20話 ~いざ、ダスト団アジトへ~


 フルプルが大丈夫だと言うので部屋の鉄扉を開けると、三人のチンピラが床に転がっていた。どうやら不意打ちで倒したらしい。

 「ふーんやるじゃない」と、素直に褒めたのは意外にもワカメ。武器も魔法も才能が無いゆえか、少々悔しげな顔で言っていたのが印象的だった。

 フルプルに先導されながら階段を昇っていくと、下ってきた時とは違い一階から喧騒が聞こえてこないことに気がついた。

 階段を昇り終えて一階を軽く見渡すと、チンピラ連中は全員ぐったりとテーブルに頬を落としていた。

 「し、死んでる……?」なんて物騒なことを言ったオルテンシアに、フルプルは「寝てるだけだよぉ!」と焦ったように訂正していた。

 当然、これもフルプルの仕業らしい。ワカメにはへたれ騎士だなんて言われていたがなかなかの手際である。

 僕とオルテンシアの感激した様子に、満更でもなさそうに照れるフルプル。「あまちゃんね」と忌々しそうに吐き捨てるワカメ。そんなやり取りを交わしながら僕らはなんともあっさりとサブアジトからの脱出に成功した。

 

 その後、中央パフィック通りの南東に位置するサブアジトから、北東へと移動する。

 そしてやってきたのは、トルティコ通りのさらに東側。歓楽街というには港側から離れていて活気がなく、冒険者通りというにはやや廃れた地域だ。


「さてそろそろ目的地だよ。あのさ、本当に侵入するの? ……やっぱやめようよ危ないって。確かにダスト団の本隊は他の街で捕まってるけど、追い詰められたらなにするか分からないんだよ?」

「僕も礼金もらって終わりでいいんじゃないかって何回も言ってるんだけど妙にやる気でなぁ」


 ちらりとワカメを一瞥。

 ものすごく妥当な忠告だったが、ワカメは意に介した様子はない。


「ここまで来て、なに二の足踏んでるのよ! この街で暮らす一市民として、ダスト団の蛮行を許すわけには行かないの!」

「わ、ぁあ……! ワカメちゃん正義の味方さんみたいです!」


 そんでもってこんな発言だ。

 隠すことなく本心を言うのであれば「なにいってだこいつ」である。


「まあ、僕としてはどっちでもいいんだけどさ。分前もくれるって言ったし、そう考えたらギルドの依頼みたいものだ。……依頼主の性根がクソってことを除けば」

「あ゛ッ!? なんか言ったかしらクソーシア」

「言ってないでーす。とても立派な志をもつ海藻さんだと感激してたところでーす」

「ケッ……!」


 いやチンピラかよ。十代半ばの女の子がする表情じゃないぞ。

 そういうわけでどこか流されるまま受けた協力要請は、アジトで得た報酬の分前+オルテンシアさんという、悪くない依頼に形を変えていた。

 僕も先立つものが欲しい状況だ。積極的に断る理由もない。乗りかかった船……という気持ちがないわけでもないが。

 あとは戦闘能力無くともワカメが有能であることも間違いない、性格はともかく。なおエルフはペット枠。


「ただ、絶対ろくでもないこと考えてるよなぁ」

「そうだよねっ!? あーもう巻き込まれる身になって欲しいよぉ! これでアジトの場所が変わったら間違いなくまた潜入捜査を命じられるじゃん!」

「うん。かわいそう。……まあ僕は悪くないけど」

「ユーシアくんもそういうとこだよ!」


 同情はする。助けに来てくれたことに、感謝もしている。だけどまあ悪いのはどう考えても漆黒の悪辣少女である。それはそれとして「助けに行かなきゃ良かったなぁ」と目の前で呟くのは騎士としてどうなんだ。


「あと何度も説明してると思うけど、私からアジトの情報聞いたってこと絶対に内緒だからね? キミたちは偶然アジトの場所を知って仕返しのために乗り込んだメンバー! そこんところわかってる? それとオネットちゃんには、今度あの時のネタで脅迫しないっていう約束も守ってもらうから! 約束やぶったら捏造してでも逮捕するから!!!」


 ワカメに脅されてアジトまでの案内を強要させられるフルプルが不憫だ。

 ……ただ言ってることは保身なんだよな。あと捏造発言は怖い怖い。


「わーっ怖い! でも今の発言もどうなのかしら? これでまたひとつネタが増えたわね!」

「うがーッッ!!」

「あっ、ちょ待ちなさいっ! ふ、服引っ張るんじゃないわよ! ちょっとした冗談じゃない!!」

「ねえ本当に冗談なのかなオネットちゃぁん!? この胸元に入ってるやつ音を記録する魔道具だよねぇええ!?」

「まあまあ、ふたりともそこらへんで!!」

「うっ……! ま、まあ、そうだけどさユーシアくん。オネットちゃんがぁ……」

「ワカメもさっきの音消しとけ。じゃなきゃ壊すぞー」


 別に本当に破壊するつもりはないが、場を収めるためにそう言うと、ふたりも少し冷静になった。


「そもそも本当に録音してないわよ。あたし、生かさず殺さず、暴走させない、そこらへんのさじ加減はわかってるもの」


 確かにやりすぎると今のフルプルみたいに暴力で解決しようとしてくるもんね。……職業柄見誤ると大変なことになるもんね。


「うぅ、ぜったいこの子、野に放っちゃいけないやつだよぉ」

「それは間違いなくそう」

「ひとを生態系を破壊する魔物みたいに言うんじゃないわよ」


 そんなことを言うワカメをなんとも言い難い表情でチラ見するフルプル。なにか言いかけた口を結んで、「はあ」と諦めにも似たため息を漏らしていた。


「ねえ、……やっぱりわたしも行かなきゃダメぇ?」


 フルプルは気だるげに呟く。

 「行く」とはつまりアジトのことだ。道中話し合った結果、案内だけではなくフルプルも一緒にアジトに潜り込むことになっていた。


「ダメ、というか、行くって言ったのは他ならぬフルプル自身じゃないか」

「まあそうなんだけど……あ~やだなぁ怖いなぁ~。でも犯罪の証拠を見つけてすぐに応援を呼べればお咎めもないだろうし……むぅ」


 嫌そうに言っているものの、一緒に行くと決めたのはフルプル自身である。

 その理由は危険なことをしようとしている僕らを心配して……なーんてものではなく。


「ダスト団に恨みを持つ三人の人物が共闘し偶然知り得たアジトに乗り込んだ。それを知った潜入捜査中であった騎士フルプルはダスト団の証拠隠滅を恐れ、急遽混乱に乗じて単身で乗り込む。結果、犯罪の証拠となる物品の押収に成功。フルプルは騎士団に迅速な出撃を求める。……これが理想の筋書きだっけ?」

「自分で言っておいてなんだけど、そんなに上手くいくかなぁ……ダスト団については少人数で襲撃したくらいで尻尾巻いて逃げることは無いと思うんだけど……。まあグルシャに対しての言い訳にはなるよね……?」


 正直、ガバガバな気がしないでもない計画だが、フルプル自身も予想外であるアジトへの襲撃者(僕ら)に振り回されたひとりという立ち位置になりつつ、その状況下で最低限の仕事をした……といった評価を狙っているのだろう。騎士の責務を放り捨てた自己保身だと非難したいところだが、脅して無理やり協力させてる手前非難もできるはずもない。


「まったくいつまでうじうじしてるのよ」

「うなっ!? これも全部オネットちゃんのせいだって言うのに他人事だねっ!!」


 些細な言葉ひとつをきっかけに、またしても口論を始めるふたり。

 やかましい声を背景に道中は進んでいく。


「ねえ、まだ到着しないのかしら?」

「もう少しだよー」


 そして数分後、焦れた様子のワカメが言う。

 日は傾き始め、周囲はすでに薄暗い。先ほど一度帰ることも提案したが、「むしろ自炊するはずもないチンピラ共なら、飯時前は間違いなく外に出ているし、帰ってきても酒が入ってるからちょうどいい」とのこと。

 ちなみに、しっかりと明かりになるものも持っていると、ワカメは小型ランタンを見せつけてきた。お前、本当に色々持ってるなと、もはや感心した。


「ねえ、まだ到着し――」

「――なんかい聞いてくるのさ! もう少しだってさっきから言ってるじゃん! まったくオネットちゃんはせっかちなんだから!!」


 一分も経たぬうちに、同じ問いかけをしたワカメに対して、フルプルがキレる。

 だが、それに対してワカメも納得がいかないとばかりに声を飛ばす。


「はあっ!? あんたがさっきからずーっと「もう少し」って言ってるからこうなってるのよ、この適当騎士ッ! あとなんふんで着くのよ! アジトまでの距離はどれくらいよ! はっきりしなさいよね!」


 そう言い募るワカメにフルプルは小馬鹿にするような表情を浮かべ、


「あ~そうだったね~? せっかちじゃなくて神経質だったね~?」 

「はあっ!? あんたがいい加減な性格なだけでしょ! あたしはふつうよ、ふつう!!」

「しってますよぉ~私がさつで適当ですよぉ~! 私は自覚してるけど、オネットちゃんは自覚してないんだぁ! 自己分析足りてないんじゃないかなー!?」

「なぁんですってぇ!」


 売り言葉に買い言葉。口論の果てにワカメの足が出る。

 ……が、そこは身体能力差。それをフルプルはするりと避けた。

 そのせいで逆に自身が転びそうになったワカメを、呆れた様子のフルプルが支えた。当然、ワカメは「ありがとう」なんて言葉は言わずにドシドシと歩き始めた。


「なんだかワカメちゃんとフルプルさんが仲良くて寂しいです。ユーシアさん、私達も負けないくらい仲良くしましょうね! まず手つなぎませんか!」

「つなぎません」


 そんな害になるかはともかく益にはならないこと間違いなしのしょうもない会話を交わしながら進んでいると、フルプルが「あっ」と小さく気づきの声とともに立ち止まった。

 彼女は、僕らに一度目線を配ったあと、周囲の目を気にしてか、指ではなく顎で前方の建物を指し示した。


「あそこあそこ、あれがダスト団のアジトだよ」

「はあ、やっと着いたのね」

「このままぼーっと突っ立てても目立っちゃうし、皆こっちこっち」


 フルプルの手招きに従って移動し、僕らは周囲の建物の影に潜んで辺りをうかがうことにした。


「あれがアジトか。なんだか思ったより立派な建物だね。ちょっとボロいけど」


 ダスト団の根城は、家宅というにはデカく、屋敷というに小規模な建物だった。

 それは他の待ちから逃げ込んできた半グレ組織には不相応なアジトに感じられる。


「ここは元々違法なモノを扱っていた娼館だったんだよ。それが営業停止命令を受けて、今は空き家ってことになってみたい」

「あのーどうして使わないお家をずっとそのままなんですかー? グワーって壊して新しいお家立てたほうが良さそうなのに」


 そんな疑問をこぼすオルテンシア。フルプルはその質問を予想していたかのように薄く歯を見せながら答えた。


「ここらへんは土地代も大した事ないから、たぶん取り壊し費用をケチって放置してるんだよ。まあ、少なくとも表向きはそれで通ってるみたい」

「???」

「表向きって……ああ、そういう」


 クビを傾げるエルフを尻目に、僕は思わず呟いた。

 個々の権利者は取り壊し費用が掛かるということを言い訳に元娼館の建物を残し、後ろ暗い組織のアジトとして提供していると言いたいのだろう。


「あとは違法な店だったせいか、来店する客にも配慮された秘密の入口がいくつもあるんだ。例えば、あっちと、そっちの民家っぽい建物。娼館の内部と地下でつながっているよ」

「すごいです! なんだか秘密基地みたいでワクワクします!」

「じっさい秘密基地なんだけどな、わるーい組織の」


 秘密基地という響きに感銘を覚える気持ちは分かるが、さすがに裏組織の拠点ではオルテンシアさんのように目を輝かせることはできない。せいぜい苦笑いが限度だ。


「というか、あからさまじゃない。あたしにはどうして潜入までしなきゃこのアジトを突き止められなかったのか疑問なレベルなんだけど。やっぱり騎士って無能なのね」

「あのねぇ……。オネットちゃんがそう思うのも仕方ないかもしれないけど、それに関してはちゃんと訳があるんだって」

「へぇ、聞かせてみなさいよ」

「めっちゃ偉そうッ! んん、まあいいけどさ。ここは元々ね、他の組織の拠点だったんだよ。多少後ろ暗いことはしていても積極的に排除するほどでもないような、わざわざ騎士団が検挙しなくてもいいような組織。なんならここらへんの治安維持に一役買っていたくらいの」

「???」


 フルプルの言葉にオルテンシアはまたしても不思議そうな表情を浮かべていた。

 犯罪者ならぜんぶとっ捕まえる方がいいのでは……なんて思っているんだろう。僕も元はしがない村の小市民、気持ちは分かる。だが同時に騎士が動かない理由も分かる。小悪党相手なら掃除しないほうが良いことはザラにあるものだ。


「って、あれ? なのに今はダスト団のアジトなのか?」

「うん、そうだよ。“気がついたら”ね。買収したのか乗っ取られたのかは分からないけど」

「……なあ、それって」

「まあ、ダスト団は貴族にも魔獣を卸していたらしいから権力者と繋がっているんだろうね~。珍しいことじゃないよ」


 本当に珍しいことではないのだろうけど、それを治安を守るはずの騎士が言ってるのだからなんとも世知辛い。

 とはいえ、僕もなんとなく察してはいた。そもそもダスト団は他の街から逃げ込んできた組織だというのに伝手がありすぎるし、この街について詳しすぎる。サブアジトの立地についてもそうだった。


「サラッと言ってるけど、そんな貴族の息がかかった組織に侵入するってヤバくないのか?」


 特権階級の権力について気にしてしまうのは、やはり以前の世界での影響なのかもしれない。僕はひっそりと今日一番の尻込み気分だ。しかし、そういったやり取りに関しては僕よりも詳しい人物がふたりもいた。


「なに言ってるのよ。本当にガッツリ干渉されているなら、このへたれ騎士が潜入捜査とかしてないわよ。どうせいつでも尻尾を切れるような関係にとどめておいてるに決まってるわ」

「相変わらずオネットちゃんは無駄に察しがいいよね……うん、ここの連中が捕まったとしても、貴族が報復に動くとは考えづらいよ。万が一粛清を逃れた時のことを考えて繋ぎを作ってるだけだろうね。う~ん嫌だねぇ」

「へぇ、そういうものか」

「なるほど、わかりません!」


 フルプルはさすが騎士といったところか、そういった権力抗争のさじ加減を知っているようだ。ワカメに関しては知らん。


「まったく、皆が皆、あたしみたいに清廉潔白に生きればいいのに」

「「はいはい」」

「せめてもう少しやる気だして突っ込みなさいよ」


 本気で言ってるのなら、頭をぶっ叩いて正常に戻してやろうかと思ったが……自覚があってなによりである。


「さーてと、お喋りもこのへんにして、そろそろ行こっか。人の通りが少ない通路があるんだ。施錠されてなきゃいいんだけど」


 世知辛い世について少し詳しくなったところで行動開始の号令がかかる。

 フルプルは身軽な動きで娼館の敷地内に入ると、「こっちこっち」と、建物の裏側まで手招きした。そして塀と建物に囲まれた草地でしゃがみ込む。草地を手のひらで払うと、そこからどうみても自然物ではない鈍色の物体が顔を出した。


「お、カギは大丈夫っぽい。やった、これで比較的安全に侵入できるよ。ユーシアくん、そっち持ち上げてくれる?」

「ほいほい、りょーかい」

「キリキリ働きなさい」

「なさーい!」

「はいはい、黙ってろ」


 詐欺師とエルフの余計なやじを受け、取っ手に指をかけて持ち上げる。

 事前に調べていたとはいえ、フルプルも実際にはこの道を一度も使わなかったみたいで、床扉を持ち上げるとぷちぷちと音を立てて雑草がちぎれ落ちた。

 そうして草地に正方形の空間が出来上がる。上から覗き込むと、中には石造りの地下空間が広がっていた。


「さ、行こっか。いざ、アジトに潜入だ!」


 そう言いながらフルプルは、先んじて、身軽な動きで扉の下に飛び降りていった。



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勇者ですが評判が最悪なので、女神さまの提案で別世界で暮らすことにしました。 ノ鳥 @heiwanotori

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