終わりの独白
奥村 葵
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あーあ、嫌になっちまう。
「何が」だって?何がだろうね、私にも良くわからないってんだから、嫌になっちまうよな。本当。
「生きるのが嫌なのか」だって?そうなのかな、どうなんだろう。
私としてはさ、ただ何の問題も抱えず、普通に、呆れ返るほど平凡な日常を送れるなら、それで良かったんだよ。
普通に、平凡に。ごく当たり前のように存在していながら、どこにも存在しないよな。教えてほしいもんだよ全く。
「何かあったのか」だって?そうだなあ。例えば、今日はいつも起きる時間から五分遅れて起きちまって、支度に手間取った事とか。
ほら、見てみろ。この寝癖。整える時間が惜しかったから、そのままなんだ。そうそう、横の髪。逆立っちまって元に戻らないんだ。
上へ上へと、空を目指しているみたいだよな。あはは、持ち主によく似ているよ。
何?「その程度で嫌になるなんて甘い」って?いやはや、その通りだよ。
でもさ、私ってやつはどうしようもないぐらい、生きるのに不向きらしいから、仕方ない。あはは。
質問がある。“人生”って何だと思うね。
ふむふむ、「抽象的すぎてわからない」か。あははは。いやすまない、そりゃそうだ。
じゃあ、聞き方を変えようか……。
そう……。君にとって“生きる”とは何だね。
ふむ、「自分の夢を叶える為に研鑽の日々を重ね、苦労という果てのない、そして美しい旅路を築く事」と。ははあ、感心だ。
返事が少し遅れた辺り、言葉を選んでくれたのだろうな。いやあ、感服だ。
何?「大して最初の質問と変わらないから、返事に困っただけ」だって?おっと、これは失礼。じゃあこれは、なんとか捻り出してくれた君なりの答えというわけだ。有り難く受け取ろう。
しかしすまない。この答えは“感心”が出来ても、“関心”は持てない。私にとってこの答えは大きすぎてね、私の小さな手じゃ掴めないんだよ。あはは。
ん?「お前にとっては何なのだ」だって?
敢えて言うなら……。そうだな…………。うーむ、うーん…………。
………………わからないな。あはは。
結局のところ、“生きる”というのは、人によってその意味も価値も尊さも儚さも何もかも……。どこをどう比べても違うのだろう。ため息を吐いて項垂れてしまう程に。
そして私は“生きる”ってことが甚だ全くこれっぽっちも理解できていない。そういう種類の人間なんだ。ほら、生きるのに向いていないだろう?
「そんな人はごまんといる」か……。じゃあ、あれだ。中でもより可哀想な種類だ。あはは。
きっと私以外の人は、そのうち何かしらの答えを見つけるのだろう。そうして彼らは語るんだ。
やれ人生観や、成功体験、後光が刺すかのように輝かしく美しい有り難い話を饒舌に。
夢を叶えた奴らなんかは、その尊さを語ったり、その旅の過程を奇跡的な軌跡だと語り、御涙頂戴の素晴らしいフィルム映画のように、我々に見せて観せて魅せてくれる。
ああ素晴らしい。あまりに惨く残酷すぎて、涙が溢れて止まないや。
そのフィルム映画の輝きはとても魅力的な光だ。そりゃそうさ、本人たちの輝かしい命が齎した軌跡……。君が言うところの、苦労が築く美しい道なのだから。
かたや私なんてどうだ?人生がわからない、何も成し得ていない、夢なんてそもそも無い。
ははあ、こいつは傑作だ。まるで光をより輝かせる為の影。それそのものじゃないか。
光ってのは、影が濃ければ濃いほど輝かしいもんなんだ。目を覆いたくなるほどに。
光あるところに影あり。つまり、私みたいな存在がいるからこそ、彼らはより一層輝けるというわけだ。
私みたいな影は、その光を極端に嫌う。同時に羨む。そんな矛盾を抱えた存在なんだ。
あの輝かしい光を羨望の眼で直視しちまう。そうして目が焼けちまう。何も見えなくなっちまったら、道を踏み外しても当然だな。あははは。
お?ははあ……。つまり私にとっての“生きる”というのは、彼らを引き立てる為という事になるのか。なあるほど、漸く理解できた。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
あーあ、嫌になっちまうな。
ん?ああ、その通りかもな。
嫌なのは自分、私自身ってことだ。
ただ残念、こんな喜劇は誰にもウケないだろう。だからさっさと、幕を下ろすことにしよう。
どうせ誰も見ていないんだ。自問自答もこれで終わり。
私は私を終わらせる。終わりだ、終わり。何もかも。
いやはや、疲れた疲れた。
うむ、最初からこうしておけば良かったのかもしれないな。あはははは。
終わりの独白 奥村 葵 @okmr_aoi
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