私の中の欲望

夏目涙甘

短編

幸せの色を決めるとするなら大多数の人は白というのだろうか。

ウエディングドレス、ショートケーキ、、etc

幸せの象徴である鳩でさえ白い。ありふれた日常を彩る「白」、、

きらきらしてて美しい。白というありもしない偶像に縋って今日も言うのだ。

「きっと大丈夫!今日だってそう言ってくれるよね?ね?その言葉は嘘じゃないよね?いつも通りの日常を過ごせるよ、きっと、きっと」と。大丈夫という呪いをその胸に掲げながら。ひたすらにこの幸せに塗りたくられた日常を壊さないためにも。

この物語の主人公である香月奈緒は常に考えていた。他の人が呼吸するのと同じようにそれが当たり前だった。

まるでそれが正しいとでも言うかのように考えることをやめたら人間じゃなくなるとさえ思っていた。気が遠くなるまで考えることを続けていたら、終わりを見つけてしまった。絶望である。人生なんてものは死に向かって歩く途中過程でしかない。結果を重視するのなら人生の結果なんてものは、全員が死でしかない。奈緒の世界は闇の中に包まれた。そんな惰性の日々を続けていた奈緒は1人の少女と出会う。その少女は白い羽根を持っている天使だった。

その少女は言ったのだ。

「私、千夏って言うの!貴方のことを救いに来たの!これからはずっと一緒だよ!友達になろう!」

奈緒は、目の前で起きた現象が信じられなかった。こんな非現実的なことがありえるのか。

否、絶対にこんなことはありえない。奈緒は無視をすることに決めた。しかし、千夏は諦めなかった。

「ねぇ、なんで無視するの?君が心の中で助けてって言うから来たのに!」

奈緒は、相変わらず否定し続ける。こんなこと現実で起きないと。千夏はそれでも諦めなかった。

「もしかして見えてないのかな?もしもーし!」

奈緒はその天使と名乗る訳の分からない少女に一日中話しかけられた。そしてとうとう否定することを諦めたのである。

「あー、もうわかったよ。見えてるよ。急に現れてなんなのさ。私は助けなんか求めてない。」

「ようやく、返事してくれた!嬉しい!私はいつでもあなたの味方だよ!今日という日が良い日になるお手伝いをしに来たの!きっと大丈夫!いい日になるよ!」

「それで?貴方の要件は何?なんもないなら帰りなさい。」

「友達になること!ただ、私の存在は人間にバレちゃいけないの…。奈緒ちゃんのための天使として配属されたから奈緒ちゃん以外にバレたらダメなんだー。」

「そう。わかったわ。友達になればいいんでしょ。なってあげる。その代わり、深く干渉しないで。バレないように手助けとかは出来ないと思って。私には無理。」

「全然いいよ!これからよろしくね!」

奈緒は未だに信じられなかった。ただ、飲み込む以外の選択肢が思いつかなかった。つまり、この瞬間だけは考えることを放棄した。

それから天使との日常が始まった。その日常はかけがえのない出来事ですごく大切なものになった。とある日は花火大会に出かけて柄にもなく花火を楽しんだ。また、ある日は紅葉を見に山を登った。やまびこをしてみたり、花を見て感想を言い合った。また、ある日はクリスマスツリーを見てはしゃいだ。その何気ない日常がすごく楽しかった。

「ねぇ、お花畑行ってみたい!すごく楽しそうじゃない?」

「千夏は本当にアクティブなんだから。いいよ。行こう。」

「えへへ!奈緒ちゃんとたくさんの思い出を作ろうと思って!すごく楽しいから!きっと大丈夫!今日もいつも通りいい日になるよ!」

「千夏はいつも私に響く言葉をくれるよね。ありがとう。」

「えー!照れちゃう!」

そんな言葉を交わした次の日、 千夏と私はお花畑に向かった。千夏は相変わらず、お花を見る度に私を見て声をかけてくる。

「ねぇ、見て見て!すごく綺麗!奈緒ちゃんみたい!」

「私は、そこまで綺麗じゃないよ。こっちの花は千夏みたいじゃない?」

「えー、ありがとう!確かに!ひたむきに咲いてるところが似てるかも!」

千夏は褒められても謙遜しない。そういうところが、私には無くてすごく眩しい。

「羨ましいな。」

「えっ?急にどうしたの?」

声に出てたことに気付いていなかった。千夏が驚いている。

「あっ、いや、えっと、千夏は私には勿体ないくらい綺麗だと思って。」

「えー、そうかな?千夏は奈緒ちゃんも綺麗だと思うよ!」

「そっか。」

素直に喜びたいのにどこか否定してる自分がいて喜べない。でも、千夏は私の事を全て肯定してくれる。愛されている。私は、千夏がいないと自分の存在価値がないとすら思うようになっていた。そんな日常が長く続かないことを知らずに。

3年後の朝、いつも通り千夏の大好きな紅茶を淹れる。きっと今日も喜んでくれる。「ありがとう!奈緒ちゃん!」と言いながら。

「千夏―!朝だよー!起きなー!」

30分経つ。何も返事がない。

「千夏?どうしたの?」

千夏の部屋にいく。誰もいない。

「千夏?千夏?なんで?どこにいるの?もしかして隠れてる?」

部屋中を探す。ベッドの下、カーテン、どこを探してもどこにもいない。窓を開けて空を見た。いた。飛んでいた。

「千夏、そんなところにいたの。早く帰っておいで!あなたの好きな紅茶、淹れてあるから!」

「奈緒ちゃん、ごめんね。バレちゃったの。これからは一緒に居られないや。」

「嘘だよ!信じない!なんで?どうして?」

「ごめん。これから天使と人間の戦争が起こるかもしれない。奈緒ちゃんは天使側についたら双方から狙われる。だからもう一緒に居られないの。ごめんね。」

「別にいいよ!私は千夏と居れればいいの!それだけで!」

「だめだよ。ごめんね。ばいばい。」

千夏はそれだけ言ってどこかに行ってしまった。私は千夏の後を追った。これで終わりたくなかったから。ただ、ひたすらに追いかけた。やっと追いついた時にはもう遅かった。

それからの悲劇は言うまでもない。見るのも辛いくらいだった。千夏は人間側の人質となり、

酷い拷問を受けていた。千夏は今にも死にそうだった。綺麗だった白い羽もぼろぼろになっていた。

「千夏!なんでこんなことに!もうやめて!」

「奈緒ちゃん、だめだよ!ここに来たらだめ!」

「たった1人の親友を見捨てろっていうの?!そんなこと、私はできない!」

「もう、私は無理なんだ。奈緒ちゃん、今までありがとう。大好き。」

「千夏、やめて!そんな冗談でしょ?千夏!千夏!」

千夏はもう応答しなかった。たった1人の親友を失った私は絶望だった。

「ねぇ、言ってよ!もう1回、今日もいい日になるよ、きっと大丈夫って言ってよ!」

ただ、ひたすらに親友だったモノに話しかけた。もう綺麗だった瞳に光を宿すことは無いのだ。何もかもが無意味だったのだ。信じなければ良かった。何も何も楽しくない。大好きだった、大切だった、それだけなのに。

「きっと大丈夫!今日だってそう言ってくれるよね?ね?その言葉は嘘じゃないよね?いつも通りの日常を過ごせるよ、きっと、きっと」

奈緒は何も無い空に向かってそう言葉を放ったのだ。

1人の少女がいた。少女は精神病棟に入院していた。そして少女は精神病棟の鏡に向かってこう言ったのだ。

「きっと大丈夫!今日だってそう言ってくれるよね?ね?その言葉は嘘じゃないよね?いつも通りの日常を過ごせるよ、きっと、きっと」と。

ありもしない天使という白い幸せを信じて唱え続けるのだ。それが幸せであることを祈りながら。ずっと、ずっと。


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