15話 ~決着!名勝負と、捕縛~


 くすんだ剣身が雲の隙間から差し込む陽をあびて、不相応な輝かしい銀色を帯びる。

 互いに互い、決して優れた剣ではなかった。下手に刀身で受けるとどちらかの刃が砕けることを僕らは理解していた。

 カキィン。

 振り下ろされた得物を斜に構えたショートソードで受け流す。剣先が床を指したのをみて蹴りを見舞う。だが致命打にはならない。靴底がなにか硬いもので阻まれ、骨を砕くことを許しはしなかった。


「……やるじゃねーか」

「あんたこそ。ただのチンピラかと思ったら一端の戦士だ」


 にらみ合い、間合いを測る。

 武器さえ良質なものであったなら……そんな考えが往来するが、それは相手も同じこと。与えられた状況で最良の結果を得る。だからこそこれは剣は握りながらも剣士の戦いではなく戦士の戦いだ。それはきっと相手も分かっている。

 僕はもしかするとこんな状況だというのに、このチンピラの隊長――いや、ひとりの戦士に一種の友情のようなものを感じているのかもしれない。

 今度は僕から攻めよう。そして、この長くも短くも感じた戦いに終止符を打つとしよう。

 相手の間合いにて大きく得物を振りかぶる――そんな隙をあえて晒し、敵を騙す技。相手が自身の領域だと思った時間を塗り替える小手先剣術。


「一拍斬りッッ!」


 相手からすれば力を溜める隙としか思えない瞬間に、力いっぱいの袈裟斬りが振り下ろされる。目の前の戦士は驚き目を見張る。決まった、僕が確信とともに剣先を振り下ろしきった時――。


 パキィンッ


「な……っ!?」


 驚愕の声を漏らしたのは敵ではない。僕自身だった。


「……くっ、いまのはビビったぜ。やるじゃねーか……」


 戦士は未だ健在だった。

 僕の想定では膝をついているはずの男はその両足でしっかりと立ち、切り裂いたはずの胴体には先ほどまでの剣舞で与えた浅い傷しか刻まれていない。


「まさか、初見で見切られるとは思わなかったよ」

「俺も驚いている。とっさに受け流していなければ今頃おだぶつだろうよ」


 なんてことはないように言ってくるが、あれを初見で捌くなんて称賛の言葉しか出ない。期せず巡り合った強敵ライバルに僕はこみ上げるものを抑えられなかった。


「ふ、ふふ」

「なに笑ってんだガキ、ははッ、気持ちはわかるがな」


 床にちらばる刀身だった一部を手に取る。

 この戦い、僕の勝ちだ。それを相手も認めているのか、根本から砕かれた得物の柄を放り投げて両手をあげた。


「俺の負けだ」

「ああ、僕の勝ちだ。だけど、いい勝負だった」


 僕はこの強敵に勝てた喜びを噛みしめるようにして――その直後、耳をつんざくような声に頭をおさえることになった。


「――いい勝負だった――じゃないわよ!!!! なーに満足げな顔してんのッ!? こいつらが大事なら剣捨てろって言われてたわよねぇ!? どぉーして決着つけてるのよ! どぉーして敵と友情芽生えかけてんのよ! あたしら、あやうく首チョンパだったんですけどぉ!? オルテなんか膝ガックガクで涙だらっだらで、拘束してる奴も扱いに困ってるじゃない!!」

「ゆーじあ゛ざぁ゛ぁぁん……!! しぬ、しぬと、う、うぅ……じぬとおぼい゛ま゛じだぁああ゛……ッ!!」


 確かに剣を交わしている最中、武器を捨てろとかなんとか声を掛けられていたような気がする。それを証明するようにチンピラたちがオルテンシアさんとワカメを拘束し首元に剣をかけていた。うん、さすがに少し申し訳ない。


「あ、わり」

「「「軽いわッ!!!」」」


 僕が謝ると同時にチンピラはツッコむように、ワカメは怒鳴りつけるように声をあげる。特にワカメに至っては人を殺せそうな眼光を光らせていた。


「びぇええええええーんッ! ごわがっだよぉ……!!」


 だが、その場を支配していたのは、子どものように泣きじゃくるエルフの叫び声。

 オルテンシアさんは顔面をびちゃびちゃにするほど号泣し、ずびずびと鼻をすする音を響かせていた。


「……僕は勝てたけれど、僕らは負けた。ほら、つれていけよ」

「部下が優秀だっただけだ。ただ恵まれていた、それだけだ……」


 オルテンシアさんからスッと目をそらし、ついでにワカメの殺意の視線を見ないふりをして、僕とチンピラの隊長はまわりの雑音など聞こえないかのように視線を交わし、


「ふっ……」

「ふっ……」


 互いの実力を称えるように笑みを浮かべあった。


「だからなに友情芽生えさせてんのよッッ!!!」

「びぇえええええええええーんッッッ!!」


 いや、ほんとにこのひと強かったのだ。このひとがいなければどうとでもなったんだけど。落ち目の組織だからって甘く見てたよね。


◆――◆


 武器を取り上げられた僕らは、剣を背中に押し付けられつつ薄暗い細道を歩かされていた。道中、数人ほどの帯剣した男が駄弁っていたり、タバコをふかしていたが、十中八九ナワバリを見張るための連中だ。助けを求めても応じてくれそうな人物はひとりとしていなかった。

 十分ほど狭い道を歩いた頃、垂れ布がかけられた建物に「入れ」とだけ告げられる。当然僕らに拒否権はなかった。

 そうして入室を強要された建物内は、想像していたよりもひらけた空間が広がっていた。民家というよりも店といった規模である。小汚くはあるものの、今日巡った酒場よりも広い。

 外の路地からみればこじんまりとした小屋がいくつも立ち並んでいるようにしか見えなかったがどうやら偽装だったらしい。じったいはひとつの大きな平屋だ。


「ほらよ、お前らはこっちだ」


 僕と戦った隊長と呼ばれているチンピラが、首をひねるようなジェスチャーをした。それにあわせて、僕らの後ろに位置取ったチンピラたちが剣の柄を背中に押し当てる。

 僕らは歯向かうこともできないまま、昼から酒瓶をあけているアジト内のチンピラたちの視線に居心地の悪さを覚えながら、地下に続く階段を歩かされた。


「おー、この家には牢屋も完備してるの? すごいね、賃貸いくら?」

「へへっいいだろ? ダスト団のコネで無料で住めちまうんだぜ?」


 軽口をこぼすと、僕の後ろにいる隊長の右腕らしきチンピラが自慢げに胸を張って答えてくれた。

 しかし、妙な話だ。ダスト団は他の街で失敗し、この臨海都市オーロンに逃げ込んだ者たちだと聞いている。だというのにこいつはコネといった。もしかしたらオーロンに手引きした人物がいたのかもしれない。

 ……まあ、気にしてもしょうがないことだ。それどころか今は知らないほうがいい情報でさえある。適当に流そう。


「えーいいなぁ」

「いいなぁ……じゃ、ないわよ! なに呑気なこと言ってんのよ!」


 なにも考えていませんよアピール五割、普通にコネで無料で家を借りられて羨ましいという気持ち五割で言葉を返すと、先ほどまではおとなしくしていたワカメにスネを蹴られてしまう。痛みよりも、後ろに武器をもった相手がいるのによくそんなことできるなとワカメの行動に感心してしまう。


「……女、静かにするんだ」

「……ッ……な、なによ」


 脅すように武器を押し付けられたワカメは強張った声を漏らす。

 あちゃーと横目で見るとキッと睨まれた。「あんたのせいよ」と言いたげだ。


「そうだ、兄貴の言う通りに静かにするんだぜ!」

「あばっばばばっ……!? ひぃん、剣当たってますぅぅぅ……」


 そしてついでとばかりに被害を受けるオルテンシアさん。

 そんなチンピラ共を、呆れた様子で隊長がたしなめた。


「いや、もう多少声を出そうが構わんだろ。どうせうえで飲んでるやつらの方が騒がしいんだ」

「おう、たしかに隊長の言うとおりだな」


 それはつまり声をあげても助けがこない状態だということでもあった。

 ワカメはともかくとして、オルテンシアさんもそれを理解してしまったのか、青緑色の瞳に水滴を浮かばせていた。


「よし、ついたな」


 階段を降りきる。地下には石造りの横に長い空間が広がっていた。

 廊下のように伸びている道の先から、ここでも酒を飲んでいるのか下品で愉快そうな笑い声が聞こえる。


「おー、まるでレジスタンスの隠れ家だ」

「……あたしとしては、どーして民家の地下にこんな空間があるのか気になるところだけどね」


 表の偽装もそうだし、コネの件もある。もしかするとここは過去に人身売買でもおこなう裏組織の住処だった……のかもしれない。そんな想像が捗ってしまう。まあ少なくとも堅気の人間がこんな家を作りはしないことは確かだ。


「ほら入れよガキども。この家には牢屋は無いが、それよりは過ごしやすいだろうよ」


 部下のひとりが扉をあける。そして、焼却炉にゴミを放り投げるように背中を押さる。気づけば僕ら三人は、部屋の奥の方まで押し込まれていた。


「まずはお前らの手足を縛らせてもらう。おい、お前ら!」

「へい、隊長!

「……了解した」

「兄貴に褒めてもらえるような捕縛術を披露いたしますぜ!」


 隊長が命令を出すと、チンピラたちは部屋の隅に置かれた木箱からロープが取り出した。ロープを手にして近づいてくる男たちに、ワカメは不快そうに顔を歪め、オルテンシアさんはしぼんだ果実のような顔で怯えている。


「……待て、そのガキに関しては俺がやる」

「了解した……」

「わるいな、信用していないわけではないんだが、こいつが自由になれば俺でも止められないから手は抜けないんだ」

「まさかのVIP待遇、照れちゃうね……って、いてて」


 隊長はそう言うと、僕がしようとしていた縄を緩ませるための身じろぎをガッシリと押さえながらキツく縛り上げる。楽に拘束を解除させてはくれないようだ。


「よし、これでいいだろう。そっちも……問題ないようだな」

「まったく、もっと丁寧に扱いなさいよ……」

「……ぅ゛……ずず……ぅぅ゛」


 隊長の目線を追うと、そこにはしっかりと拘束されたふたりの姿があった。

 それにしても今にも泣き出しそうなオルテンシアさんはどうして……


「……いや、どうしてひとりだけ妙にエッチな縛り方されてるの……?」

「~~~ッッ!?」


 妙に乳房を強調されられるかのような縛り方。

 前の世界では確か、玄武縛りとかいう名の縛り方だったような。


「兄貴、どうですか!?」

「……う、うむ、見事だ」


 うむ、見事だ。


「なんだ震えて……まさか今さら怖くでもなったのか?」


 見事すぎて、トラウマが顔を出しそうなだけです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る