花王の笛

千織

笛の音が聞こえたら鬼が来る

昔々、一果月いちかづきという高貴な身分の男がいたのす。

ある日牛車で通りを過ぎだどぎ、小さな童がいたんだど。


女とも男とも見えるめんけかわいい子で、一果月は声をかげだのす。


うぬお前はどこの子ぞ」


どこにもあらねどこでもない。親はなし」


童の声はぁ鈴が鳴るようにかわいらしぐで、一果月はそら大変気に入っで、童を屋敷さ連れでったのす。


頭けずって髪をとかして、きれぇなべべ着せだのよ。

童は、透き通るよんたような白い肌っこして、髪は柔らかくて、か細い体をしてらんだず。

あんまりかわいがらっで、一果月は自分の子さするごどにしたんだず。



童は男の子だっだずども、見目がいいがら時には女子のべべも着たっだど。

それもそれでめんけくて、とにかぐ一果月は童から離れね。

どごさ行くにも童を連れて、朝から晩まで一緒にいだのす。


出会ったどごに桜が咲いでらっだがら、一果月は童を花王と名付けで呼ぶようになったのす。


一果月は花王さ笛を習わせだなす。

小さな口で息を吹ぎ、細っこい指を器用に動かしでら様はいじらしくで、暇せあれば、一果月は花王さ笛を吹かせだど。

いづの日からが、一果月のとごは笛屋敷と呼ばれるようになったず。



ある日のごど、いづものように一果月が花王の笛を聞いでらど。

月が屋敷の池さ映るくれ明るくで雲一つもねぇ日で、二人は中庭さ面したどごにいだっだず。


するど、屋根の上から影が降って来たんだず。

一果月はびっぐりしでよぉ、何事ぞ、と叫んだのす。


見れば庭の真ん中さ、着物着た見目のいい男が立ってらんだど。


「その童はこちらのものぞ。連れて帰らん」


「何を言う。花王は一果月の子ぞ。渡さむ渡さない


主の大声を聞いで、家の者が出てきたんだず。

曲者ぞと言い合って、刀を抜いたんだなす。

それでも男は動じねどうじない


一人が斬りかがったらば、男はふわりと宙を舞ったのす。


あななんと、これはおがしねどおかしいぞ

あの男は化け物に違いね。


と、男衆は思っておののいでらば、その隙に男は花王を羽衣さくるんで担ぐど、山さ翔び去って行ったのす。


♦︎♦︎♦︎


一果月は怒り狂ってよ、大金はたいで強者をたくさん呼んだのす。

街の知恵のある年寄りとしょりさ行っで、童がどこさ連れて行がれだが聞いだのす。


だばならば、山さいる月の鬼っこだべ。あの山さは草も木も生えね岩が剥き出しになっでらどごがあるず。そごによ、不思議な刀が刺さってらんだず。刀が月の光を浴びるど、そこがらなんともいえね美しい男が生まれるんだずよ。んだが、それは鬼なんだぁ。一緒にいでいたいなんてのは考えねぇに越したこどはね」


年寄りは諌めだが、一果月の怒りはおさまらね。

男衆に刀や弓を与えでよぉ、山さ入っだのよ。



年寄りの言う通り、岩ばっかりのどごを見つげで、刀が刺さってるのも見えだんだず。

その周りさ数人の月の鬼がいで、その中に花王もいたず。


一果月は小さな声でよ、男らに鬼を射るように言ったなす。

力自慢、弓の名手を集めだのす、木陰から何本も真っ直ぐに矢は飛んで、次々に鬼に刺さったのす。


鬼らは驚いで逃げるのもいれば、武器を手にとったのもいで、男衆はかかっできた鬼さば、さらに弓を引き、刀で斬りつけたのす。


その隙に一果月は花王に駆け寄ったなす。


のかわいい花王。うぬお前が場所はの屋敷ぞ。帰らん帰ろう


一果月は花王の乱れだ髪を手で直してやって、花王の手を引いで山を降りたず。



一果月は花王が再び連れで行がれねようにど、山の中の洞穴に扉をつけで、簡単には切れね鎖で足を繋いで、自分と見張り番以外には誰にも見られねようにと、花王を隠したんだど。


一果月は、男童女童のかわいらしいべべをたくさん買ってぐのす。

んだども、一向に大きいべべは買わねのよ。

あの童ば育たね育たないのだべが、と街の人は怖がったけども、一果月があんまり嬉しそうにしてらので、聞くに聞けねがっだず。



そのうち、一果月は花王と暮らすと言って、屋敷から消えでしまったず。

時々、遠くから笛の音のよんたようなのが聞こえたらば、街の人ば、「花王の笛だ。鬼が花王を探しに来るがもしんね。帰るべ」と言って恐れだなす。



飛び抜げで美しかろうものや役立つものは、はぁ人の心を無くさせるものだなす。

おもせがらっで興味本位で、そばさ置くでねぇよ。

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花王の笛 千織 @katokaikou

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