第7話 奪われたおかず


教室には美味しそうなご飯の匂いと楽しく談笑する声が響いている。そんな中まるでそこだけを切り抜いたかのように静かな場所があった。



「そうきたか…」



長い沈黙の後、誠は一言そう言うと俺の弁当からピーマンの肉詰め一つ取り流れるようにそれを自分の口へと持っていった。



「いや、それ俺の。」



「ふぉれ、へっほうふまいな(これ、けっこううまいな)」



「ちゃんと飲み込んでから話せ。」



誠が俺の作ったピーマンの肉詰めを美味しそうに食べている。今回は意外と出来もよく、自分でも満足できるくらいには上手く作れていた。誠は口の中の物を全て飲み込むと話を再開する。



「お前料理の腕上げたな。俺がお前の彼女だったら毎日食べたいくらいだよ。」



「やめてくれ。誠が彼女だったらなんて考えただけでもゾッとする。」



「おいおい。ひでーな!」



誠はそう言いながらも、もう一個俺の弁当からピーマンの肉詰めを持っていく。



「食べ過ぎんなよ。俺の分が無くなる。」



「にしてもまさか彼女の方からゲームしようなんてメールが送られてくるとはなー。」



「おい。人の話を聞け。」



俺が言ったところで止まるわけもなく、誠はお構い無しに一個、もう一個と口へと運んでいく。どうやら相当気に入ったようだ。



「ふぉまへ、なんへかへしふぁの?(お前なんめ返したの?)」



「だからちゃんと飲み込めって。」



誠は口の中を空にすると再び話始める。



「今日の早朝に急に彼女の方からメールが送られてきたわけだが、お前は何て返信したんだ?」



「…分かった。とだけ。」



「おい。チキン野郎!お前はそれでいいのかよ!」 



「しょうがないだろ!何て送るのが正解かなんて分からなかったんだよ!」



「それは…あれだー。まずは元気かどうか聞いてその後にお互いの近況を語り合うとか色々あるだろ!」



「ご近所の朝の会話じゃねぇんだよー!それにすまないが俺は生憎誠みたいに陽キャじゃないもんでね。」



「そうは言ってもよ、彼女の方だって何か話したかったり、聞きたかったんじゃないか?」



果たして本当にそうなのか?俺は彼女に向けてもっと別の言い方をすべきだったのだろうか。先程から自分の箸がなかなか進まないでいた。



「そうそう。女の子ってそういう生き物だからね。男の子はそういうのもしっかり汲み取ってあげないと。」



気付くと誠の横には腕を組んでウンウンと頷きながら座っている凛がいた。



「いつから居たんだよ。」



「ん?さっきからずっといたよ!」



凛は元気そうに答えると、誠から箸を借りて俺のピーマンの肉詰めへと箸を伸ばす。器用に一個掴むとそれを口へと運んでいった。



「おい。それ俺のだって」



「ごめん。ごめん。見てたら美味しそうだったからさ!」



いや、それでも取ろうとはしないだろとは思う。



「んん!ふぉれ、すっふぉくほいひい(これ、すっごくおいしい)」



「おいおい、りんりん。飲み込んでから話せって。」



誠。それをお前が言うか。



「いやー、倭すごいね。こんなに料理上手かったら女の子にモテちゃうんじゃない?」



親が共働きであったり、料理をする時間もあまり取れなかったため、昔から料理は自分で作ることが多かった。そのため自分でも気付かない内に自然と料理は出来るようになっていた。



「お!りんりんもそう思うよな!やっぱり倭は彼女作った方が良いって!」



食べ方といい、話すことといいこの二人は本当に似ているなと改めて実感する。



「何度も言うが俺は本当にそういうのはいらないし、必要とも思わない。」



実際そうだ。俺はゲームが出来ていれば良かった。



…しかしそれも彼女がいたお陰だということも昨日のこともあってか俺自身よく理解はしている。



…なら尚更今日はしっかり彼女と話さないとな。



彼女との向き合いかたを色々と模索していると、目の前の二人が唐突に騒ぎだした。



「彼女作る気も無いとか倭のチキン野郎!」



「倭の意気地無し!」



「やかましいわ!」



俺にだって自分の考えがあるんだ!二人から罵倒される筋合いは断じて無い!



「ちぇっ。つまんないのー。恋人は作った方がいいよ~。毎日がとっても楽しくなるもん!ねー誠。」



「そうだぞ倭。いつまでも強情張って1人でいるより、こっちの方が断然いいぞ!」



「お前は俺の親父かよ。それにお前らが惚気てる所を見ても何も羨ましいと感じないんだが。」



俺は半ば呆れた様に二人を眺めると、軽くため息をつき、弁当へと視線を戻す。



「…なぁ、ちょっといいか。」



俺は目の前で二人がイチャつき始めそうな雰囲気を遮るように話しかける。



「どうした?倭。」



「もしかして見てたら羨ましくなっちゃった!?」



二人のムードのことなんかを他所に俺は一言。



「俺のおかずがもう無いんだが…」



弁当に残された大量の白米を前に一言だけそう告げた。結局その日の午後は口の中に広がる大量の白米の味を味わいながら授業を受ける羽目になった。

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