18話 ~作戦決定と、予想外な人物~

「じゃあ、行動指針はこれで決定ね。ただ役一名ほどポンコツがいるからもう一度確認するわよ」

「ふっふー、ぽんこつさんは誰でしょうね? ワカメちゃんかな? ユーシアくんかな? うーんどちらかというと……」

「あんたよ」「キミだよ」

「ふぇ……?」


 アホ顔エルフを無視して、僕らは顔を見合わせる。


「さてと、あたしたちの目標は、嵩張らない金目のものをちょうだいしながら、このアジトから無事に脱出すること。チンピラ共の発言的に、ここは本命じゃなくてサブ拠点って感じだけど、金になるものが無いってことはないでしょ」

「具体的な作戦は、部屋の前のチンピラたちを呼び、扉を開けさせてから無力化。武器を奪ったあとは僕が先行して敵を倒しながらアジト内を散策。救援を呼ばれた場合はすぐさまアジトから撤退……だよな?」

「ええ、基本的に【屈折】であんたを透明化して進んでいくわ。視界外になると透明にできなくなるからそれを意識して進みなさいね。もし後ろから敵が来た場合はオルテとあたしを透明化させて身を隠すから、うまいことやってちょうだい」


 オルテのギフト【屈折】で透明化できるのは、動いていないのなら三人まで、動いているならひとりまでが限界だ。

 基本的に遭遇戦を優位にするために僕のことを透明にしてもらい、ふたりが狙われそうになったら透明化を切り替えて、その間に僕が……という作戦だ。

 正直、僕がひとりでアジト内の敵を隠密に処理していく方が安全そうだが、「あんた、物の品定めとかできるの?」とワカメに言われてしまえば強くは出られない。


「うまいことって……まあ、さっきの隊長レベルがいなければ問題ないよ」


 むしろアジト内ってことで油断してる奴らばかりだろうし、透明化のおかげで基本的には不意をつける。大事なのは遭遇した敵に仲間を呼ばれないようにすることだ。


「……そう。業腹だけども頼りにしてるわ。あと早くこの拘束を解きなさいよ。口だけのクソザコ野郎だと思ってたことは謝ったじゃない」

「…………」


 そう言って促すように結ばれた手首を見せつけるワカメ。

 僕はそれを見下ろしながら、拘束した際に奪い取ったヘアピンを指でくるりとまわす。じっと、僕とワカメは見つめ合う。


「……もしこのまま置いていったら、どんなことをしてでも償わせるから覚悟することね」

「いや、さすがにそんなことはしないさ。考えたけど。そうしたほうが世界のためかなと真面目に思ったけれど」

「あ、あんたね……ッ!」


 まあ腹いせもここまでだ。さすがにこの状況で無為に時間を浪費できない。

 僕は魔法具らしいヘアピンに魔力を循環させる。ワカメの拘束がはらりと解除される。そのときのことだ。

 ギィぃ――と、硬質な音が、僕の耳を不快にした。

 何度も聞いたから分かってしまう。これは鉄扉がひらく音。つまり誰かが部屋に入ってきた。


「――と、扉が……! 姿を……! ワ、ワカメっ! ギフト、ギフトッ!」

「はあ!? ちょ、待ちなさい! あ、あんたたち、肩に手をッ……!」


 ここからでは扉から遠い。入ってきたチンピラを襲撃する前に鉄扉を閉められておしまいだ。僕は咄嗟にワカメのギフトを頼った。


「扉がひらくぞ! みんな静かに……!」


 扉の隙間から影が見える。

 再度、自分たちの身体に目を落とす……うん、問題ない。僕らは透明化しており姿は見えない。


「………………」


 しかし、部屋に入ってきた男をみて、僕は怪訝な気持ちになった。


「……誰だあれ?」


 当然僕は見張りをしているチンピラが様子を見に来たのだと考えていた……が、今しがたたったひとりでやってきたのは、僕らをここまで連れてきたチンピラの誰かではなく見覚えのない顔だった。

 やさぐれた目元をした三十ほどの男……その不健康そうな容貌は上の階で飲みふけっていた男たちを連想させる。ここがダスト団のアジトであることを考えると間違いなくダスト団の一員だろう。


「ねえ、あんた、あいつぶっとばせないの? このままだと逃げ出したことがアジト内に知れ渡るわよ?」

「相手が応戦してくれたら倒せる、とおもう。だけど直ぐに反応されて扉を閉められたらちょっとまずいかも」


 ワカメは慌てたように小声で囁いてくるが、それができたら苦労はしない。いかんせん、男との距離が遠い。殴りかかるより早く気づかれてしまう。


「あいつが咄嗟に扉を閉める判断を下したら……やばいわね」

「そうなんだよなぁ……一か八か、やってみるか?」


 このまま動かないとしてもリスクはある。ただ動き出して咄嗟に扉を閉められたら最悪だ。それに、こうやってあの男をじっと観察していると、佇まいに妙な違和感がある。

 重心にぶれがなく、いつでも動けるようにほどよく脱力しているのだ。

 そんな男だからこそ、咄嗟に最適の判断をくだし扉を閉めるのではないか、武器も持たずに立ち会ったら負けるのではないか、そんな考えが頭を往来する。


「…………」

「…………」


 しかし、観察するようにじっと男を見ていると、気のせいだと一蹴できない違和感を覚えた。それはワカメも感じたようで、


「あいつ……なにか変じゃない? というか、捕まってるはずのあたしたちがいなくなっているのに冷静すぎないかしら?」


 その言葉に僕は思わず頷いた。

 部屋に入ってきた男は、誰もいない“ように見えているはず”の室内を見渡しながら、ぼりぼりと頭を掻いていた。それは見るからに「困ったな」とばかりの反応だったが、あまりに反応が薄い。部屋の床にちらばっている縄を見ればなにが起きたのかは明白なはずだが、男の態度からは驚きや焦りはなく、ただ困惑しているようだった。


「おかしいのはそれだけじゃないよ。僕らがいないっていうのに、それに仲間に伝えに行く様子も感じない。そもそも扉の前の見張りのチンピラが一向に顔を見せないのも不自然だ」


 ダスト団らしき男の妙な行動と異様な雰囲気。どう動いたものか答えが出ず、僕はただ様子を伺うことしかできない。


「てか、オルテ……さっきから黙ってどうしたの?」

「……いや、うるさいよりはいいだろ。確かに、らしくはないけど」


 ただよう緊張感を和らげるようと意識してか、ワカメがオルテンシアに話しかける。

 僕はちらりとオルテンシアがいる場所に目を向けるがワカメのギフトで透明化しているため姿を確認することは叶わない。


「ワ、カメ、ちゃん……ユ、シア……さん、いま、あの話し、かけ、な……」

「……はあ? どうしたのよこんなときに。あ、お腹でも痛いの? でも今は我慢なさい。あとで撫でてあげるから」


 今にも消えてしまいそうな声でぽそぽそと声を漏らすオルテンシア。

 そんなあからさまにおかしな様子に、さすがのワカメも少々心配しているようだ。


「ち、ちが、くて……ふぇ……ふぇ」

「「……ふぇ?」」


 「へぁ」とか「はふぃ」とか、うめき声とも泣き声とも違う、妙な声を漏らすオルテンシア。顔こそ透明だが、顔をひくひくさせてるような、変な顔でもしてそうな呻き声。……ん?


「ばっ――」

「ぶぇええっっくしょんッッ!!!!」

「誰ッ!」


 室内に盛大に響いた水音。

 気づいたときにはもう遅く、乙女にあるまじき特大くしゃみが、部屋の音すべてを掻っさらっていった。

 当然、それは男にも聞こえていたようで、彼は瞬時に室内にナニモノかが居ることを察して戦闘態勢に移っていた。


「このあほエルフぅぅぅぅ!!」

「オルテ、あんた、あんたねぇッ! ほんと、どうして……ッ!」

「ふぇぇえ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」


 とんでもないタイミングでくしゃみをかましたおバカエルフを半ば反射的に責め立てる。「あっ」と迂闊に声を出した失態に気がついたときには、すでに男は警戒を深めていた。


「破裂するような音だけじゃない、男の声と、女の声……? 捕まってる子の誰かのギフトや魔術で姿を隠してる……?」

「……ッ」


 気づかれた。こうなっては一か八か、殴りかかるしかないだろう。

 僕はグッと腰を落として深く膝を曲げる。今すぐにでも飛びかかれる……が、心に張り付いた男に対する違和感が、襲撃への決意を遅らせていた。

 そんなとき、目の前の男は慌てたように声をあげた。

 


「あっ……わたしはこの街の騎士団所属の騎士だよ! ダスト団に捕まったひとがいるって聞いて助けにきたの。今このアジトは混乱してて脱出する絶好の機会なんだ。敵じゃないなら、姿を現してくれないかな!?」


 助けに来た騎士? 騎士ぃっ!? 

 どうみても男の風貌はチンピラのそれでしかない。


「……あたしの目には、到底あいつが騎士には見えないんだけど? なんだか喋り方も見た目と一致しない……まるで女みたいで……違和感が凄くて気持ち悪いわ……」

「ワ、ワカメちゃん、心が女性の方かもしれませんよ! それに助けにきてくれたって言ってましたし、良い人そうですよ!」

「いやねぇ……あんなに怪しいとそれも本当かわからないわよ? ってどうしたのユーシア、黙りこくっちゃって」


 あの男が本物の騎士だとすると、考えられるのは潜入調査だろうか。ただ、あれほど完璧にチンピラの風体になれるものか疑問甚だしい。

 ……だけど、僕は知っている。あれほど完璧にチンピラに変装できる騎士に、ひとりだけ心当たりがあるはずだ。ともすれば、あの妙な言葉遣いにも納得がいく。


「ワカメ、僕だけでいいから透明化を解除してくれないか?」

「はあ? あんた本気? それであんたがおっちんだら脱出の手段がオルテを置き去りにするしか無くなるから、オルテのためにも死ぬんじゃないわよ」

「???」

「じゃあ、頼む」


 そう声を掛けた直後、僕の身体に色がついた。手を握ると、当たり前だがグーパーと手が開閉する光景が視認できた。問題なさそうだ。


「……!? うわわっ! 急に現れたッ!」


 男は突然目の前に現れた僕の姿に驚いているようだった。だが敵意は感じない。


「なあ、あんた、まさかとは思うけど」

「――って……ユーシアくん!?」


 僕が言い切るより早く、ダスト団らしき男は……いや、“彼女”は、答えを出してくれた。


「その呼び方……! やっぱりそういうことか! あのさ、他の仲間が警戒してるから【変身】解いてくれないか?」

「っと、ごめんごめん、たしかにこの姿だと警戒させちゃうよね!」


 敵のアジト内とは思えない気楽さで「あちゃー」と頬を掻いた彼女は、僕の求めに応じて寂れた男の姿から元の姿に戻っていく。


「なっ……!?」

「わわっ、男のひとが女の子になりましたッ!!」


 後ろからワカメとオルテンシアさんの驚きの声が聞こえて思わず顔が綻んだ。

 僕も初めて見たときは「ふたご?」なんて驚き呆けたものだ。気持ちはよく分かる。


「私はオーロン駐屯騎士団所属の騎士フルプル! 捕まっているキミたちを助けにきたよ!」


 名前はフルプル。職業は騎士。

 本日、オーロンの騎士団駐屯所にて、グルシャさんに変身して僕にセクハラをかましてきた薄紫色の髪の享楽的な女性騎士は、グッドポーズとウインクでカッコつけながらそう言い放ったのだった。


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