第166話 火事場泥棒

「これを機に、一気に攻めちゃう?」

マンスリーマンションの一室で、上田は意気揚々と言った。

議題はエンプロビジョンの経営戦略だ。


「どしたん?」

「アクシススタッフの退職者が増えていると言ったろ?」

「あぁ、言っていたな」

「その辞めた、もしくは辞めようとしている社員を取り込もうと思っているのよ」

「うわっ……エグいこと考えるな……」


石動は上田にドン引きしていた。


「実際にできるもんなのか?」

「給料をちょっと上げて、ちゃんと休みを取れるようにすれば引き抜き自体はできるかもな」

アクシススタッフの実情を知らない石動に翔太が説明した。


「子会社に行きたくないというプライドがあるんじゃないか?」

「まぁ、あるだろうな……子会社だけどな」

「でも雇用条件がよくなるなら、いいんじゃないの? もともと大した会社じゃないし。

そもそも、エンプロビジョンを知っている社員が少ないわよ」


上田は楽観的だった。

(上田の交際相手は一流企業ばかりなので、感覚が麻痺している可能性もあるな)


「アクシススタッフと顧客との契約が切れたタイミングで、エンプロビジョンとの契約に付け替えられればベストね」

「絵に描いた餅じゃないのか?」

「顧客からしたら同じ人材の所属が変わるだけだから、残るは会社の信用力ね」

「上田はアクシススタッフの信用が落ちかけているから、チャンスだと思っているんだよ」

「お前ら息ピッタリだな」

「「はぁ!?」」


翔太としては不本意だが、それは上田も同様だろう。


「そうした場合、リスクは何だ?」

「固定費が増えるな。アクシススタッフの従業員は正規雇用労働者だ」

「給与と社会保険か……」


常時雇用者または、月の所定労働日数が常時雇用者の四分の三以上である従業員は社会保険に加入する。

社会保険は健康保険と厚生年金保険を指し、事業者は折半した金額を負担することになる。


「エンプロビジョンのオフィスを拡張する必要があるわね」

「それも固定費かぁ。改めて思うけど、人を雇うって金がかかるなぁ」

「客先に常駐している従業員しか雇わないなら、なくてもいいかもしれないぞ」

「会議や研修をする場合は?」

「会議室を借りればいいんじゃないか」

「うーん……そうねぇ。席が必要なのは管理職と営業くらいだし」

「エンプロビジョンに出社するくらいなら、有給を取ってもらえばいいんじゃないか」

「それよ! アクシススタッフの社員なら、間違いなく喜ぶわ!」

「お前らひどい会社にいたんだな……」


固定費の大半は人件費と家賃だ。

その片方がなくなるだけで、利益率は大幅に改善する。


「とは言え、プロジェクトが終わって契約が切れたり、顧客から突っ返された人材は抱えておかないといけないな」

「次の常駐先が見つかるまで、翔動うちの仕事をやってもらえばいいんじゃないの?」

「そうなると、この場所じゃ足りないな……」

「「……」」


三名はワンルームマンションの一室を見回した。

翔太は居心地のよさを感じており、それは後の二人も同様ではないかと表情から推察した。


「また、白鳥不動産のお世話になるか……」

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