第8話 これからもずっと
電源を入れ、パソコンを起動する。
見慣れた画面が映し出され、いつも通りの手順でゲームを開始する。
まだ、始めてないか。
俺はフレンドのタブを開き、オンライン状態のプレイヤーを確認する。ハナ姫と書かれたタグの横にはオフラインと書かれており、まだ今日は始めていないことが分かる。
俺は訓練場のマップを選択すると一人でゲームを開始する。彼女はよく寝坊するので、彼女がゲームを始めるまではいつもここで時間を潰していた。
大丈夫。前と同じようにここで待っていればあいつは来てくれる。きっといつも通り寝坊したとか言って、ヘラヘラ笑いながら入ってくるんだ。
パキッと乾いた音と鈍い感覚が右手の方から伝わってきた。画面から目を離し、そちらに目を向ける。目を向けた先では力を入れすぎたせいか少し軋んでしまったマウスが自分の右手に収まっているのが見えた。
何やってるんだ俺は。
俺は仕方なくそのマウスの接続を切ると、机の引き出しから予備のマウスを取り出す。あまりマウスを変えることはないのだが、今回のように意図しないタイミングで壊れてもいいように予備は保管してある。こういった小さな事が後々大きな障壁になったりするものだ。
俺は新しいマウスのBluetooth接続を開始する。ちょうど設定画面を開いてるというのもあり、久々にあいつとプレイするので俺はあいつの声量に合わせた音量調整も今してしまうことにした。基本設定の所から音量調節に飛び、ボイスの調節メーターを弄る。
あいつの声量どのくらいだったっけ。
最近は彼女と遊ぶことができず、誠達とばかりしていたせいか適切な音量をすっかり忘れてしまっていた。
まぁ。このくらいでいいか。
音量調節のメーターを大体の場所で決め、ゲームに戻ろうとしたその時だった。
「やっほー!!久しぶり!元気してた!?」
ヘッドフォンから流れ出る爆音が頭の中に響きまくった。急に聞こえた大音量のあいつの声に俺は驚きヘッドフォンを思わず放り投げてしまった。
鼓膜と頭が割れるように痛い。俺は投げたヘッドフォンを拾い上げるとすぐに音量調節の画面を開いた。
「あれ?もしかして聞こえてない?おーい。もしもーし。聞こえてたら返事して頂戴よー!」
前と何も変わらないあいつの声。たが一週間ぶりだったからか心なしかとても懐かしく感じる。
そんなことを思いながらも俺は自分のマイクをONにする。
「あぁ。大丈夫だ。こっちもしっかり聞こえてるぞ。」
「お!良かったぁ。聞こえてなかったらどうしようって思っちゃったよ。」
彼女の声色は一週間前と何も変わりはなく、彼女の様子も特段大きな変化は見られない。だが、この一週間彼女がゲームをしなかったのは何か理由があるに違いないし、それもきっと俺のせいだ。俺が何度も彼女に対して喧嘩腰になった挙げ句、チームプレーガン無視の暴挙にまで出た。それであれば避けられるのも無理はない。
とうに伝える決心はついている。俺は彼女が話し始めるより先に口を開いた。
「あのさ!」
「んー何?」
俺が呼ぶと彼女も反応するように聞き返してくれた。
「俺ずっと伝えたいことあってさ。」
「へ?つ、伝えたいこと?急に?ちょ、ちょっと待ってよ。まだ心の準備が…!」
俺は彼女の言ってることなどお構い無しに話を進める。
「俺は小さい頃からずっとゲームをするのが好きでゲームばかりしてたけどさ、ハナ姫と出会ってからは毎日君とするゲームが楽しくて、それが当たり前だと思ってたんだ。」
「うん。」
彼女は小さく相槌を打ちながら静かに俺の話を聞いてくれていた。
「でも、それは違って俺が自分勝手に決めつけてただけだったんだ。俺は、自分勝手でチームプレーも出来ないし、怒りっぽくて、一人じゃ何も出来ない。その…だから、つまり…」
そこで言葉が詰まってしまう。言いたいことは分かっているのに口から出てこない。嫌なもどかしさを感じつつ俺は自分を奮い立たせ口を開く。
「だから、先週のことも含めて今までごめん!俺が悪かった。だから、だからもう一度俺と一緒にゲームしてくれないか。」
そこまで言うと俺は言いきったと言わんばかりに大きく息を吐く。
どれくらい経ったのだろうか。時間としては短いが俺にとってはとても長いように感じた。
俺が不安気に彼女の返答を待っていると。聞こえてきたのは予想だにしていなかった笑い声だった。
「…プッ。…あはっ。あははははっ!あはははははっ!」
前触れなく聞こえてきた彼女の笑い声に俺は唖然とする。そんな俺に彼女は必死に笑いを押さえながら喋り始めた。
「あはっ。この一週間ずっとそんなこと考えてたわけ?ンフッ。あんたって本当に馬鹿じゃないの?」
そのセリフを聞いても尚、俺はまだ理解が出来ていなかった。
「…どういうことだ?俺に怒ってるんじゃないのか?」
俺がそう聞くと彼女はまた可笑しそうに笑う。
「怒ってる?あたしが?あははっ。そんなわけないじゃん!確かにあんたにはムカつくことはあるけど、別に嫌いになるほどじゃないでしょ。確かに一週間前のあれはあたしも怒りが頂点にまで上ったけどあんなくらいじゃへこたれないよ。」
どうやら。完全に俺の思い違いだったみたいだ。
「だけどメールは既読だけついて返信してくれなかったじゃないか。」
確かに彼女の言う通りだったとしてもメールの返信くらいは出来たのではないかと思う。
「何メンヘラみたいなこと言ってるのよ。その件に関してはあたしだってこの一週間本当に忙しかったから返信出来るタイミングがなかっただけだよ。だから別にヤマキングのことが嫌いになったとか話したくなかったわけじゃないから安心して。」
俺は自分がとてつもなく大きい空回りをしていたことに気付き、自分の顔がとてつもなく熱を帯びていることに気づいた。
「そう…だったのか。俺の勘違いでごめん。」
「あはっ。別にいいよ。あたしはヤマキングのガチ謝罪聞けてめっちゃ満足したし、これからも弄り倒してくから。」
それを聞いてさらに顔が熱くなる。こっちのことなど気にもせず彼女は話を続ける。
「それにあたし達はベストコンビでしょ?たくさん喧嘩はしても決してヤマキングのことは嫌いにはならないよ。」
彼女は少し照れたようにそんなことを言うも恥ずかしさと不甲斐なさで今にもパンクしそうな倭には聞こえていなかった。それでも彼女は話を続ける。
「だからさ、ヤマキング。」
彼女に呼ばれた自分の名前ではっと我に返る。
彼女はこちらの反応を伺いつつ少しためた後に
「これからもずっとよろしくね。」
彼女は俺に向かってそう言うとパーティ招待を送ってきた。
俺は深く息を吸って大きく口を開ける。
「もちろんだ!」
俺は元気に返事を返すと彼女のパーティに参加する。その時、ヘッドフォンの奥から微笑むような声が聞こえたような気がしたが気のせいだったかもしれない。
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【てんとも!】 転校生の彼女はネッ友でした! トマトネコ @tomatoneko
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