第2話 ようこそ新世界!

「うわあああ?!!!マジで落ちてんのこれ?!!!あれ場面転換的なのじゃなくて?!!!」

「やかましいぞ舞空」


 上空500m、元少年の少女達は自由落下していた。着地までの時間はおおよそ10秒。持ち物は先ほど配られた何枚かのプリントと纏ったTシャツとスポブラとスパッツ、以上。状況の打開になりそうなものはない。唯一幸運な点があるとすれば下が湖であることくらい。「なるほど、運否天賦だな」と音無は失くさないようにだけプリントを強く握り腕組みした。


「随分余裕だな音無?!」

「こういうのはなるようにしかならないからな。それに、メタ読みすればこんなところで死ぬはず無い」

「うわあああ!!!死にたくない!!!死にたくないんだけどまだ!!!」


 悪あがきする球体関節人形の舞空はさておいて、残りの少女達は残りコンマ数秒で水面に突っ込む覚悟をする。そして彼女らはどぼん、どぼんと見事な水しぶきを上げて入水した。そして水の中で目を開けられないせいで真っ暗な視界の中、音無は色々と後悔していた。「やっぱり水泳はサボらない方が良かったな」とか「そもそも湖は湖だけど岸遠かったな」とか「これギャグ時空臭いな」とか。そろそろ走馬灯でも見るか、と考えていたところで、彼女の身体をニュルンとした触手が捕らえ、水面の方へ引き上げていった。


「……ぷはっ」

「おっけ、無事だね音無!」

「助かった、芳賀。それで、これがお前の固有スキルってやつだな」

「多分ね!」


 そう言って芳賀はプカプカと浮かびながら背中の方から伸びた、タコの足みたいな吸盤付きの触手で次々と落下した同級生達を回収していく。思ったよりも早い順応に少し驚かされつつも大人しく回収される9人。そして全員を触手で絡め取った後に芳賀はすいーっともう慣れた感じで離れた岸の方へ泳いでいった。


◇◇◇


「あー、助かったぁ……」

「お疲れ様、舞空」

「いやこっちのセリフだからそれ……」


 そう言いながらも寝かされた舞空はぴゅーっと飲み込んでしまった水を噴水のように吐き出す。舞空と並んで一部からはアンドロイド娘の軍畑を心配する声も上がったが、どうやら完全防水だったらしく「全然余裕でした」と彼女はちっちゃくピースしてみせた。


「服はびしゃびしゃだけどねー」

「やっぱり透けブラだね、時代は」


 「実に悪くないと僕は思うよ」と音無は満足げに笑う。そして「お前は少しくらいブレろ」と濡れた髪を掻き上げて眼鏡を外す沙上に「珍しいな?」と尋ねると彼女は「あいにく視力が戻ったみたいでな」と口惜しげにTシャツの胸元に眼鏡を掛けた。


「それで問題は……」

「……ああ、これだな」


 そう言って彼女達は一斉に同じものに目をやった。なんでいるのか分からない、彼女らの中心で気を失っている自称女神に。「起きろー」と時雨が頭をぺしぺしすると、彼女はおもむろに目を覚ました。


「ったぁ……転生位置ミスったぁ……」

「いやミスじゃないが」

「女神だろ」

「いや、もう人間なんだよねぇ」


 少し恥ずかしそうに頭を掻く女神。「は?」とそれを囲む少女達はにわかに目を見張った。「どういうことだ?」とデカ女引野が問い掛けると「それが……」と彼女は事情を明かした。


「ほら、なんか神話ってたまに「人間にされて罪を償う」みたいなエピソードあるじゃないですか」

「ああ、スサノオみたいなやつか」

「まあそんな感じです。その話聞いて私思ったんですよ。「あ、その程度で良いんだ」って」

「おいこいつマズいタイプの思考回路だぞ」

「罰金払えばいいと思ってるタイプだ?!」

「やっぱ神ってカスだわ」

「それで、ひらめいたんです。「あ、TS美少女転生させまくってその世界で人間堕ちして百合眺めよ」って」


 その時、全員の思考が一致した。「あ、こいつ拗らせてるぞ」と。そして女神が語り出すTSの魅力。その途中で分かったのは、どうやら彼女の手によって話し方なんかには調整が加えられているという事実だった。まあそんな気はしていたとうなづく一行。「なら少し良いか」と沙上が手を挙げた。


「いくつか質問がある」

「あ、別に答えられることなら良いですよ」

「まず、「私達は死んだ」、これは合ってるか?」

「うーん、ちょっと違います」

「トラック突っ込んできたのに?」

「あれ一発お陀仏な気が……」


 少女達が言うと、女神は「それに関しては異世界転生のシステムから説明しますね」と腰を据えて話し出した。


「まず異世界転生ですけど、あれ死にません」

「……は?」

「まあそんな反応にはなると思いますけど、死にません。あれは人間が死ぬ相当のエネルギーを使って魂だけを違う次元に飛ばす、みたいなやつなので。トラックは長年の研究で一番エネルギーの消耗が少なかったり効率が良かったりするだけです。何故か」

「そこ判明してないんだ……」

「河豚の白子みたいなもんです。だから、あなた達はまだ死んでません。私の神パワーがあればあそこまで戻せます」

「じゃあすぐにでも……」

「あ、それは無理です。言ったじゃないですか。私今人間ですよ」


 「皆さんには私の神パワーが戻るまで付き合ってもらいますよ」とぐへへと笑う女神。なるほど、この分類は限界OLだぞ、と少女達は顔を見合わせる。


「……分かった、どれくらいだ?」

「うーん、まあ10年で戻れば御の字ってところでしょうか」

「?!」

「なっが……」

「だって償いってそういうものですよ。……あ、安心して下さい!皆さんには私の神エッセンスがかなり配合されてるんで不死じゃないけど不老ではありますから!」

「これは神の恩寵」

「ギリシア神話過ぎる」

「宇宙的恐怖じゃなかったの?」

「ちなみに神パワー戻ったらなんか恩恵あるの?生き返れる以外で」

「そうですね……あ、皆さんって今いくつでしたっけ?」

「17」

「高3」

「今年受験です」

「さっさと生き返らせろ」

「なら高1まで戻してあげます。意識そのままで」

「マジで?!」

「本当か?!」

「良いんですか?!」

「それくらいはお礼しますよ、流石に。神ですし」


 流石に2年のアドバンテージがもらえるとなれば目の色が変わる少女達。「なんとか神殺しは避けられましたね」と女神は胸を撫で下ろす。そんな中で音無は首を傾げた。


「っていうか、もし女神さんが死んだらどうなんの?」

「あ、諦めて下さい。どうしようもないです」

「は?!」

「え要介護?!」

「はい。だって人間ですし。償いで人間に堕ちてるのにそんなおまけとかないですよ。転生とかは人間の特権です。私させる側なんですから」


 「これヤバくないか?」「ヤバいな」「ええっと、これは……」と再び顔を見合わせる少女達。「だから、今の私よりよっぽどハイスペックなあなた達が助けて下さい。私のこと」と女神は開き直った。

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男子高校生を集団TS異世界転生させた話。 あるふぁせんとーり @AlphaSentauri

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