第4話 エルフの森

綺麗な声には見合わないような言葉が木の上から降りかかる。その敵意の出し方から直感的にこの村に来るまでいた大木の並ぶ場所を思い出した。

声の主の顔を見たいと思うがこちらを気押す雰囲気のせいで顔を上げることができず目線が木下に倒れているダークエルフのクロエに留まり続ける。

「挨拶は?」

木の上から高圧的な声が再び降りかかる。

「ただいま。母さん」

横で顔をあげる音がし、エルドワがいつもの調子とは違う硬い声で返事をする。

だがそこには聞き逃すことのできない言葉があった。

母さん?エルドワのお母さんということか?

威圧感によって下げさせられた頭が反射的に木の上に上がる。

木の上には優雅な姿勢でくつろぎこちらを見下ろしているエルフがいた。

確かにどことなくエルドワに似ているような気がする。

ただ目だけはエルドワの優しい瞳ではなく、きついこちらを見下している目だった。

「なぜ母である私に挨拶をする前にダークエルフの村によっているの?しかも人間を連れて。私が他の方々になんて言われているのか知っているの?知ってるわよね。知っているのにそんな態度をとるのね」

「・・・・・・」

エルドワは母と呼んだエルフの顔を見たまま何も言わない。

「早く家に帰っていらっしゃいね。その汚れたものを置いて」

そういうとエルドワの母は木の中に潜り込むように消えた。


「クロエ大丈夫か?」

「大丈夫ですエルドワ様。擦り傷程度ですのですぐに治ります」

クロエは体をさすりながら起き上がり他のダークエルフの元へといく。

「エルドワあのエルフって・・」

「うん。俺の母さん。今日はいないって聞いてたんだけど・・なんかあったんかな。ごめんな巻き込んじまって。」

「僕は大丈夫ですけど・・エルドワはお母さんのとこへいくんですか?」

「まあいかないけんやろうね。ちょっと時間もらっていい?ウィズはここにいて」

「僕もついていきま「いやここにおっとってほしい」

いつになく暗い顔でエルドワが言葉を遮ってくる。

「わかりました」

エルドワは僕の返事を聞くと服を脱ぎ、半裸になる。そしてここにきたのと同じように髪を少し切り妖精を呼び出してどこかへといってしまった。


取り残されてしまった。

周りのダークエルフの目が痛い。やっぱり無理やりついていくべきだったのだろうか。エルフ語はある程度わかるがダークエルフ語は訛りがきついのかあんまりわからないしどうすればいいのだろう。

今いる場所をくるくると歩きながら悩んでいると、怪我の手当をしたクロエがこちらにやってきた。

「ウィズ様。エルドワ様から何度か聞き及んでおります。よろしければおもてなしをさせていただきます」

「すみません。ありがとうございます」

渡りに船と思いながらクロエについていく。適当な客人用の家を案内されるのかと思っていたが普通に長老の家に案内された。それは聞いてない。


対面にほとんど動いていない長老が座り横にクロエが座る。

き、気まずい。

全く知らない人の家に上がり込むというのはかなり緊張する。商談の時ならまだしも僕自体にはここに用事はない。長老とクロエが何か話でもしてくれればいいのだが2人ともこちらをじっと見たまま何も話さない。

赤色の目がこちらを見ている。4つの赤い目に見られることでなんだかモンスターに狙われているような気がしてくる。額から汗が流れてくる。


「エルドワって皆さんとは仲がいいんですね。」

流石に堪えられなくなりとりあえず無難な質問をする。

質問をクロエが聞くとクロエはダークエルフ語に翻訳し長老へと伝える。

長老はふむふむと頷き、何かを思い出すように中空を見上げ口を動かす。

「人間の言葉というのはこれで・・・・・かの」

「人間の言葉というのはこれであっとるのかの」

長老が間違えた部分をクロエが修正しながら翻訳をする。

「おぉ、懐かしいの人間の言葉を話すのは久しぶりじゃ」

あんた人語喋れるんかい!

言葉の通じない相手との会話から言葉の通じる相手との会話に難易度が下がる。

ほっと一息つきながら次の長老の言葉を待つ。

人語が使えるとはいえ思い出しながら使っているようで少しテンポが遅い。


「エルドワはの、わしの孫なんじゃ。そいでクロエはエルドワのいとこじゃの」

ダークエルフの長老の孫。

他のダークエルフから敬称をつけられていたり、長老とかなりフランクに話していたのはそのせいだったのか。

それにしても「クロエさんとは結構年が離れてるんですね」

エルドワは見た目が20代後半ぐらい。逆にクロエは10代後半ぐらいだ。

10歳離れている従兄弟がいることは珍しくないかもしれないが彼らはエルフの一族なので見た目以上に年が離れているはずだ。

「いやいやこやつらは我々には珍しい同い年じゃよ。エルドワはエルフとドワーフのハーフじゃから成長がクロエに比べて早いんじゃな」


エルフとドワーフのハーフ。エルドワが防御魔法や要塞を備えているドワーフの街へと行くアイテムを持ち、尚且つ妖精魔法を使える理由がやっとわかった。

そうなってくると彼はとてつもなく珍しい存在ということなのだろう。

なぜならば森と共に生きるエルフと地下で生きるドワーフはとてつもなく仲が悪い。

生きている場所が全くといっていいほど違うので衝突する可能性は限りなく低いがいざ衝突するとなると必ず教科書に載るといっていいほどの戦争を引き起こす。

そんな戦争の最中、エルドワの父母は出会ったのだろうか?それとも人間の街などのフェアな場所でお互いに交流を深めたのだろうか?

失礼な話だが先ほどの威圧的な様子を見せたエルドワのお母さんからはそんな意識は毛ほども感じることができなかった。実際人間である僕は差別されたわけだし。

とはいってもエルドワの才能は凄まじい者なのだろう。エルフとドワーフの力を

存分に使えるのだから。


その後も長老とクロエとの話は弾んだ。

いろんな話をしたがその中でも驚いたのはエルドワとクロエが許嫁であるということだった。エルフやダークエルフは元々の人数自体がかなり少ないのでこういった親戚同士での婚姻は珍しくないらしい。人間の王族のようなものかと思ったが逆にエルフやダークエルフの中でも人間で言う王族にあたるハイエルフは近親婚的なものはしないらしい。理由としてはそもそも寿命が長すぎて結婚をする前に近親者が先になくなるのでどうしても血筋の薄い者との結婚になるらしい。

それにしても見た目もじゃもじゃのおっさんエルドワと子供的な要素も抜けていないクロエとの婚姻は何かいけないようなものを感じるが同い年だからセーフなのだろうか。


話も終わる頃うわさのエルドワが妖精魔法を使って帰ってきた。

いつもなら陽気な笑顔でいろんなことを話してくるが今日は違うようだ。

もじゃもじゃ頭でもわかるほど血管が浮き、緘黙かんもくでどすりとあぐらをかき床を見ている。めちゃくちゃ怖い。いつもは明るいし優しいので気づかなかったが

2mで筋肉質な体から暴力的なオーラが出てきているのがわかる。僕だけじゃなくエルドワを見にきた他のダークエルフたちもびっくりしたようですぐさま自分の家に帰ってしまった。長老とクロエも何も言わない。


耳が痛くなるほどシーンとした部屋で正座をしているとエルドワが突然フーッとため息をついた。

「じじなんかお酒ない?」

「ここはダークエルフの村じゃ。そのようなものはない」

「エルドワ様。お酒ならあります」

長老がエルドワをたしなめようとしていた矢先にクロエの横槍が入る。

クロエは家の奥へと行き戻ってくると、木の器に並々と赤い液体を入れて持ってきた。エルドワは器を受け取り一息に飲み干すとクロエに礼をいった。クロエはとても嬉しそうな顔をしているがその様子を見て長老は苦笑している。


「クロエよ。そういうことをするからエルフの方々から目をつけられるのじゃ。わしらはダークエルフ。ただえさえナイフや弓など加工品を使い狩猟をすることで「汚れたエルフ」と呼ばれておる。その上食事にまで加工を施すようになれば今後わしらの立場は危ういものとなる。いずれ族長となる身なのじゃ、もう少し慎んだ行動をするように心がけなさい」

長老の叱責をクロエは重く受け取ったのか表情を引き締め言葉を咀嚼した。

その様子を見て長老が頷いていたが今度はエルドワが横槍を入れた。

「エルフの奴らにそんなことを言われる筋合いはない!」

言葉と同時に手に持っていた器を床に叩き落とす。衝撃は凄まじく床に歪んだ器がめり込んだ。

その場にいたものは驚き口を開け、放心状態となったが長老が他2人より早く平常心に戻りエルドワに言葉の真意を聞いた。

「どういう意味なのかの。エルドワや」

「そんままの意味よ。あいつら酒はおろか、薬物にまで手をだしてやがる!!」

平常心を取り戻した長老が再び驚きの表情となった。あまりの驚きに手が震えている。

「どっどういう意味じゃ、エルドワや。本当の話か!?」

「ほんとだよ」

怒りを発散させたのか顔をあげいつもの笑顔ではないものの蔑むような表情をエルドワは浮かべていた。

「最近始祖エルフがいなくなったていうのは知っとるよね?」

知らない。がとりあえず話を聞く。

「始祖エルフがおらんくなったことで森全体が弱ってきとるらしい。そのせいで森の加護が薄れてモンスターとか他の種族から守りきれんようになっとる。その中でも人間が侵略をしてきそうな雰囲気を出しとったけん森の一部をケシバラの畑にすることで不可侵条約を結んだ。畑で栽培したケシバラは元々人間相手に輸出するだけやったらしいけど、なぜかエルフの間でも流行とるって」

「そ、そそんなことが!?」

長老ががっくりと頭を落とす。お年寄りが悲しんでいる姿はとても痛々く、目をそむけてしまった。


ケシバラ。始祖エルフとやらは知らないがこの植物の名前は知っている。

とても綺麗な白い花を咲かせ茎の部分に棘があることで有名だ。

しかしその花を手に取り棘が刺さったが最後、その生き物の人生は終わることとなる。生き物の肌に棘が刺さるとケシバラは快楽物質を含む毒を流し込む。この快楽物質はこの世の幸福の頂点と言われるほど凄まじいものらしい。ケシバラの毒が入った生き物は多幸感に包まれその場でぐったりとする。やがて多幸感はなくなるが毒には中毒性があり、中毒症状に陥ったものはまたケシバラの毒を求めて棘を自分の肌に突き刺す。そのループを繰り返し完全に動けなくなると生き物の体は土へと変える。そうして翌年あたり一面にケシバラの花が咲く。

古代から医療目的に使われていたが最近人間社会ではケシバラの乱用が問題視され、国際的にケシバラの取引や栽培は禁止された。医療目的での使用禁止のおかげで回復魔法が発展したという面もあるが微々たるものだ。

そんな禁止された当時は権力者と市民のどちらもに中毒者が多く、抵抗も激しかったと聞くがそれよりも問題視されたのはケシバラの繁殖力だった。栄養の少ない場所や気候の悪い場所でも群生することができるのでその駆除にはかなりの労力が割かれたらしい。


所持しているだけで極刑物だがここ最近人間社会全体でまた取引が起き始めているという噂があったが全てはここで行われていたのか。

確かにエルフの森はケシバラを隠しながら栽培をするのには適しているだろう。

ケシバラの販売価格はかなりのものなのでエルフ側は森を守るため土地を貸し出しているとはいえキックバックも相当なはずだ。残念なことにキックバックは国際社会でのエルフの森の自立という目的には使われず、天国へのチケットとなっているようだが。


エルドワが戻ってきた時のように静かな状態が部屋を包む。

「エルドワどうするんですか」

「いったん姫に聞く。話はそれから」

エルドワが帰宅の準備を始めたので急いで荷物をかき集めて立ち上がる。

妖精魔法でゲートが作られると長老とクロエが不安そうにエルドワに話しかけていた。エルドワは2人の不安そうな姿を見て流石に落ち着いたのかいつも通りの話し方でお別れを言い、ケシバラへの対策も付け加えた。

2人に見送られゲートをくぐるといつもの拠点の石碑の前についていた。

あたりはすっかり暗くなっており墓地の雰囲気を深めていた。

とはいっても何度も利用している場所なのでさっさと石碑手を合わせ呪文を唱え階段を降りる。


今日は色々なことがあったので疲れた。調子を取り戻したエルドワもどこか

眠そうにしている。

広間につくとお互いにおやすみと挨拶をし、自分の部屋へとつながる横穴へと向かう。眠気が体を回り始め、思考がまとまらなくなってきていたが、部屋の前にたどり着くことができた。

回らない頭でいつものように防御呪文を解除しようとするが防御呪文は敗れていた。

ため息をつきながらドアを押し、中に入ると考えてた通り半裸の先輩が僕のベッドで目を閉じてくつろいでいた。

先輩は部屋に入るなり体を起こし目をあけてこちらを睨んでくるがそれは無視し、ポーチの中をまさぐる。目的のペンダントを見つけそれを取り出し、先輩の首元にかけてそのままベッドに飛びこみ眠った。

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