだごどもあって、まず仕方がねと思ってらが、三郎があんまり権太を好きだと言うがら、徐々に三郎にも情が湧いできたず。
「三郎、なしておらのことば好きと言ってくれるのじゃ。鳥がいなぐなっでがら、かなり経ってらぞ」
「権太のことは、前から好きだったのよ。言ったら嫌われるべど思っでな、言わねがっだのよ。でもな、もし他の女子が鳥の踊り見で、おめど夫婦さなっだら堪えられねど思っでよ、自分の気持ちば抑え切れねがっだのだ。金のためだけんども、今、おらは権太と暮らせで嬉しいのす」
三郎はそう思ってらっけども、権太は金ば返し終わった後も三郎て暮らしたなす。
逃げだ赤い鳥ば、森にいるのす。
見れば恋が叶うと言われでら。
でも、誰ど行ぐがは気をつけねばなんねよ。
赤い鳥 千織 @katokaikou
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