出会い
こうなると好奇心が疲れを吹き飛ばしてしまった。
僕の足はまだ動く。砂漠より石畳の道をゆくほうがよほど歩きやすい。遠からず飢えと渇きで死ぬとしても、そのまえに少しでも伝説の実物を探ってやろうじゃないか。
それに、僕も魔術師のはしくれだ。得意分野は魔法解除と地味だし魔力も残り少ないが、もしかしたら……食糧を見つけて「戻す」ことが出来れば生き延びられるかも!
やがて、大きな建物の出入り口が開いているのが見えた。やっと日陰に入れる。
通路を少し行くと、開きかけの扉。
どうせ無人と思いつつ一応警戒しながら開けて入ると、窓のない部屋は暗く、外の照り返しのひどさが嘘のよう。
目が慣れてくるにつれて、この部屋は広いがいくつかの石の塊しか無く、しかし向こう側の壁にも扉があるのが分かった。
その扉を開けるとまた通路……奥のほうに人のような形がみえる。
もちろんそれは動かぬ石像だが、近づいてみると造形の妙に思わず息を呑んだ。
……もしや、石化された人間では?
壺を抱えて歩いて、いや駆けているような体勢をした乙女の像である。華奢な腕は壺の重さに強張り、あどけなさの残る顔に焦りが窺える。
ふと思い立って僕はがらんどうの広間に戻った。石の塊のうち一つは、よく見ると果実がのぞく食糧袋の形をしている。
かつて本物の食糧だったとしたら……?
僕は魔力も体力も残り少ない。解呪の術もあと一回使えるかどうか……。
もしあの乙女がもともと石像だったなら、その一回分の魔力が無駄になる……。
しかし僕の足はよろよろと、また乙女の像へ向かっていた。
それにしても見れば見るほど惹きつけられる……いや、何か判断の手がかりはないかと観察しているだけだ。どちらの石化を解くべきかを。
やがて、像の胸元で衣服に埋もれかけているペンダントと似た図形を何処かで見たことに思い至った。
僕は背嚢の奥から家系図を取り出した。生家で地図と重なるように収納されていたもので、何に役立てるあてもないが形見のように思えて携えていた。
やっぱりだ!
父方も母方も魔術師の家系である僕の、何代前か数えるのも覚束ない遠い先祖に、あの像のペンダントと酷似した紋章を用いる家の出身者がいる。
この像は石化した少女で、しかも魔術の素養がある人物に違いない。
彼女に賭けると決めた。
倒れるな。呪文を唱え終わるまで。
いや、彼女が息を吹き返すまで。
やがて乙女は瞳の輝きを、頬の赤みを、声を、動きを取り戻した。
「……さま。お会いしとうございました」
僕が倒れずに済んだのは、彼女が胸に飛び込んできたからだ。
まるで待ちわびた恋人のように……。
助けたからと言っても、会ったばかりでそんな都合の良いことがあるものか。
けれど、石の都でただ一人の生存者が僕を歓迎してくれたことが心から嬉しかった。
(続く)
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