第167話 不発弾
「なるほど、スライドのテーマを映画に合わせているんですね」
「うわあぁっ!」
グレイスビルの休憩室で神代の基調講演の資料をチェックしていた翔太は、耳元からの声に驚いた。
「綾華、いつの間に」
翔太は気配をまったく感じさせずに近づいてきた白川に驚いた。
当の白川はいつもどおりの優雅な所作で、艷やかな髪をかきあげながら画面を見つめていた。
(近い近い……)
頬が触れ合うくらいに接近しており、翔太の心拍数は跳ね上がっている反面、白川は平然としていた。
(あれ? 気の所為かな?)
翔太には白川が以前より、大人びているように見えた。
一見すると成人していると言ってもおかしくはないくらい、落ち着いた雰囲気が漂っており、貫禄すら感じられた。
彼女のトップアイドルと言われている類まれなる容姿が、さらに洗練され、美しさを凝縮させていた。
「神代さんはどんなお話をされるんですか?」
白川は声も以前よりも大人びているように感じた。
「メインの話は霧島プロダクションの IT分野に対する取り組みだけど、映画のことや業界の動向についても触れているよ」
「柊さんの会社で使われている仮想化技術についても語られるんでしょうか?」
「あ、そのトピックは
翔太は驚きを隠せなかった。
翔動がベータテストで公開しているユニケーションは、ユーザーから見たら内部の構造はわからないはずであった。
「最近は父や兄の事業について、色々と教わる機会が増えました」
「なるほど、白鳥……さんからの情報か」
(あっぶねー、石動と同じ呼び方をするところだった)
白川は少し考えた後、意を決したように言った。
「あの……私もこのイベントに参加したいです」
「……へ?」
翔太は固まった。
あまりにも想定外の発言だが、白川は冗談を言う性格ではないことを翔太はよくわかっていた。
「それは一参加者として?」
「はい、そうです」
「知っているかもしれないけど、チケットは完売しているぞ」
「スポンサーチケットがあるはずです」
「詳しいな、おぃ」
どうやら白川はWeb Tech Expoにかなり関心があるようだ。
「チケットは融通できるが……問題はそこじゃないのはわかっているよな?」
以前、翔太は白川からPawsのコンサートのチケットを譲り受けていた。
したがって、チケットを渡すことは
(そもそも価値が全然釣り合っていないんだけどな……)
しかし、神代がイベントに参加するだけでも会場の大混乱が予想される中で、白川まで会場入りしたら、どんな展開になるのか翔太には想像もつかなかった。
会場内に不発弾が見つかったほうが、まだマシな騒ぎと言えるだろう。
そして、そのくらいのことは白川も重々理解しているだろう。
「私も変装はできます」
「なるほど……でも、会場はすごい人だかりになるぞ。万が一にでも何かあったら――」
「綾華の警備は任せてください」
「うわぁっ! いつの間に」
白川のそばにはマネージャーの黒田が控えていた。
黒田の本職はマネージャーではなく、白鳥家側の人員だ。
彼女が問題ないと断言するならば、なんとかできてしまうのだろう。
「私はイベントに不慣れなので、柊さんにエスコートしてほしいです」
「さらっと要求を吊り上げてきた!」
イベント当日、翔太もスポンサーブースに張り付く予定である。
それを抜けるためには相当な理由がないと許されないであろう。
「ただとは言いません。対価として――」
「ぐぬぬ……」
白川が提示した条件は、抗いがたいものだった。
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