14話 ~接敵!烏合の衆と、ダスト団~
「さて、これで目星をつけた酒場は巡り終わったわね」
「一日で九つも酒場をはしごするとか初めてだ。歩く距離は大したことなかったが、妙に気疲れしたなぁ」
「いや、あんたはなにもして……いえ、そう言えばいつでも動けるように警戒してくれてたわね。おつかれさん」
「私は良いおさんぽになりました!」
九つの酒場をまわって得られた情報は、言ってはなんだがさほど多くはなかった。
だが、最低限の情報は得られたはずだ。
「ここで一度、得られた情報をまとめるわよ」
「あいよ」
「はい!」
そう言ってワカメはポケットから手帳とペンを取り出した。
酒場を巡っている最中もときおり取りだしてなにかを書き込んでいたのを知っている。彼女はペンでページをなぞるようにしながら静かに語りだした。
「まず一つ目から三つ目までの酒場では有益な情報はなし。四つ目の酒場で手に入れた情報は、ダスト団が魔獣の密売をしていた組織ってことね。次の五つ目の酒場では情報なし。六つ目の酒場で得られた情報は……騎士団の迅速な対応もあって、最初期に逃げ込んだ奴ら以外はあまり街に入ってこれていないということ。つまり構成員はさほど多い訳では無いことが分かったわ。この話が本当なら今のダスト団が百人規模の組織にはなっていないでしょうね。だからといって真正面から相手にできないのは変わらなそうだけど」
「問題は、七つ目と、八つ目の酒場か。七つ目の酒場は数回ほどダスト団を名乗る横暴な客が来たことがあるって言っていたな。八つ目に関してはなんの情報もなかったけど……」
ただ、その時の酒場のマスターの態度は少し違和感があった。
なんだかこちらを警戒しているような、それでいてじっと値踏みしてくるような嫌な視線だ。それはワカメも気がついていたようで幾度もカマらしき話題を振っていたのを覚えている。
「そうね、あからさまになにかを隠している様子だったわ。最後の酒場では目撃情報もないみたいだし、怪しい感じもなかったから白。となると……」
ワカメは手帳を広げて僕らにも見せるようにする。
「七つ目の酒場でわずかながらも組織の奴らが目撃されてる。ただし本命は八つ目の酒場周辺。だとすると奴らが潜んでいそうな場所はだいたい、ここらへんってことになるわ」
手帳に書かれた簡易的な地図の一部に、ワカメはくるりと楕円を描いた。
「そして、ここら辺は昔の区画整備の影響で、今は少しすたれているはず。まあ潜伏先にはぴったりね」
楕円の内側にさらなる円が描き込まれて、捜索地域が絞られる。
「おお、意外と分かるものだな」
「さすがワカメちゃんです! さっそく行ってみましょう!」
「ふふん、あたしにかかればこんなものよ。それと一応言っておくけど目立たないようにするのよ? といっても、相手も隠れ潜まなきゃいけないような傷を持つ組織だし、わざわざ通行人に絡んでくることもないでしょうけど。せいぜい優雅に街中を散歩しながらアジトの場所の検討をさせてもらいましょう」
確かな進展にやや浮ついた気分になりながら僕らは目的地に向かった。
目的の場所までたどり着き、ひとまず辺りを見渡した。ダスト団のアジトがあると思われる場所は、パッと見なんてことない場所だった。
ただ、住居はあるものの繁盛している店はなく、ワカメの言っていた通り人の姿が少ない。古い家屋も多く見られ、建物のあいだに隙間が多い。まれに、人が住んでいるようには見えないボロ家も確認できた。どこがダスト団のアジトに通じていてもおかしくない。
「なんだか、ちょっと寂しい場所です……オーロンにもこんな所があったんですね」
「デカい街だもの。こういう陰湿な場所のひとつやふたつあるわよ」
空気の違いを感じ取っていたもののわざわざ口にしなかったことを、ワカメがあっけらかんと言い放つ。まあ、以前の世界では大陸中の都市や街を巡っていた身だ。僕からしてもさほど珍しい光景でもない。
「ワカメの言う通り、隠れるには、いかにもって場所だな」
「しょせん他の街で失敗して逃げ出してきた負け犬だもの。よそ者のダスト団はここみたいな中途半端なところにしか居場所がないのよ。っふ、哀れなものね」
「……いやもう言い回しが完全に“裏”の人間っぽいんだけど?」
「………………ふっ」
「いや、今の意味深な笑みなにッ!?」
「冗談よ。生業柄、そういったことに詳しいだけ」
いやこいつの生業とは一体。やはり詐欺師、詐欺師なのか……?
びみょーな顔でそんなことを考えていると、前方からまとまった数の足音が聞こえた。スッと冷静になり余計な思考が遮断される。
「ふたりとも、僕の後ろに」
「え、どうしてですか?」
「……オルテ、いいからこっちにきなさい」
僕の声に剣呑な雰囲気を感じ取ったのだろう、「なになに」と僕の顔を覗き込んでくる察しのわるいアホエルフをワカメが後ろに引っ張っていく。
「はん、ガキのくせに騎士気取りか?」
僕がふたりを守るように前に出ると、それを馬鹿にするように嫌味ったらしい言葉を浴びせられた。
行手を阻むように立ちふさがったのは、お世辞にも柄の良いとは言えないふたりの男たち。彼らは帯剣した得物の柄を握りしめ、とても平和的とは言えない雰囲気を醸している。
「お兄さんたちずいぶんと不健康そうだね。ちゃんと食事取ってる? お風呂入ってる? 寝る前は歯磨きしなよ?」
「「オカンかよッ!」」
「……あんた、こんなときになにフザケてんのよ」
いやだってどうみても栄養足りてなさそうであるし、髪もべたついていて清潔とも言い難い。さらにふたりとも歯は黄ばみがちでひとりに至っては前歯が欠けている。
そんなチンピラ共をみて、内なる元勇者としての善性が彼らに対して同情心を抱いてしまったのだ。
「私はお腹いっぱい食べて、毎日キレイにしてます! 褒めてください!!」
「「あーえらいえらい」」
なぜか張り合おうとしてくるオルテンシアさんに、僕とワカメは呆れ顔で適当にいなした。その一連の流れをみて馬鹿にされたと感じたのか、男たちは「出てこい!」と声を張り上げる。
「え、うわ、その細い道にふたり一緒にいたの? え、そういう趣味? いやあのこういう時代ですからどうとは言わないですけれど、さすがに野外でそういったことをするのはちょっと控えた方が――」
「……馬鹿にしてんのか?」「や、やめてくれよ、俺と兄貴はそんなんじゃ……」「え?」「「え??」」
片方の男が満更でもない態度を取ったことで空気が固まる。
まわりから「嘘だろ?」みたいな顔を向けられた頬を染めた男は、しょぼーんとした様子でうつむいてしまった。
「……なんか、すみません」
チンピラの隠れた癖をお天道さまのもとに露わにさせてしまったことや、それによって敵方の雰囲気を微妙なものにしてしまったこと。僕の軽口が生んだ悲しい確執に罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「ん、んん、それであんたら。ただのチンピラとか言わないよな?」
僕が仕切り直すようにそう言うと、なぜだかチンピラ共がホッとした顔をした。
そして、彼らはニタリと悪辣な笑み浮かべて、
「ハッ、どうだろうなあ? まあ冥土の土産だ。教えてや――」
「おうおうおう! 俺たちゃ泣く子も黙るダスト団だぜぇ!? 俺たちのことを探ってるやつがいるってきいて会いに来てやったのさッ!」「いやお前、俺のセリフ取るんじゃねーよ……」「あ、すみません隊長、つい!」
「あ、兄貴……さっきのは気にしねぇでくだせぇ……」
「ああ、分かった。その、これまでどおり、よろしくな……?」
「わ、わあ……これが男のひとの友情ですね……!」
「あの顔でモジモジしてるのガチきっしょいですけど。ユーシア、あいつからぶち殺しましょ?」
「あーーーッ! もうッ! ほんとすいませんでしたァァ!!」
あまりの混沌とした現場にたまらず自省する。
たぶん最初にふざけた僕がぜんぶ悪かった。
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