19話 ~インチキ少女と、へたれ騎士~


「知ってると思うけど、僕はユーシア。こっちのエルフは、オルテンシアだ」

「へー! そっちの子はエルフなんだね! わーかわいい~っ!」

「え、へへっ……フルプルさんの方がかわいいですよ~っ……うぇへへっ」


 なぜか透明化解除をごねるワカメを説得したあと、僕らは改めて自己紹介をしていた。騎士の地位にいるフルプルからしてもエルフというのは珍しいのか、感激した様子でオルテンシアを見ている。褒められたオルテンシアはまんざらでもない――を超越して幸甚の至りといったトロケた表情だ。このエルフ、ちょろすぎじゃないか?


「で、こっちの人相の悪い少女がワカメだ」

「へーワカメちゃんか! ……それで、どうしてユーシアくんの背に隠れてるの? あ~もしかして照れちゃってるのかな? かわいい~っ! それにしてもユーシアくん、街に来てそうそう女の子をふたりも引っ掛けてやるじゃんか~」

「いやいや、そういうわけじゃ……! それとワカメはどうしたんだよ? お前そんなんじゃないだろ?」


 駐屯所のでもそうだったが、やはりフルプルという女性は、騎士らしいお硬い性格とは正反対に位置するような人物のようだ。今も、からかうように「このこの~」と酔っぱらいかのように小突いてくるし、オルテンシアさんにはお菓子を渡して餌付けをしようとしていた。

 一方、先ほど妙な態度のワカメが気になる。まるで顔を見せたくないかのように僕の背中に隠れたままだ。


「おい、いい加減にしろよ、ワカメ!」

「あ、や、やめなさいよ! この変態ッ!」


 いわれのない罵倒を受けながら、ワカメを無理やり引き剥がしてフルプルの眼前に引っ張り出す。するとフルプルは「あっ」となにかに気がついた様子で、


「あ~! オネットちゃんじゃないか!? でもさっきワカメって……あ~ふ~ん、また偽名つかってわるいことしてるのー? ダメだよ~また捕まえちゃうよ?」

「してないわよッ! まったく言いがかりは止めてほしいわね、このへたれ騎士!」


 偽名。またわるいことしてる。へたれ騎士。

 色々と知りたいことが増えたが、どうやらふたりは顔見知りのようだ。てか、やっぱり捕まったことあるのかワカメぇ。


「へ、へたれっ……! ちょっ、それは言わないって約束したのに!」

「あんたが先にあたしの名前ばらしたんじゃない! それに【変身】だっけ? あれ知らなかったんだけど。あんた隠してたわね、いい度胸じゃない?」

「そんなこと言ったら、キミだって【屈折】なんてギフト持ってるんでしょ? それで姿隠せるとか聞いたよ~? うわー、とってもわるいことに使えそうなギフトだね!?」

「ぐぐぐッ」

「むむむッ」


 歯ぎしりしながらにらみ合うふたり。威嚇し合うように見つめ合っていた四つの眼光が、唐突にギッとこちらを射抜いた。


「どうしてこいつに教えたのよ!!」

「どうしてこの子に教えたの!!」

「無茶言うな。あの状況で秘密にできるわけないだろ」


 お門違いないちゃもんをつけないでほしい。そもそも、お互いがちょうどギフトを使用しているところを見ていたうえに、ギフトについて聞き出すように口を出してきたのもこのふたりなのだ。


「わ、わわっ、ワカメちゃんとフルプルさん、とーっても仲良しですね!」

「違うわよ!」「違うよ!?」

「僕としてはワカメがその変態騎士……んん、フルプルと顔見知りなことに驚いてるんだけど」

「ちょっと前に、このへたれ騎士とは。ん、変態……?」


 一応は騎士であるフルプルに罪を犯したワカメが世話にでもなったのだろうか。

 あとは変人同士、惹かれ合ったとか。

 ちなみにフルプルは騎士という権力をつかって十代半ばの僕にねっとりセクハラをしかけてくる人物だ。僕には、彼女を変態とののしる権利があると思う。


「ちょ、ちょっとユーシアくん!? あ、そ、そうだ! この子ね、本当の名前はオネットっていうんだよ! ワカメっていうのは偽名だよ偽名!!」


 さすがに駐屯所での行為を風潮されたくないのか、僕の意識をワカメに向けさせようと必死だった。しかし、ワカメが偽名だと聞かされても、僕としては「そっかぁ」程度の気持ちしか湧いてこない。そもそもオネットという本名のほうが似合わなすぎて笑いそうになる。


「いやこいつはワカメだよ。そんな可愛い名前似合わないって。ジャギルデグスみたいな邪竜みたいな名前なら納得だけど」

「はい! ワカメちゃんはワカメちゃんです! オネットなんて童話のお姫様みたいな名前……ワカメちゃんには似合いませんッ!!」

「………………」

「オ、オルテンシア? ちょーっと言いすぎかも。そのオネットさんがならず者みたいなメンチ切ってるから」

「あんたもよユーシアッ! なにが邪竜みたいな名前なら納得よ! ぶっとばすわよ!」

「いやだってねえ……」


 いやだってねえ……。


「……はあ、まあいいわ。話を戻しましょう」

「そ、そうだな。フルプルも加わったし、まずはこれからの動きについてすり合わせを……」

「――まずは、そこのへたれ騎士を、どうしてあんたが「変態騎士」って呼んでるか聞かせてもらおうじゃないの」


 ぜんぜん話を戻すつもりがなかった。ここぞとばかりに弱みを握ろうとしているおなじみのワカメだった。


「んなっ……絶対に喋っちゃだめだよ、ユーシアくん! オネットちゃんに弱みを握られたら大変なことになるんだから!」

「へ~“絶対に”なんて言うなら、余計に知りたくなるわねぇ~?」

「あー! そういうこと言っちゃうんだ! いいもんね、オネットちゃんのギフトのこと騎士のみんなにバラしちゃうから!」

「ふうん、やれるもんならやってみなさいよ、次の日には、へたれ騎士さまのご立派な勇姿が酒のつまみになっててもいいのならねぇ?」

「ぐぐぐッ」

「むむむッ」

「あーもう! 話が進まないッッ!!!」


 ちなみにこのあと、あまりにしつこいワカメの追求に折れて駐屯所でのフルプルにおこないについて暴露した。


◆――◆


「そこであたしは言ってやったの、無辜の民を見捨てて逃げようとした騎士団の武勇伝を広めたくなければ、今すぐ目の前で、あんたの財布をうっかり落としなさい、とね」

「ほわぁあーーっ! さすがワカメちゃんやることが汚いです!!」

「ふふん、そうでしょ? ……って、『汚い』はやめなさいよ」

「それに伏兵さんがいると知った途端、逃げ出そうとする騎士様もすっごいカッコ悪かったです! 街のひとから税金をもらってるのにとっても恥知らずですね!」

「あら、オルテにしては話がわかるじゃない。ああいうのを税金泥棒っていうのよ。覚えておきなさい」

「はいッッ!! 税金泥棒のフルプルさんですね!」


 オルテンシアの威勢の良い返事を背景に、僕はこれからのことをフルプルと話し合っていた。


「というわけで、できれば金品を回収してからアジトを脱出したいっていうのが、こっちのパーティの方針なんだけど……って、どうしたの、フルプル?」

「い、いや、あ、あっちのほうで、とってもあくどい女の子が、とっても口が軽そうなエルフちゃんにイケないお話をしてるのが気になって……さ?」

「あれのこと? 大丈夫でしょ、ああみえてもオルテンシアは口が硬いらしいよ」

「いやそういう問題じゃないんだけど……てか、そうなの? ちょっと意外なんだけど。ちなみに誰が言ってたの?」

「あの子本人。お酒が入っていないときと、寝言以外では、秘密は守れるって言ってた」

「それダメなやつだよねぇ!?」

「はいはい、今それよりもこれからのことを話そう。へたれ騎士の変態フルプルさん」


 正直、ワカメもワカメだが、フルプルのやってることもことなので、擁護しようと思えない。年上だというのに自然と敬称が出てこない時点で僕の中の評価はそんな感じである。


「なんか混ざってるし! はあ、これからのことって言ってもさ、何度も言うようだけど金品うんぬんは騎士として許容できないって」

「あーやっぱりダメか……融通きかない?」

「無理無理っ、こういう組織の金目のものっていうのは、騎士団の大切な収入源なんだよ。同僚たちのやる気に直結するの~」

「う~ん、生臭騎士ども」


 決まりやら、規則やら、といった訳ではなく、思ったよりもしょうもない理由だ。僕は思わず世の理不尽を儚んだ。


「ま、まあまあ、アジト発見の協力者ってことにしてあげるからそれで許してよ。少しだけど礼金もでるはずだよ」

「さっき言ってた、こことは別の――ダスト団のボスがいるアジトのことだっけ?」

「うんうん、ユーシアくんとはあんな出会い方だったから意外かもしれないけど、じつはわたし、ここ最近はダスト団に潜入してアジトを探っていたんだよ。今日駐屯所にいたのはそれを報告しに行ってたわけさ。ひどいよね~女の子ひとりであんな男臭いところに潜入捜査だよ? まったく【変身】使いが荒いんだから!」

「その腹いせに幼馴染の姿で痴女ってたとか言わないよな?」

「え、そうだけど?」

「やっぱりダメだ、この女騎士っ!」


 騎士というには軽薄で責任感がない。さらにワカメの談では、予想外のアクシデントに弱く、状況に不安を抱くと保身のために逃げ出すらしい。金で雇われた傭兵でさえもう少し仕事に熱心だろうに。


「まあしょうがないか。じゃあさっくり脱出しよう。さっき言ってた礼金はたのむぞー」

「お、話がわかるね! それじゃあさっそく駐屯所に――」


 話が纏まりかけていたその時、背後に不敵な笑みを浮かべた少女がひとり。


「――話は聞かせてもらったわッ!」

「「は?」」


 唐突に声を張り上げたワカメをみやる。

 得意げな表情の彼女とは裏腹に、僕は不安な気持ちでいっぱいだった。

 そして、僕らの話し合いを無為に帰す言葉を、やたら自信に溢れた様子で言い放ったのだ。


「今すぐ、ボスが居座るアジトとやらに案内しなさい!! 乗り込むわよッ!!」

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