13話 ~大根役者と、演技派少女~
「なあ、ワカメ、お前って普段なにしてるの?」
あれから三つの酒場を周り話を聞いてまわった僕たち。
現在、巡った酒場は合計四つ。それらの酒場のマスター全員がワカメのことを知っていた。
ただ知っているだけではない。酒場のマスター全員が「またなにかするのか」やら「カモがどうやら」「ターゲットがうんぬん」とか、ワカメの顔を苦々しく見ながら似たような言葉を吐き捨てるのだ。気にしないほうが無理というものだ。
「なにそれナンパ? 暇な日でも聞き出してデートでも誘おうとしてるの? でもごめんなさい。あんたの冴えない顔ならせめて勇者の称号でも得てから誘ってくれるかしら? そしたら考えてあげなくもないわよ」
「ちっげぇーよ! 自信と自尊心ありすぎだろ」
てか、こっちでもあるんだ勇者の称号。
「じゃあなんだっていうのよ」
「そりゃあ……お前を見た時の酒場のマスターの反応だよ。お前、普段からどんなことをしたらあんなに煙たがられるんだよ。次はなにをやらかすんだとか、こっちを巻き込むなとか、散々な言われようじゃないか」
「……」
問いかけて、沈黙が広がる。
静けさに耐えきれず言葉を紡ぎ直すが……。
「な、なんだよ、別に変なことを聞いてるつもりは……」
「うるさいわね、色々とあるのよ、色々と。てか、本当にやばいことしてたら、今頃出禁になってわよ! 逆説的にあたしはなにも悪いことはしてないと言えるわね!」
「え、ええ……」
「さて、次行くわよ!」
「うわ露骨に話逸しやがった!?」
まあとりあえずロクでもないことをしていることはわかった。
だが、ワカメが意外と顔が広いことにも助けられている。
だからこそ大したトラブルもなく順調に進んでいくと思っていた酒場巡りだったが、五つ目の酒場の前にやってきたところでワカメがなんでもないように呟いた。
「あ、ちなみに次からは顔なじみじゃないから、情報を聞き出すために一芝居うつわよ」
「えっ……?」
「一芝居! 任せてください、故郷では大根役者とうたわれたこの私がその実力を披露してみせましょう!」
「いや、いらないから。オルテは引き続き『みすてりあす』な雰囲気でもまとって突っ立ってなさい。ユーシア、あんたはポンコツエルフのお守りを頼むわね」
「わ、ワカメちゃん、私ってそんなに信用ないですか……?」
「あったりまえじゃない。あんたがこいつに色々とバラしたせいであやうく詰め所行きだった件は忘れてないわよ!」
「うぅ……」
「じゃあ、行くわよ」
――カララン。
先頭のワカメが今日何度目かになる酒場の扉を開けた。
怯えも緊張も不安もない堂々とした歩き姿で酒場のマスターの元に近寄っていくワカメ。だが、いつもどおりなのは彼女だけで、今までの酒場のような気安い雰囲気は感じられない。否応にも緊張感が高まる。
「突然すみません、あなたがこの酒場のマスターですね。少々聞きたいことがあるのですが構いませんか?」
え、だれ? あまりにもイメージからかけ離れた言葉遣いと穏やかな声色がワカメの口から鳴っていた。
思わず僕とオルテンシアさんは視線を合わせる。そうしているうちにもワカメはマスターとの会話を始める。
「……なんだあんたは? ひとまず客ってわけでもなさそうだな。なら、話すことなんてない、帰ってくれ」
「まあそう言わず。じつのところ私達は……あまり大きな声で言えないものの、騎士団の依頼で色々と情報を集めているものでして」
やや潜むような声。店内の客には聞こえていないだろうが、すぐ後ろにいた僕らには彼女の声がしっかりと聞き取れた。
……そう、ワカメが発した、息をするように吐いた嘘の言葉を。
「……そんなのがいるだなんて聞いたことがない。いいから帰ってくれ」
「いやいや、そうはいってもオカシクはない話でしょう? 冒険者だって騎士の代わりに正体不明の魔物の偵察をすることも多いのです。それならこういった噂や情報集めを担う者がいてもなんら不思議ではありません。マスターだって本当は分かっているでしょうに、ひとが悪い」
「……確かにないとは言わないが、どっちにしろ裏付けできる証拠でもなければなんとも言えんだろ。とはいえ……はあ、面倒だから一応は聞いてやる。先に言っておくが質問の内容によっちゃ答えないぞ」
頭の中でリスクとデメリットを天秤にかけたであろう酒場のマスターは、しぶしぶといった様子でそう答えた。
「ええ、それで構いません。私が聞きたいのは最近街で噂になっているダスト団についてです。誰かの秘密や個人情報を聞きたいわけでもありませんし、ダスト団はいわゆる新参のよそ者。今ならその根を掘り返しても、利益にこそなればこそ誰の不利益にもなりません」
「……なんだ、そんな話か。正直もっと言いづらいことを聞かれると思っていたぞ。まあ、それなら構わない、知ってることを話そう……と言いたいところなんだが、生憎と大したことを知ってるわけでもなくてな」
「そうですか……。隠しているわけでもなさそうですね。ご協力感謝いたします」
「まあ、待て。大したことを知らないのは本当だが、どうやらダスト団ってのは、魔獣の密売をしていた組織だったらしい。それが本当ならこの街にやってきた奴らも一匹か二匹は魔獣を連れ込んでいてもおかしくない。あんたらからすれば魔獣の存在は代えがたい犯罪の証拠になるんじゃないか? ……まあ、知ってるのはこれだけだ。役に立ったか?」
「……はい、ありがとうございます。では私達はこれで」
「ああ、あんたらも探るなら色々と気をつけるこったな」
寸劇のような時間が終わり、酒場の外に出る僕ら。
それと同時に、ワカメは盛大な溜め息をこぼした。
「はあ~~っ……普段と違う口調で話すのは疲れるわね。それにいかにもなにか知ってます的な雰囲気出してた癖に大した情報も持ってないときた! 本物の騎士団の関係者ならともかく、あたしらにとって魔獣が証拠になるとかどうでもいいのよ……ケッ!」
先ほどまでのイイトコのお嬢様善としたワカメの面が剥がれ落ちて、ちんぴらのような難癖を吐き捨てる。
僕はこいつが怖いよ。とはいえ、褒めるところは褒めるべきだろう。
「それにしても見事なもんだったな」
「はい、ワカメちゃんすごかったです!」
「ん……? まあね、演技のひとつくらいできなきゃ詐欺――ごほごほ。まあ、あたしにかかればこんなものよ」
今絶対、詐欺がどうとか言いそうになっただろう。しかし、事実大したものだ。
それにしても、情報収集を担う、騎士団の下位組織か。
「でも、騎士さんの代わりに情報を集める……そんな組織があるんですね、知らなかったです! さすが都会です……!」
「確かにそうだな。でも少し気になるんだが、ああいうのを勝手に名乗ってもいいものなのか? バレたら普通にやばそうなんだけど」
「ああっ!? そ、そうですよ! け、消されちゃいますよ! 人間社会の闇に呑まれちゃいますよ!」
闇に呑まれるかはともかくとして、オルテンシアさんの心配はあながち的外れというわけでもない。事実、本当にそんな組織があるとしたら、勝手に名前を使って情報収集をしていることが発覚すれば色々と大変だ。しかし、そんな心配をよそに、ワカメは呆れたように吐き捨てた。
「なにあんたら、そんな心配してるの? 大丈夫に決まってるじゃない」
「凄い自信……一応聞いておくけど根拠は?」
「っぷ、ふふ、ユーシアもビクビクしてだっさいわね! そりゃ大丈夫よ! なにせあたしが知る限りそんな組織は存在しないもの!」
「ええっ!?」
「……あ、やっぱそういう」
オルテンシアさんは驚きに声をあげ、僕は得心のいった心境で苦笑をこぼした。
そんな僕らの顔をみて、ワカメは小馬鹿にするようなニヤけた面を浮かべる。
「そうよ、あんなの口からでまかせに決まってるじゃない! だから安心しなさい! この街で生まれ育ってきたあたしが保証してあげるわ!」
でもこいつグルシャさんのギフトについて知らなかったじゃん。
と皮肉を言いそうになった口を閉じる。
じっさいのところ、僕やオルテンシアさんよりもよほどこの街に詳しい彼女が言うのだ。ある程度は信じてもいいはずだ。
「わたし思いっきり信じちゃってました! 息を吐くように嘘をつけるなんて、さすがワカメちゃんです! 根性ねじれまくりです!」
「……あんたそれ褒めてるの?」
「わかりませんッ!」
とりあえず僕らは次の酒場に向かうことにした。
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