夜の空に光射す

ナナシリア

夜の空に光射す

 月渚が、校舎裏でうずくまって泣いていた。


「どうしたの、君」


 陽太が声をかける。高校初日にもう泣いてしまうようなことが起こるというのは、少し気になった。


「あなたは、誰ですか」

「一年一組の、天野陽太。君は?」

「一年二組の、天川月渚。同級生だったんだね」


 月渚は、まだ陽太のことを警戒しているらしく、距離を取ってしゃべっていた。


「泣いているのが気になったんだけど、なにかあったの?」

「出会って初日の君には、関係のないことだよ」


 陽太は肩をすくめた。


「無理にとは言わないけど、もし俺に頼りたかったらいつでも来ていいから。わざわざ俺に頼ることはないかもしれないけど」


 なんかクズ男みたいになってるな、と苦笑しながらも、陽太はその場を去った。


 一人取り残された月渚は、呆然と立ち上がり、その場に立ち尽くした。


「あの人、優しそうだったな。どうしても駄目だったら、頼るのも悪くないかも」




「えっと、天野くんはいますか……?」


 月渚が初めて陽太と出会ってからおよそ一週間後、月渚は一年一組を訪れた。


「天川さん、来てくれたんだ」

「不本意ではあるけど」

「まあ仕方ない。場所移したほうがいい?」


 彼女は少し悩むようなそぶりを見せて、その後うなずいた。


 陽太は笑顔で月渚と歩く。


 二人が歩いて行った先は、新築校舎の空き教室だった。


「天野くん、ここって使っていいの?」

「この教室は、空いてれば自由に使っていいらしい。先輩が言ってた」


 月渚はそれでも少し不安げな表情だった。


 しかし、他の空き教室を見るとちらほら談笑しながら昼食を食べる生徒が見られるため、納得する。


「あ、ここ空いてる。入ろ」


 陽太が促すと、月渚は足を踏み入れる。


「じゃ、ドア閉めるね」


 後から部屋に入った陽太が確認を取ってからドアを閉める。


「それで、天川さんどうかした?」


 月渚は、しばらく沈黙する。


 無理にしゃべらせるのもよくないと思い、陽太も気長に待つ。


「その、私、クラスから浮いちゃった」


 月渚の告白が、陽太は少し意外だった。


「こんなに可愛いのに、クラスから浮くなんてことあるんだ」

「思ってもないことを。お世辞なんて言わなくてもいいんだよ」


 お世辞ではなく、陽太は心の底から月渚が可愛いと思っていた。


「お世辞じゃないよ」

「……ふーん。天野くんも、かっこいいよ」


 月渚は少し照れているようだった。


「で、なんで浮いちゃったの?」

「ちょっと前につらいことがあって、あんまり積極的に声をかけれなかった。そしたら、知らないうちにグループとかできてて、私はそのどれにも入れないって結果に」


 よく聞く話ではあるが、深刻な問題なのは間違いなかった。


「いつでも頼ってとは言ったけど、どうするべきか難しいな」

「うっ、それは、ごめん……。無理になんとかする必要はないから、ちょっとだけ力貸してほしい……」

「じゃあ、俺と友達になってよ」


 陽太の脈絡のない言葉に、月渚は耳を疑う。


「どういうこと?」

「とりあえず、騙されたと思って友達になってくれ」

「……まあ、天野くんなら」




 それから、月渚はこれまでとは明らかに一線を画す頻度で話しかけられるようになった。特に女子。


 ただ、一つだけ気になることが多かった。


 月渚に話しかけてくる女子のほとんどが、陽太についての話題を出してくる。


「天野くんの好きな色ってなに?」

「ごめん、ちょっとわからない……」


「天野くんの好きな食べ物って知ってる?」

「ごめん……」


 陽太は、自分が女子にモテるということを知っていた。そのうえで、月渚伝いに陽太と仲良くなることを目指す女子たちを月渚の下に集める。


 結果的に、クラス全体で月渚と仲良くなる流れができるだろうという考えだ。


 実際その作戦はうまくいった。


「ありがとう。陽太くんのおかげで友達がいっぱいできた」

「あ、名前呼びなんだ」


 ついこの間までは苗字で呼ばれていたのに、月渚が成長したような気分になる。本当に成長しているんだろうけど。


「駄目、かな……」

「いや、嬉しい。俺も名前で呼ぶね、月渚」

「ありがとう」


 月渚はほんのり頬を赤く染めた。


「で、友達がいっぱいできたんだけど……陽太くんほど、優しくはないなって思って」

「いやいや、別に悪い人じゃないんじゃない? 俺だって別にそんなに優しい人間じゃないよ」


 陽太は表情を伺った。


「そうかもしれないけど、私は陽太くんが一番の友達だと思ってる」

「そう言ってくれて嬉しい」


 彼女は少し物足りないような顔をしていた。


「またいつか、月渚の事情を話せる日が来たら、聞かせてくれ」


 彼女の顔がぱあっと明るくなる。


「できるだけ早く話せるように、頑張る」

「無理はすんな」


 陽太はにこりと笑って席を立つ。


「じゃ、俺はそろそろ教室に戻る」

「待って、私も」


 慌てて月渚も立ち上がる。


 陽太はドアの前で月渚を待っていた。月渚は思わず小声でつぶやく。


「好き」


 その声は陽太に届いていなかったようで、陽太は軽く首を傾げた。

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夜の空に光射す ナナシリア @nanasi20090127

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