17話 ~消えた黒髪少女は、計画通り~


「おいッ! おいッ!! ちょっと来てくれ!!」


 手と脚を縛られているため、モゾモゾと扉に近づきながら叫ぶ。

 そうして何度も大声で訴えていると、鉄の扉がようやく開いた。


「おいおい、大声出しがって一体なんだってんだ? 便所でも漏らしそうなのか?」

「違うってのッ!!」


 呆れたように言う右腕の言葉をすぐに否定する。

 すると、部屋の異変に気がついたチンピラが慌て始めた。


「あ、あれ、兄貴……あの女、黒髪のガキがいなくないですか!?」

「……む、そんな、馬鹿な……」


 室内をじっくりと確認するように、三人のチンピラが部屋入ってくる。

 当然、彼らは気がついた。黒髪の女――ワカメがいなくなっていることに。


「はあぁぁっ!? まさか、逃げたっていうんじゃねーだろうな!? お前、なにか知ってるんのか、早く教えやがれ!!」


 そのことに気づいた右腕が、殴りかからんばかりの勢いで僕を問い詰めてくる。

 手も足も縛られて抵抗できない。代わりに僕は声を張り上げた。


「だからわざわざ声をかけたんだよ! 一回離してくれ!! これじゃあ話もできないだろ……!」

「あ、わ、わりぃ……で、で、なにがあったんだよ!?」


 大声でそう言い返すと、僕の行動や発言がチンピラたちに協力的なものであったことを思い出したのだろう。右腕は僕から手を離すと、焦燥感と動揺を隠しきれない様子で、すがるように事の経緯を聞いてくる。


「って、そうだ、早くしないと! あいつ一人で逃げやがったんだ! それだけじゃない! あの女、騎士団の関係者だったらしくて、仲間を売った裏切りものとして僕も処罰するから言ったあと、幽霊みたいにスーッと壁をすり抜けて消えきやがった! たぶん【ギフト】を使ったんだ! 足も縛られていたからまだ遠くには行けてないはずだ! 早く探して捕まえてくれよ! 僕まで捕まっちまうっ! 頼むよッ!」


 じつは騎士団の一員だった黒髪の少女、ワカメ。

 なんと彼女は手足を拘束されながらもうさぎのようにぴょんぴょんと跳ねて、壁の中にスーッと消えていってしまったのだ。


「お、おい、まじかよ!? こ、このガキのことだ、うそって感じじゃなさそうだぜ!? アジトの場所をパクられる前に捕まえね―と大変なことになるぞッ!?」

「…………むぅ」

「あ、兄貴、ど、どうしましょう……っ」


 頭をガシガシを掻く右腕。腕を組んで思案顔で唸る兄貴。うろたえる自称弟分。

 成り行きを見守っていると、右腕は「うがー」っと、雄叫びをあげた。


「俺は今アジトにいるやつに声をかけて女のガキを探してくる!! お前らはここの見張りだ! どうせまともに動けねーんだ、ふたりいれば問題ねーだろ! ああ、くそ、隊長がいねーって時にどうしてこんなイレギュラーがッ……!」


 右腕はそう言うと急いで部屋から出ていった。チンピラふたりもそれに続く。


「…………」


 手足を縛られているためモゾモゾとオルテンシアさんの元まで戻る。

 すると彼女は口をあうあうさせながら涙を流していた。まさかとは思うがこのダメエルフ……いや、今は置いておこう。


「もう大丈夫だな。よし、ワカメ」


 ここまで作戦どおり。

 あとは胸ポケットに潜ませている刃物をつかって拘束を解くだけだ。刃物とは隊長が使っていた剣の残骸の一部である。ひっそりと忍ばせておいたのだ。


「…………おーい、ワカメ、もういいぞ」


 宙に向かってふたたび声をかける。

 なんだかんだまだ少女と呼ばれてもおかしくない年齢の少女だ。怖がっているのかもしれない。


「ワ、ワカメぇ~……じょ、冗談、やめろよ、な?」


 目に映り込んだのはすでに閉まった鉄の扉。

 そして、声をかけても返事をしないワカメ。つまり……?


「……あ、あいつ……ひとりで逃げやがった!!」


 考えられることはただひとつ。

 あいつ、扉がひらいたタイミングでひとりで抜け出し――。


「――いるわよ」

「…………え?」

「ふぅ、バレないとわかっていても緊張するわね」


 尻尾のような黒髪のサイドテールを揺らしながら、少女はスッと姿を現した。

 緊張したなどと言っているが、ワカメの様子は「慣れたものだ」と言わんばかりの自然体だ。


「な、なんですぐに現れなかったんだよ……?」


 裏切られたと勘違いしてしまったため、座りが悪くなりながら問いかける。

 すると彼女は「当然じゃない」とばかりに、


「あんたが慌てる姿を見たかったからに決まってるじゃない」

「はァ!? お、おまえ、ふざけ……!」

「人質。無視。戦う」

「いや、あれはまじでごめんて」


 つまり人質にされたワカメたちに気づかずに隊長と戦い続けたことへの意趣返し……ということなのだろう。それを持ち出されるとなにも言えなくなる。


「……まあ、これでお互い様ってことで。と、とりあえずこの縄をなんとかしようよ。ここに折れた刀身の欠片があるからそれを――」

「あんた、あたしにそれを口で咥えて縄を切れとか言わないわよね? 唇でも切ったらどうするのよ。そもそも破損した刀身の一部とか、歯で咥えたら割れそうじゃない」

「……って言うけど、手元にある刃物はこれしか」


 当然、武器も取り上げられている。結ばれた縄を口で解くなんてこともできない。

 文句ばかり言ってくるワカメに眉を潜めていると、


「このヘアピン、じつは魔法具なのよ」


 言うと同時に薄っすらを光り始めるワカメのヘアピン。


「ユーシア、立って、後ろ向きなさい。それで……こうすれば……」

「あ、ああ、これでいいか……?」


 言われたまま指示に従っていると、さらりとしたくすぐったい感触が手指を撫でる。

 と同時に、手首をギュッと圧迫していた感覚が一瞬にして消え去った。


「お、おお? 一瞬で縄が解けた……!」

「魔力を流して押し当てるだけで結び目をほどいてくれる魔道具よ。さあて、まずは手足の自由を取り戻すわよ」


 髪からヘアピンを外したワカメは、今度は足首の縄を解除してニヒルな笑みを浮かべた。


◆――◆


「う゛わぁぁあああああああーーんっ! ワカメちゃん、ワカメちゃん……わたし、ワカメちゃんが逃げたって聞かされて……! ユーシアさんだけじゃなくて、ワカメちゃんもって……! う、うぅ゛……ぐすんっ」


 ワカメの魔法具によって、僕ら三人は拘束を解くことに成功した。

 最後に、決して大声を出さないように注意をしてからオルテンシアさんの口枷を外すと、彼女は押さえ気味ではあるもののわんわんと泣き出した。まさかとは思っていたが、先ほどの僕の“嘘”を真に受けていたらしい。

 とはいえ、先ほどまでの悲痛な泣き声ではない。そこにあるのは安堵と喜びの涙だ。そんな感情をバカ正直に吐露する彼女の姿に、僕はこんな状況だというのに僕はほっこりとした気持ちに……。


「いや、僕のことはともかく、ワカメが逃げたっていう嘘にはさすがに気づいてよ」


 込み上げかけた温かな感情が、冷ややかな気持ちに上書きされた。

 当然ではあるが、ワカメは逃げ出していないし、取り締まるどころか取り締まられる側のこいつが騎士団なわけがない。壁をすり抜けるギフトなんてもってのほかだ。

 少なくともギフトのことは知っていたのだから気づいて欲しかった。……オルテンシアさんが余計なことを口走らないように口を塞いだが、これならその必要もなかったかもしれない。


「それもそうよね、ユーシアはともかく「おい」清廉篤実なあたしが「は?」友達のオルテを裏切るわけないじゃない」

「ワ、ワカメちゃぁんっ……!」


 そう言ってワカメはオルテンシアさんの頬に手を添える。そこだけ切り取れば、まるで劇のクライマックスを思わせる感動的な絵ではあったが、事実は、清廉でも篤実でもない嘘つき少女が純情なエルフを友情という名の洗脳を重ねがけしているところだった。まったく、ここは僕から一度ビシッと……。


「オルテンシアさん、いや、オルテ。僕らは出会ったばかりかもしれないけれど、志を共にする大事な仲間だ、もちろん裏切るわけないじゃないか。口を塞ぐように言ったのは悪いとは思ってるけど、あれは必要なことだったんだ。信じてくれるか?」

「い、今、オルテって……大事な仲間って……! ユ、ユーシア、さんッ! あ、謝るのはわたしのほうです! ごめんなさいッ! 仲間なのに、ちゃんと信じていられず、ごめんなさいッ!!」

「いや、いいんだ。それはそれとして、ダンジョンより深く巨神より高い理由で、オルテンシアさんのおっぱいを揉みたいんだけど、信じてくれるかな?」

「も、もちろん構いません! は、恥ずかしいですけど、きっとユーシアさんには考えがあるんですよね!」

「ああ、もちろ――ぉぉっ!? ちょ、いたっ、やめろワカメ、ちょっとした冗談だろ! そもそもこっちからお断りだ!」


 ただ少し、オルテンシアさんを口先で丸め込むための練習をしただけなのに。

 叩かれた頭を押さえながら振り返ると、ワカメはこちらを汚物でも見るような目で見下ろしていた。


「ごめんって……いや、待て、お前も大概だったわ」

「あんたよりはマシよ。まったくオルテの誤解を解くつもりなのかと黙って聞いていれば胸を揉ませろとか……はあ、それは成功報酬を得てからやってちょうだい。どうせ悲鳴あげて気絶するでしょうけど」

「いや、ほんとお前も大概だよ……!」


 こいつ、仮にも友達だと言ってるのにオルテンシアさんが僕に騙されそうになっていることではなくて、僕が報酬の先取りをすることに怒っていやがる。


「にしても、ワカメは襲われたときによくギフトを使わなかったな。いや、秘匿していたおかげでアジトも突き止めたうえに、いい感じに手薄にできたんだけどさ」


 これはワカメがチンピラに捕まって時から思っていたことだ。

 正直なところワカメに関しては、戦闘の心得がないことやその性根を含めて、自分が危なくなったら【屈折】で一人だけでも姿を隠して逃げるかと思っていたのだ。


「あら知らないの?」


 するとワカメは得意げな様子で意味深に笑って。


「アジトを見つけるのは、こうやって連れてきてもらうのが一番早いのよ?」

「えっ、え、ええぇ……?」


 なんてことをのたまった。

 つまるところ彼女は、チンピラに捕まったこの状況を望んでいたと――そう言ってるのと同義だ。


「い、いやいや、あのとき僕がチンピラ全員倒していたらどうしてたんだよ。じっさいあの隊長とかいうひとがいなければそうなっていただろうし。ははーんさては強がりだな? うんうん性根腐っていそうでもまだ子供だもんなぁ? だいじょぶ、だいじょぶ、隠さなくてもいいんだぞー?」

「うっざ」

「おいやめろよ、一言の悪口のほうが心にクるんだよ」

「でも、確かにあんたの言う事にも一理あるわ」

「あー、やっぱりつよがりだっ――」

「少し予想外だったわね」

「は、はあ……?」

「つまり口先だけのよわっちいクソ男で、チンピラが三人もいれば成すすべもなく負ける程度の実力だと睨んでいたんだけども……ええ、予想外だったわね」

「…………ん?」

「あやうく完璧で美しいあたしの作戦がパーになるところだったわね」

「そうかそうか、そんなに予想外さんのチカラを思い知りたいか!? いいぞ、いまやろう! 負けた方はここに置いていくってルールでいいよなっ!?」

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