第7話 蝶と蜘蛛、とある悪属性の想い
ああ美味しそうな果実。
がんじがらめにして少しずつ脚をもいでいく。
痛みもなく感覚もなく、ただただ不可逆に終わりが近づいてくるのを
認識して、足掻いて、どうにもならない事実に気がついて、
その目から光が消える。芳しい絶望の香りが食欲をそそる。
そうしたら後は美味しくいただきます。
そうやってどれだけの蝶を毒牙にかけたことか。
生きるために食事は必要だ。
必要なことなら、美味しく愉しく頂く方が良い。
獲物は身体だけでなく心の隅まで食べ尽くしたい。
魂のカケラも残らぬほど、魂のカケラも残さず消えたいと
自分から差し出すほどの絶望で味付けを。
という生活を続けて来たからか。
蝶を喰い潰すことに抵抗などなかった。
その蝶に出会うまでは。
腕をもいでも、足をもいでも、その目は濁りもしなかった。
ただ事実と自分の力量と状況を把握して、迷いも絶望もなく、
何の躊躇いもなく、最も生存時間が伸びる選択肢を選び続けた。
首を最後に残して身体がなくなってしまっても、その目は濁りもしなかった。
全て食べられる瞬間まで、その目が閉じることはないのだろう。
できることなら鏡に映して最後の瞬間まで見ながら食べたい。
こんなに美味しい蝶は初めてだった。
次の蝶はまたいつもの蝶で、目の光が消えて、絶望の香りがしたが、
思ったより美味しく感じられない。あの希望の蝶の味が忘れられない。
もいだ脚を付けてあげようとすると、一瞬希望の火が揺らいで消えた。
希望を焚き付ければ良いだろうかと色々してみたが、結局絶望が焦げ付いた。
自分でやった責任上食べたが、せっかくの食事を焦がすのはダメだった。
舌が肥えてしまった。もうあの蝶以外食べたくない。
普通の蝶を食い潰しても満足できない。
無闇に食べてもあの蝶には出会えない。
どうすればいい。どうする。
そうしてしばらく彷徨って、つまらない小物の毒牙にかかろうとしている小さな蝶の瞳に、あの蝶に似た、命を燃やす灯を見た。
反射的に守ってしまった。この灯が燃え続けるのをずっと見ていたいから。
気がつけば、蝶の周りには良いものも悪いものも色々集まっている。
命の燃える灯が、良いも悪いも酸いも甘いも生きとし生ける全てを惹きつける。
ああ、あの蝶が自分の口に入ったのはこの上ない幸運だったのだ。
逃す気はないけれど、今度はもう食べない。食べたら無くなってしまうから。
他の全てから守って守って、最後に倒れて燃え尽きてしまってから、
ゆらめく思い出と一緒に、じっくり味わわせてもらおう。
その日が来るまでずっと君のそばに居る。
森の魔女と甘い淡い夢の恋 白火取 @shirohitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。森の魔女と甘い淡い夢の恋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます