第165話 分裂

「柊くんと、野田くんが辞めるってときに、田口部長がいろいろやらかしたじゃない?」

「あぁー……あったなぁ」


野田は遠い目をした。


「あのときは大変だった」

上田はプルケを飲みながら言った。


「内容証明なんて、初めて送ったよ」

「労働基準監督署に是正勧告まで出してもらうことになったからな」

「え!? そんな大事になっていたの?」


翔太の長い人生経験においても、退職時にここまで揉めたケースはなかった。


「それで従業員の待遇を見直す意見が、大野副部長から出始めたんだけどさー」

田村はテキーラを飲んでいた。

翔太は彼女が強い酒を飲むのは初めて見た。


「田口が強行に突っぱねたのよね……自分だけの都合で会社を辞めるとは何事だって……辞める理由なんてクビじゃなかったら、自己都合しかあり得ないでしょ!」

上田はその当時を思い出し、怒り心頭だった。


「今の事業部は田口派と大野派で分裂し始めているんだよ」

「えっ! そうなの!?」


この情報は上田は知らなかったようだ。

田口はコールセンターなどのオペレーターの人材を管理しており、大野は講師とエンジニアを管理している。

事業のセグメントが違うため、翔太が知る限りではこれまでこの二人が衝突することはなかった。


「大野さんが待遇改善派ってこと?」

「そだよ。具体的には大野副部長の部下は有給が認められやすくなったんだ」

「認められるも何も、会社は拒否できないんだけどな……」


野田は「相変わらずだな」と呆れていた。


「結局、辞める人は増えているんだけど、田口部長の部下ほうが辞める人は多いみたい」

「急に飯がうまくなったわ。これを肴に何杯でもいける」


上田の機嫌が反転して良くなり、残ったプルケを一気飲みしていた。


(これはチャンスだな……)

「柊、悪い大人の顔しているぞ」

「え? ホントに?」

「悪代官みたいだったよ」


翔太は野田と田村に指摘されるまで、自分の表情に自覚がなかった。


「柊が考えていることは手に取るようにわかるわ」

「お前ら、いつの間にか仲良くなってるな」

「「はあぁ!?」」


***


「うわっ……結構下がってんな……」

「柊は何を見ているんだ?」


翌日、マンスリーマンションの一室で翔太は株価をチェックしていた。


「アクシススタッフの株価だよ」

「何かあったのか?」

「あったと言えばあった」

「でかした、柊!」

「あ?」


石動は小躍りしそうな勢いで喜んでいたが、翔太にはまったく心当たりがなかった。


「柊が辞めたとき、アクシススタッフを空売りしてたんだ」 ※1

「はぁっ!?」


⚠─────

※1 俺と俺で現世の覇権をとりにいく 79話 https://kakuyomu.jp/works/16818093081647355813/episodes/16818093089747248681

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