16話 ~泣き虫エルフと、裏切りユーシア~話
「にしても意外と広いね。ただ、家具もなければトイレも見当たらないし、少しほこりっぽい。減点だなぁ」
果実のひとつでも置かれて部屋が彩られていればまだマシだったが、見事に灰色の床と壁で、景色にすがすがしさの欠片もない。
それと地下だからか、空気がややじめっとしていて、床の石畳の隙間と壁には苔が生えている始末だ。これでは鉄格子がないだけで牢屋と対して変わらない。数時間ほど前に入っていた僕が言うのだから間違いない。
「まあ、代わりに家賃は無いんだから、あんまり文句そういうなや」
「それもそっかー……いてっ」
またしても僕のアホっぽい返事に苛ついたのか、ワカメにこづかれる。
「つーわけで、お前らにはしばらくここにいてもらう。処遇は上が決めるが、まあ決して――」
「びええぇええええええーんッッ!!」
「…………」
「…………」
いや、決して空気を読めとかは言わない。オルテンシアさんがずーーっと泣きわめくのを我慢していたのは知っていた。むしろ縛られているときに泣きださなくて偉いまである。玄武縛りされていたし。
ただ一回泣き止もう? 隊長さんが微妙な顔して気まずそうにしてるからさ。
「……んんッ、処遇は上のやつが決める。まあ決していい扱いはされないだろうが従順にしていれば――」
「しに゛だぐな゛い゛よ゛ぉぉぉ゛ーッッッ!」
「そ、それまで、おとなしく――」
「だれがぁああ゛だずげでぐだじゃぁぁあ゛ぃぃぃ゛ッッッ!!」
泣いてしまうのもわかるけど。五秒、いや三秒でいいから、隊長さんに時間をあげてやれ。部下のチンピラたちも「どうしよう」みたいな困った様子で隊長さんのことチラ見しているじゃないか。それに僕は右隣にいるから暴力じみた叫び声が耳を突き刺してくるのだ。、
「わ゛ぁ゛ぁあああーーーーん゛ん゛ッッ!!!」
ガンッと頭を叩かれるような音の衝撃に、僕の中のなにかがぶちりとちぎれた。
「――うるせぇぇぇぇえええええーッ!! このままにしておいたら耳が壊されちまう! このクソうざったいエルフの口を縛っておいてくれ!!」
「~~~ッ!?」
「あ、あんたねぇ……まあ気持ちはわかるけど……」
「~~~ッ!?!?」
まさかの僕からの怒声に、オルテンシアさんは涙で濡れた顔を強張らせる。
ちなみにワカメに「気持ちがわかる」と死体蹴りをされて、木の魔物のような顔になってしまった。
「隊長、そのー俺としても女の泣き声とか、すげー苦手なんで縛ってくれると助かるんですが……」
ふと、控えめに声をあげたのは右腕さんだ。
僕は心中で彼に深く感謝した。
「騒がしいのは嫌いだ。……だが、なにもそこまでする必要は」
「俺は兄貴の意見に従いますぜぇ!」
「はい、多数決終了! 隊長さんはやくこいつの口塞いでください!」
僕が意気揚々とそう言うと、隊長は呆れたようにため息を漏らす。
「いやお前、多数決でも1:2で負けていただろ? ゴリ押しをするにもほどが」
「あ、そうそう隊長さん、先に言っておくと、僕はダスト団に入れてもらいたいって思っています!」
「――は?」
唐突な僕の言葉に隊長は、眉を歪め胡乱げな顔を浮かべた。。
その直後、左右の元仲間たちから、つららのような視線が突き刺さる。。
「ユージア゛ざん……?」
「……あんた、最低ね」
「そもそも僕が捕まったのもこいつらが弱いせいじゃないか。んで、どうかな? 一考の余地くらいはあると思うけど」
「ああ゛? 俺らと敵対しておいてそんな都合のいい話が通るわけが――」
チンピラのひとりがドスを強めて威圧してくる。だがそれに待ったをかけたのは誰よりも僕の実力を知っている者だった。
「いや、待ってくれ。俺とこいつの戦いを見ていただろう? 正直、今のダスト団は死に体の組織だ……こいつが仲間になれば心強い」
隊長の言う通りである。団体としての枠組みで敗北を喫して拘束されているが、僕はこの隊長に勝っている。それを他のチンピラも目撃している。
「……うっ、た、隊長がそういうなら」
「……確かにこいつ、強かった……」
「俺は兄貴の意見に従いますぜ!」
「まあ待て。どっちにしろ俺の一存じゃ決められん。お前については後で団長に取り次いでやるから今はおとなしくしていろ」
「おー助かる。まあそういうことを踏まえて、誠意として情報をひとつ!」
「……は? 情報……?」
隊長さんは訝しげに眉を潜めた。
「そこのエルフさんは魔法が使えるみたいだから、安全面を考慮しても口を塞いでおくべきだと思いまーす!」
「ッ!? おい、飲み場にタオルがあったろ! 早くあれもってこいッ!」
「へ、へい、隊長!」
そう言った直後、隊長は部下に素早く指示を出し、一方のオルテンシアさんは唖然とした表情で顔面をカチカチにさせていた。。
未だに一度も見ていないが、自己紹介のときに精霊魔法が使えるとか言っていたはずだから嘘ではない。
「ぁ……ぇ? ……う、ぅぁ……」
ようやく始動したオルテンシアさんは、僕からすればなにを考えているのかとてもわかりやすい百面相を晒していた。
おそらく彼女は今、「そういえば私って精霊魔法使えるんでした!?」とか「どうしてそれを教えちゃうんですか!?」とか思っているに違いない。
「どうして魔法つかわないのは僕も分からないけれど、もしかしたらこんな感じだし精神状態的に使えなかったのかもね。あ、エルフさん、魔法のことバラしちゃってごめんね?」
そんな謝罪を口にすると、ふたりだけではなくチンピラたちさえもギョッとした顔でこちらを見てきた。なんとなく分かっていたけど、このひとたち反社会組織のくせに仲間大事にしてるよね。
「あんた、本気でそっちに付くつもりなのね」
そして、ワカメは静かに、それでいて怒りが伝わってくるような冷たい声で言う。
もはや言葉はいらない。僕はただ不敵な笑みを浮かべた。
「……エゲツないな、本当に仲間を売るとは」
「お、おれは兄貴の意見に……し、従いますぜ……」
僕たちが本格的に決別したと感じ取ったのだろう、チンピラたちは頬を引きつらせてドン引きする。
そうしているうちに、タオルを取りに行っていた右腕が戻ってきた。
「隊長、持ってきましたよ! ……あ、なんですかこの空気?」
「いや、なんでもない。そのエルフの口を縛ってくれ」
「あ、はい! 了解でさッ!」
「や゛やべてくださ……ッ、た、助け……!」
すがるように見てくるオルテンシアさんに、微笑みかける。
それはもう馬鹿を見るような嫌味な笑顔でニンマリと……。
「ユージア゛ざぁぁ゛ーーん゛ッ! どぼじでごん゛な゛ごどを゛ッッ! ん゛~~~ッッ!!!」
オルテンシアさんの口元はタオルで塞がれて、悲痛な泣き声と叫びは、すべてぐぐもったこもり声に変換されていく。これで僕の鼓膜の平和は守れられた!
「さてと、これで僕のこと信じてもらえますかね?」
「ふぅ……何度も言っているが待て。まずひとつ。俺はひとを見る目がないんだ」
「隊長は人を見る目どころか物を見る目もねーですよ?」
「…………んん、もうひとつ。お前を独断でダスト団に入れて問題でも起こされたら俺が困る」
「隊長はめちゃくちゃつえーくせに、指示待ち人間ですからねぇ」
「…………じゃあ、俺は本部まで報告してくるから。ああ、それと、無理だとは思うが抜け出そうなんて考えるなよ……」
そう言って扉に向かって歩き出した隊長。右腕の余計な言葉に傷ついているのか、その背中はずいぶんと撫で肩になっていた。
「こいつらはともかく僕はそんなことしないって。なんなら怪しい動きをしたら声をあげて教えてもいいくらいだよー!」
「んん゛ーーッッ!?」
「あんた……」
「……こいつらの見張りはお前ら三人にたのんだぞ。なにかあればいつも通りお前がが指示を出せ」
「任せてくだせぇ隊長!」「……了解した」「兄貴、一緒ですねぇ!」
この場を任された右腕は自信満々に返事をして、寡黙なチンピラは黙々と頷き、最後のひとりは「兄貴」と一緒に仕事できると喜びの声をあげる。
そしてチンピラ男たちは隊長の背を追うように部屋から出ていく。
頑強な鉄の扉が音を立てて閉まる。次いで、金属がこすれ合う施錠音らしきものが響いた。
そこで僕はふぅーっと一息。さて、ここからが正念場だ。
「ワカメ、ちょっといいか?」
「……なによ」
僕はワカメの元までにじり寄り、外の見張りに気取られぬように小声で話しかけた。
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