回復
「良かった。気がつかれましたね」
僕の顔を真正面に見つめる少女の顔がある。頭の中にかかっていた靄を、いや砂煙を振り払って経緯を思い出す。
彼女は僕が石化の呪いを解いた、石の都の生存者だ。
「どうぞ、もっとお水を飲んでくださいな」
そういえば、喉の渇きがいくらか癒されている。思い出せないが、気を失う前に水を飲むことができたようだ。
僕の口元に、小さな石の器が差し出されている。元々どんな素材で作られたのか知らないが、この器は石のままでも困らないな……と些末なことを思う。
それより、彼女は水を何処から見つけて来たのか? 疑問はすぐに解けた。彼女の抱えていた壺は元は水瓶で、石化を解いたときにその中身も水に戻ったのだ。
「君のぶんはあるのかい?」
「いまのところ私は大丈夫です。幸い……といいますか、石化した時は喉が渇いていませんでしたので。それより、貴方様のご回復が第一です」
彼女の声に混じって、くるる、と音が聞こえた。聞かれたことに気づいたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「さっき、食べ物が石化したのを見つけたんだ。戻して一緒に食べよう」
「は、はいっ」
二つの足音が通路に響く……しかしそれは大広間に入ったあたりから僕のだけになった。
振り向くと、少女は呆然と立ち止まっている。僕は先程わずかな食糧袋しかないがらんどうの部屋を見たばかりだが、彼女の記憶にあったのは全く違う光景だったようだ。
「ここは避難所でした……」
少女の声が震える。
「わたしは通路で……石になったまま……いろんな人や物が盗み出されるのを見ていました……。こんなことだろうと分かっていましたが……やはり目の当たりにすると……」
わっ、と堰を切るように突っ伏して泣きじゃくる。この遺跡が街だったのは数百年前のこと。長きにわたる彼女の孤独を思えば正気を保っていたのは奇跡的だったのかもしれない。
僕は肩を抱いて支えていた。
彼女の呼吸が落ち着くころを見計らってそっと離れ、食糧袋から二つの果実の石化を解いた。赤い林檎だ。
「辛くても、食べなくちゃ。ほら」
二人して林檎を齧っているうちに、少女は笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます。以前と変わらずお優しいですね、オーレウス様。サフィールは……私は嬉しゅうございます」
やはりというか何というか、彼女が僕を慕っている風な理由がはっきり分かった。遺跡時代の知己と間違えていたのだ。
僕の名前はケイ。
そしてオーレウスなる人物は我が家の祖先だ。
彼女と我が先祖オーレウスはどのような間柄だったのか……分からないことだらけだ。
僕のなすべきことは、なるべくこの遺跡や滅亡の経緯について調べ、そしてもちろん、彼女を連れてどこかの街へ辿り着く算段をすることだ。
彼女が僕を信用しているうちに出来るだけのことをしなくてはならない。
(続く)
石の都 蘭野 裕 @yuu_caprice
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